最強で最後

「あなた、引退するんでしょう?

 なら私と組みませんか」


 湯呑みを手のひらで包み、ゆっくりと飲む仕草はそこらにいる婆さんにしか見えない。


「なぜ? 俺には組む理由がない」

「ふふっ。あなたほどの殺し屋が、このまま引退など出来る訳がありませんよ」


 婆さんは続ける。

「私があなたを殺しますから」

「何だと?」

「あなたを殺せと命令を受けているんですよ。組織からね。

 でもね、殺す気なんてありませんよ勿体ない。

 私はある人を探してこの組織に入りました。だから、あなたを殺すより、組んで一緒に戦った方が都合が良いんです。

 如何でしょう?」

「嫌だと言ったら?」

「殺します。私が死んでも次から次へ刺客は来るでしょうけど」


 穏やかな表情を崩さずに、婆さんは湯呑みを傾ける。

「わかった。組織を抜けるためだ。協力しよう」

「では、行きましょう」


 婆さんはそう言って椅子から降りると、枕の上に立った。相変わらず腰が曲がっている。そのまま回転し、速度はどんどん早くなる。

 やがてギュイーーーーンという音が聞こえてきた。ガリガリと地面を削る、いや、掘っている。婆さんは止まることなくドリルのように地面を掘り続ける。

 なぜ枕で地面が掘れるのか? なぜ婆さんは高速回転に耐えられるのか? 穴が横向きだったら婆さんはどうなるのか?

 浮かぶ疑問は様々あったが、大将は婆さんが地面を掘り進める間に自分の武器を準備して、婆さんの掘ったトンネルを進む。


 ドゴォォン!

 何処か広い空間に行き着いた。

「何だてめぇら!?」

 そこは組織の本部だった。

 爆音を聞きつけた黒いスーツの男達が次々と寄ってくる。大将と婆さんはあっという間に数十名の黒スーツに囲まれてしまった。曲がった腰をトントンと叩きながら、婆さんが黒スーツ達に向かって言った。

「お前達はお呼びでないよ。龍太郎は何処だい?」

「お前達何者だ。質問に答えろ」

 黒スーツの1人が問う。

「聞こえなかったかい? お前達はお呼びでない。龍太郎を出しな」

「何だとババァ! お前が先に答えろや! ああ!?」

 周りの黒スーツ達から野次が飛んだその瞬間、婆さんの前に立っていた男

 の何人かが直立のまま倒れた。1人の首はおかしな方を向き、また別の奴は頭から血を流しピクリともしない。

「お前らに用はねぇんだよ! ああ!?

 ……こんな風になりたくなかったらとっとと龍太郎連れて来て頂戴な。——な?」

 ドスの効いた声から一転、優しい口調になる。だが目は笑っていない。婆さんの枕には真っ赤なシミが広がっていく。大将はその間、取り囲む黒スーツ達の周りに醤油を撒いていた。

「やっちまえ!」

 誰かの一声を皮切りに、黒スーツが2人に襲いかかる。

 今度は大将だ。

 背負っていたマグロ(推定600㎏。生きている)をぶん投げる。マグロはびちびちしながら醤油の上を滑って黒スーツをなぎ倒していく。綺麗な円を描き、ブーメランさながら2人の周りを一周して大将の元に戻る。

 マグロは動いていないと呼吸が出来ない。醤油を取り込んで呼吸をさせながら、生きたマグロで敵をなぎ倒す。これが大将の武器。鮮度が命なのだす。

「う、うぅ」

 まだ息のある奴が残っていた。大将はびちびちするマグロの尾の付け根を持ち、剣のように振りかざした。そのままモグラ叩きの要領で1人1人確実に潰す。

 マグロだって生きているとはいえ凶器。鈍い音が室内に響く。

「何の騒ぎだ!」

 奥の扉から男が出てきた。この部屋の惨劇と、立っている婆さんを見て男はたじろぐ。

「ば、婆ちゃん?」

「龍太郎、探したよ」

 大将はその男の顔を見たことがある。組織のボスだ。

「こぉんの馬鹿ばがっ子がぁぁぁぁ!!!」

「ぐっ!?」

「んが※よ! 人さ迷惑めいわぐばっかりかげて何してらのよ!? 勝手にさ出でってよ! あぁ!? いづ来るがいづ来るがって何十年待っても来ねぇがら来てやったぞ!! 早ぐけえるどこの!!!」

 龍太郎は婆さんのサンドバッグと化した。いつもの枕で容赦なく顔、みぞおち、首、全身を血に染める。龍太郎は今にも倒れそうだ。

馬鹿ばがっこ!馬鹿ばがっ子!!馬鹿ばがっ子!!!」

 婆さんが枕を両手で持って、龍太郎の頭目掛けて思い切り振り下ろす。

 ズン。ズン。ズン。

 婆さんに殴られるたび龍太郎は地面にめり込み、とうとう地上にでているのは首だけになった。もう虫の息だ。


「ありがとうございました。あなたのおかげで予定よりも早く孫が見つかった」

 血だらけの枕を右手に持って、婆さんがゆったりと大将にお辞儀をする。

「いや、……楽しかったぜ。あんたと一緒に戦えて」

 婆さんはにっこりと笑った。

「ええ。——私もです」

 そして地面に埋まった龍太郎を引き抜いた。もう用は済んだ。終わったのだ。

 家に帰るのだろう。

「また何処かでお会いしましょう」

 そう言って、大将の最強にして最後の相棒は去っていった。

「また、か」

 大将はふと笑い、屍達に醤油で十字を切った。パープルレイン。


 こうして無事に組織から抜けた大将は、びちびちしている漬けになったマグロを連れて、開店準備のために店に戻るのだった。



《言葉の解説》

 ※んが……標準語で「あなた」とか「お前」という意味です。英語なら「you」だよ!

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パープルレイン〜相棒はピロウイレイザー〜 @muuko

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