第13話 薄汚れた野良犬

「たったいま、敵の師団長を名乗る者が投降して参りました。陛下に謁見を希望しておりますが、いかがなさいますか」

「なんだと?」

 投降そのものは珍しくはないが、戦闘は端緒に就いたばかりで、敵はほぼ無傷のはずだ。つまり初めから寝返るつもりであったのだろう。

「1人か?他には?」

「部下を数人連れております」

「どうせなら師団ごと投降して来れば良いものを」

 元帥は都合の良いことを呟いた。

「まあよい、連れて来い」


 しばらくしてブリュッヒャーの前に現れた男は、確かにフランス軍の将軍服を身にまとっていた。

 しかし頭にかぶっている二角帽に付いている花形帽章コケイドは、革命後のフランスの象徴である青・白・赤のトリコロールではなく、ブルボン家の紋章であるアイリスの花を表す、純白のそれであった。


「ブリュッヒャー元帥閣下、お目にかかれて光栄に存じます。私はフランス軍第14師団長にして、ブルボン王家の忠実なる家臣、ブールモンと申す者でございます」

 そう言うと、ブールモンは懐から封書を取り出し、うやうやしく差し出した。

「こちらはナポレオンからの作戦指令書でございます。閣下のお役に立てばと思い、お持ちしました」

 とたんにブリュッヒャーの眉間のしわが深くなった。

「黙れ、恥知らずが!」

「……?」

 歓迎を期待していたブールモンは、逆に罵倒され困惑した視線をブリュッヒャーに向けた。

「薄汚れた野良犬め!その指令書を咥えてわしの所へ来れば、餌がもらえるとでも思ったか」

「そんな、滅相もない……」

 予想と全く異なる展開に、ブールモンはしどろもどろになるばかりであった。


 ブールモンはナポレオンの部下でありながら、フランス軍内でも筋金入りの王党派として知られていた。

 ダヴーなどは「奴が我が軍の制服を着ている姿など見るに耐えん」と言って、ブールモンの追放を主張していたが、他の将官の口添えもあって追放を免れていたのである。


「閣下、ブールモン殿はナポレオン打倒を目指す我らの同志ではありませぬか」

 見かねたグナイゼナウが援護したが、ブリュッヒャーは強面の顔に怒気をみなぎらせていた。

「戦いもせず投降したうえに、味方を売り飛ばすような輩は軍人の面汚しじゃ。顔も見たくないわ。グナイゼナウ、こいつをつまみ出せ!」

 激しい剣幕に、グナイゼナウもこれ以上の説得の無理を悟った。

「ブールモン殿、ここはお引き取り願うほかありませんな」

「しかし閣下……」

 戦場のただ中で、敵味方双方から見捨てられた者に、どのような運命が待ち受けるか。

 ブールモンは顔面蒼白でなおも訴えかけようとしたが、その両脇を衛兵2人が抱きかかえ、陣営の外へと引きずって行った。


「安心なされよ、命までは取らぬ」

 捨てられた老犬のように怯えるブールモンに、グナイゼナウが声を掛けた。

「ただし、その作戦指令書は置いて行ってもらいますぞ」

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