友達の作り方

ヤマ ネズミ

手がかりは一枚の写真

普段はあまり見ないSNS。その書き込みを読んだのは本当に偶然だった。会社帰りのバスの中、手持ち無沙汰に任せて画面を流すうち、その写真が目に止まった。

「この場所がどこか教えてください。」

写真とともにそんな言葉が添えられていた。どこかの山の上から撮られたであろうその写真。木々の隙間から、青空と、それに負けないほど青い海がのぞいている。

SNS上では、いろいろな意見が飛び交っていた。写っている木の種類から、地域を特定しようというもの。微かに見切れている家の形状から探し出そうとするもの。

でも、僕にはそれらの中に、その写真の真実に迫るものがないことがわかった。懐かしい。この場所は僕がよく知っている場所だ。


小学生の頃、僕は友達がいなかった。親の仕事の都合上、転校を繰り返していた僕は、元々の恥ずかしがり屋の性分もあり、友達を作る努力をしなかった。

そんな僕は、学校が終わると、目的もなく出かけるのが好きだった。と言っても、公園や近所の駄菓子屋では、クラスメートに会ってしまう可能性もあるので、なるべくそんな場所は避け、人気のないところを好んだ。

この写真の場所は、そんな当時の僕が気に入っていた場所だ。今でもどこか覚えている。腰掛けるのにちょうどいい高さの岩があり、夏でも涼しいほどの風が吹く。穏やかな波とともにゆらゆらと進む小舟。あの場所では、何も考えなくていい気がした。


そんな記憶を辿る。あの街から引っ越して以来、あそこには言っていない。20年近く前のことになるのかと、時間の経過に少し寂しくなる。あの時の僕と今の僕が続いているものだとは、なかなか想像がつかない。

ふと、この書き込みの投稿者のことが気になった。あの場所は僕だけのものだと思っていた。他の誰かがあの場所を知っていたとは意外だったのだ。

あそこに行くには、大人では中々通れない狭い木々の隙間を縫って、這うように進む必要がある。好き好んでそんなとこに行こうと思うのは自分くらいのものだと思っていた。

投稿者は他の書き込みを見ると、この写真は投稿者自身のものではなく、その友達のものとのこと。友達の部屋に大切そうに飾られたこの写真。何の写真なのか聞くも教えてもらえず、写真の場所を当てることができれば、話を聞かせてもらえる約束になったものの、あまりにも手がかりがないので、ネットに頼ったようだ。

他にも投稿者の書き込みから、いくつかの情報が読み取れた。投稿者もその問題の友人も女性。年齢は自分と同年代。写真をとったのは友人自身。いつ撮ったかは秘密。


思いを巡らすうち、バスは僕の住むアパートの最寄りのバス停に到着した。同じバス停で降りる人はおらず、暗い道に一人降り立つ。走り去るバスの音を後ろに聴きながら、また考えを写真に戻す。

考えるうち、一つのことを思い出した。あの場所に行った最後の日、引越しが決まってもうここには来れないと分かっていた僕は、ここに自分がいたことを刻みたくて何かをした。何かをしたことは思い出せたのに、何をしたかは思い出せない。余計にもどかしくなってきた。

誰もいない自室に戻り、明かりをつけて、ソファーに腰掛ける。もう一度写真を見直す。僕は当然のようにこの写真をあの場所だと確信した。でも、何故確信できたのか。

写真に写っているのは、空、海、船、家、木、それだけ。確かに何度も繰り返して通ったあの場所の風景。でも、それだけでは、あまりにもどこにでもあるものすぎて確信はできないはず。

ご飯を食べ、食器を片付け、お風呂に入る。その間も頭のどこかでこの写真のことを考え続けた。だが、結局それ以上は思い出せず、諦めて眠ることにした。20年近く前のことだ。仕方がないと言えばそれまでかもしれないが、やはり寂しい。


翌日、会社に行くと、先輩社員体調を崩したため、その分の仕事を任せたいと、上司から話があった。そこからは連日残業がかさみ、日付が変わるまでに帰宅できるかどうかと言った日々が続いた。そんな中、写真のことなど考える余裕はなく、気づくと忘れていた。

一月ほど経って、先輩も復帰。この間、土日も出勤となることもあったことから、代休をとっていいという話になった。休みをもらっても特に何かする予定はなかったが、もらえるものはもらうことにした。

明日は休みという日、翌日何をしようかと考えるうち、ふと写真のことを思い出した。思い出すと同時に、明日はあの場所に行ってみようと思った。何故、あの場所だと写真ですぐにわかったのか気づいたのだ。問題は写真に写る木だった。その木にはうっすらと傷がつけられている。そう、これは僕がつけたのだ。


朝から車を走らせ2時間くらい、山の中腹の公園に着いた。当時から変わった様子はなく、変わったことといえば、あの頃は綺麗だった遊具が色褪せ、少し錆びついたくらい。

あの場所はその公園から歩いて10分くらいだったはず。正直なところ、迷わずにたどり着けるか不安はあった。木は伸びているだろうし、土砂崩れなどあったとすれば、地形も変わっているかもしれない。そもそも大人の自分で通れる道なのか。

おそらくこのあたりという場所を見て回り、何とか入れそうな獣道を見つけた。ポケットに入れてきたナイフで木の枝を切りながら進む。もう秋だというのに気温が高く、全身から汗が噴き出していた。

小一時間、道無き道を進むと、ひらけた場所にでた。潮の香りを少しはらんだ風が頬を撫でた。心地よかった。

この場所は、あの時から変わっていなかった。ベンチがわりの岩もそのまま残っており、そこに腰掛け、持ってきた麦茶を飲んだ。目を瞑り、水分が体に行き渡って行く感覚に浸る。今目を開けたら20年前のあの頃のに戻っているんじゃないだろうか。そんな思いになった。

腰掛けた状態で前を見ると、目の前の木に刻まれた傷が目に入った。それを見ると、溢れ出すように記憶が戻ってきた。ああ、そうだったのか。何で忘れていたんだ。この場所は僕一人の場所ではなかった。


幸いにも、この場所でも携帯電話の電波は入っていた。この前のSNSの書き込みを探す。投稿されてから数日間は、しきりに書き込みがされていたが、あまりの手がかりのなさに、次第に書き込みは途絶え、未解決のままとなったようだった。

何と書き込もうか。今更何かを期待するわけではなく、ただ今のこの思いを何か言葉にしたい。伝わらなくてもいい。ただ。


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結局わからなかった。彼女からそう聞いたとき、ホッとしたような少し残念なような気がした。約束は約束だからと、彼女はそれ以上私にその写真について聞くことはしなかった。私にとっては何よりも大事な思い出。それを守りたいとの思いと、ひょっとしたらとの思い。どちらが本当の私の気持ちなんだろう。

小学生の頃、私は友達がいなかった。いじめられるとかそんなことはなかったけど、何となくクラスに馴染めなかった。同じクラスに、同じようにいつも一人の男の子がいた。私は彼に勝手な共感を抱いていた。私だけじゃないんだ。そう思うことで寂しい私の心は癒されていた。

ある日、親に頼まれて買い物に行く最中、彼を見かけた。彼は一人で山の方に向かって行っていた。彼のかをが学校で見るより心なし朗らかだったのが印象に残った。

翌日、何の偶然か、彼と私が日直だった。うちのクラスでは日直が教室を施錠して帰る決まりになっていた。施錠を済ませ、帰り道、思いつきで昨日どこに行っていたのか聞いて見た。

彼はすこし驚いた顔をして、それから私にならと前置きをして教えてくれた。いつも山の秘密の場所でぼんやりしているのだと。興味があるなら一緒に行ってもいいと行ってくれた。

一緒に見た夕焼けはすごく綺麗だった。特にその場で何かを話すわけでもないけど二人でぼんやり過ごした。それからというもの、私はちょくちょくその場所に通った。彼はいつも同じように座っていて、その隣が私の場所になった。私が勝手に思っていただけだけど。すごく心穏やかな時間だった。

そんな日々が数週間続いて、彼は唐突にそこに来なくなった。というか、唐突に転校してしまった。転校について、私には何も言ってはくれなかった。やっぱり、親しみを感じていたのは、私だけだったんだ。そう思って今まで異常に寂しくなった。

それでも、山のあの場所に通うことはやめられなかった。あの日々のことを思い出すだけであの時の私には十分幸せな時間だった。

その日も、いつもの場所に座り、ただぼんやりとしていた。彼が転校して行ったのは夏休みの前のこと。風は冷たくなり始めていた。ふと、目の前の木の幹に不自然な傷があることに気づいた。何かで引っ掻いたような傷。でも、よく見るとそれが矢印のように見えた。地面の方向に向かった矢印。

何かあるのかな。そう思ってその場所を軽く掘ってみた。そこからは赤色のお菓子の缶が出てきた。缶の開け口にはビニールテープがぐるぐるに巻かれていた。テープを剥がし、缶を開ける。中には手紙が一枚。

「○○さん、隣にいてくれてありがとう。友達になりたかった。」

短くそれだけ書いてあった。私はその場で泣いてしまった。嬉しくて泣いたのはあの時が初めてだった。

その日から、あの場所に行くのはやめた。その必要がなくなったから。私の心の寂しさを埋めるには、あれで十分だった。

中学校は県外の学校に通うこととなった。祖父母の家から通うため、しばらくこの街を離れる。あの写真はその時、お守りとしてとったものだ。だから、この写真がわかるとしたらきっと彼だけだ。だからきっと私は、彼が気づいてくれることをどこかで期待していたんだ。

友達を利用してしまったというような罪悪感が少しあった。こんな私と友達になってくれて、彼女には頭が上がらない。

もし、彼と連絡が取れたら、私はなんていいたかったのだろう。ありがとうでは足りない気がする。でもそれ以上は言葉にならない。


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帰ろうと腰をあげ、思いついた。あの缶は残っているだろうか。彼女は見てくれたのだろうか。確認したくなった。

何も用意していなかったから、手で地面を掘り返す。きっと小学生の自分が掘ったくらいだからそんなに深くはないだろうと思ったが、意外と深い。5分くらい掘って缶の蓋に到達した。

取り出した缶はやはりかなり錆びていた。朽ち果てているかも、と思ったが、何とか形を保っていた。赤い缶を開けると、中には、ビニール袋に包まれたもう一つ缶が入っていた。僕はこんなことをしただろうか。

ビニールを開け、缶を取り出す。もしかしたら。そんなはやる気持ちを抑えつつ缶に巻かれたビニールテープを剥がす。

中には紙が一枚だけ入っていた。


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SNSへの彼女の投稿への返信を眺めていた。思い思いの地名が挙げられるも、どれも正解ではなかった。それも当然、あんな写真一枚でわかるはずはないのだ。

携帯を置こうと思ったその時、返信が追加された。彼女が写真を投稿したのは、もう一ヶ月以上も前になる。遅ればせなその投稿が、私がずっと待っていたものだとすぐにわかった。嬉しくて泣いたのはこれが2度目だ。


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缶の中には一枚の写真。色あせてしまっているが、SNSに投稿されていたものと同じ写真だとわかる。裏にはたった一言、

「私の大切な友達へ」

それだけ書いてあった。それだけで十分だった。

太陽が海を赤く染め、木々は紫色になる。携帯で写真を一枚とって、一言添えてSNSへ投稿した。


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思わず流れた涙に、向かいの席に座る彼女が慌ててどうしたのと聞いてくる。そうだな、どこから話せばいいんだろう。

戸惑う彼女は携帯の画面に映された写真を見て歓声をあげる。そこには私の写真と同じ構図の夕日の写真が映し出されている。

彼女は笑わずに聞いてくれるだろうか。きっと笑うだろう。でもきっとその笑顔は心地の良いものだ。彼女になら聞いてほしい。私と私の一番古くて一番新しい友達の話を。


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写真には一言だけ添えた。

「僕の大切な友達へ」


僕たちはやっと友達になれた。


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