再会

     ★☆★☆★


「ええと、最後にもう一度だけ確認しておきたいんですが」

 そういうとダニエルは、ARに表示していた一覧表から、向かいあってすわるふたりの男の片方へ視線をうつした。

 ふとった中年男は、そうすることでスーツのなかに頭を収納できるとおもっているのか、汗をうかべながら懸命に首をすくめる。すがるようにみつめられたもうひとりは、これが美女ならよかったのに、という本音を驚異的な忍耐力でたよりになる忠実な部下の表情にかえ、ちからづよくうなずいた。

「なんでしょう」

「あの輸送車の積み荷に、アンドロイドはふくまれてなかった、ということでまちがいないですかな?」

「ええ、おわたしした資料のとおりです。出荷試験をパスした機械化義肢を空港まで運ぶ専用便で、他のものをつむことはありません」

「そこには軍用のものもふくまれる、と」

「そうですね。組み立てアセンブリをおえた製品は、民間用、軍用をとわずすべてが本社に集約され、きびしい試験にかけられますので。機械化義肢は装用されるかたの命をおあずかりするものですから、品質にばらつきがあってはなりません」

 眼鏡の男は、一生に一度の大舞台にのぞむような表情で説明をおえた。

 合成樹脂と木材からなる、白を基調としたインテリアで統一された、清潔で開放感のある空間だ。

 数十名は収容可能な会議室は、総合サイバネティックス企業アスクレーピオスのイメージ戦略を見事に体現しているが、ロジスティックス担当部署の課長と主任、そしてダニエルの三人がつかうには、いささか大仰である。

「それともうひとつ。我々が襲撃者から回収した機械化義肢の一部は、御社の輸送車からうばわれたものだった」

「はい。シリアル番号が一致しました。資料の該当箇所をハイライトしてあります」

「了解だ。では、私はこれで。貴重な時間をいただいて申し訳ない」

 部屋をでる直前、ふとダニエルが振りかえると、ふとった男は魂が抜けきったかおで宙空をみつめていた。


 エレベーターをおりたダニエルは、背中をまるめて歩きだす。

 ホワイトカラーが行き来するエントランスに差しかかったとき、音声通信を受信した。

『そのまま窓の方にいけ、受付をみるな』

 だるそうに首をまわしたダニエルは、窓にちかづいた。映りこんだ鏡像をうかがう。レセプションをはなれた男がソファに腰をおろす一瞬、ガラスごしに目があった。

『すまない、ダニエル。いまはまだ、ここの連中に素性をしられなくない』

『気にするな。私たちの仕事にはつきものだ。……デニス・スタンレーか?』

『どうした? 捜査局アカデミーを一緒に戦いぬいた同期の顔をわすれたか?』

『わるいな。あの事件以来、ふるい記憶が曖昧あいまいだ』

『そうだったのか。あのときはすまなかった、見舞いにもいけずじまいで』

『気にするな。同期が負傷するたびに見舞っていたら、それこそ国中を行脚することになる』

 ちがいない、とデニスの声がやわらかくなった。

 そこにいるためにしつらえられたような、平凡な顔立ちとありふれた服装だ。呼び出しをまつ来訪者たちにくわわると、完璧かんぺきな背景と化した。

『ところでダニエル、お前の生徒はどこだ? 新人の教育をまかされているときいたぞ?』

『そんな大袈裟おおげさなものじゃない。彼女は私のバディで、いまは没入ダイヴ中だ』

『ああ、そうか。うわさの新人が配属になったのはお前のところだったな。どうだ?』

『噂の方は大袈裟じゃない。たいしたものだ』

『らしいな。部署はちがったが、研修中の噂はおれのところまできこえてきた』

『おどろかされることばかりだよ、実際。いい新人がはいった』

 ひと呼吸分の時間があいたのち、デニスは、贔屓ひいきのスポーツ選手の思いがけないプレーをみたようにいった。

『ダニエル』

『なんだ?』

『すこし、かわったな』

『人はかわるものだ、いたい目をみれば特にな』

『お前の場合はいい方にころんだようだ』

『そうあってもらわなきゃ、ただ損しただけだ。流石さすがにそれはかなわん』

『ちがいない』

 たのしげにいったデニスは声の調子をかえた。

『それで、DTSのお前がアスクレーピオスになんの用だ?』

『六日まえの輸送車襲撃事件の聴取だよ。同期の期待の星にして、本部の組織犯罪班のお前さんがここにいる方が只事ただごとではないとおうが?』

『ただの野暮用やぼようだ、現時点ではな。輸送車襲撃の件、担当はお前か?』

『まあな』

『よし、ちかぢか飲みにいこう。意見交換といこうじゃないか』

『了解だ。都合のいい日をしらせてくれ』

 通話をおえた男たちはそれぞれの方向にむかう。一度も目をあわせることなく。


 自動ドアをくぐると、つよい日差しが降りそそいでいた。

 駐車場に向かいかけたダニエルに、ふたたび音声通信の受信が通知される。

『今度はニーナか。今日はやたらと連絡をもらう日らしい』

『それはなによりね。ところで、本題に入っていいかしら』

『もちろんだ』

『連中がクレアの網にかかったわ』

 ダニエルは車に駆けこみ、発進させた。

『そりゃめでたい。どいつがかかった?』

『あの場にいた全員よ、十名』

『連中がおなじ場所にひそんでたってことか?』

『いいえ。男女ペアだったけど、それぞれ別の場所で発見されたわ。ほぼ同じ時刻に姿をみせて、一斉に移動を開始したの』

『モーリス捜査官は?』

『おぼえてるんじゃない、彼女の名前』

『照れ隠しだ。彼女には秘密にしてくれ』

『なによ、それ』

 吹きだしたニーナだがすぐに冷静な声にもどる。

『クレアならダイヴセンターで大立ち回りよ。彼らの行く先を特定しようとしてるわ。それから彼らにくだされた指示を解読できるかもしれないって。――あら?』

『どうした?』

『クレアからメッセージがきたの。あなたに伝言、「彼が彼女の部屋をでていこうとしてる」ですって』

 聴きおえると同時に、ダニエルは車の制御系システムをオフにした。ステアリングをきり、サイドブレーキをひく。けたたましい擦過音とともに車が横滑りして反対方向をむいた。一斉によせられる抗議のクラクションを無視してアクセルを踏みこみ、タイヤを空転させながら加速していく。

『なに? いまの音』

『さて、なんだろうな。ニーナ、君も連中の確保にむかうのか?』

『まあね。事件の参考人うんぬん以前に、捜査官へ暴行をはたらいた現行犯なのよね、彼』

『配置につくのはかまわん。だがすこしだけ時間をくれないか。私と彼女でなんとかできるかもしれん』

『そのままボスにつたえても?』

『もちろんOKだ』

 ダニエルはさらに速度をあげた。警光灯をつけ、サイレンをならす。真正面をみすえる表情はけわしかった。

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