第48話 落日(1)
空も大地も
それは西の地平に落ちゆく夕陽のせいなのか、戦いに巻き込まれた周辺の村を包む炎のためなのか、それとも男たちの流した血の色であろうか。
地面には、兵士たちの体が至る所に横たわっている。それらは動かない。まだ生きているのか、すでに死んでいるのか、誰ひとり気に留める者はない。戦場において傷つき動けぬ者と死者は同義であった。
そしてその数は、今この瞬間にも絶え間なく増え続けている。
ラ・エイ・サント農場を攻略したフランス軍は、イギリス軍の主力が陣を布くモン・サン・ジャンの丘の麓で、イギリス軍と激しく剣を交えていた。
敵味方が入り乱れているため銃は使えない。その場にいる誰もが、自らの剣の技量を頼りに、この修羅場を生き抜かねばならなかった。
そしてその中には、馬上で刀を振るうネイの姿もあった。
敵味方の血潮を浴びた
それだけではない。軍服には何か所か穴が開き、そこから血が滲んでいた。まさに死と紙一重で、彼はいまこの戦場に立っているのだった。
1人のイギリス騎兵が、サーベルを構えながらネイに馬を駆け寄せてきた。
「ミシェル・ネイだな。その命、もらい受ける」
異国の兵の言葉をネイは解さなかったが、自分の名を呼ばれたことは分かった。そこに殺意が込められていることも。
敵兵は近づきざまに、ネイの頚部めがけてサーベルを振り下ろした。
見るからに屈強なその騎兵の強烈な一撃を、ネイはかろうじて自分の刀で受け止めた。
「くっ」
息つく間もなく、今度は水平に
右手に力を込めて刀を跳ね返し、すかさず相手の顔面に突きを入れる。だが相手はさらりと身をかわした。
一兵卒からの叩き上げであるネイは、1対1で敵と斬り結んだ経験は何度もある。並の相手であれば斬り倒す自信はあった。
しかし目の前にいる敵兵は、熟練の精兵であるに違いなかった。
相手の巨腕がひらめき、鋭利な刃がネイの頭上で、まるで熱を帯びているように輝いた。
目に見えぬほどの素早い斬撃を、ネイはほとんど反射的な動きで刀に受けた。
だがその瞬間、ネイの刀はその場に不釣り合いなほどの澄んだ金属音と共に半ばから折れ、刀身が茜色の弧を描いて宙を舞った。
イギリス騎兵が勝ち誇ったようにニヤリと笑みを浮かべた。
手綱を引き馬首を返そうとした刹那、白銀の煌きがネイを襲った。
相手の刃はネイには届かなかったが、ネイの乗る馬の首に深く食い込み、馬は悲鳴に似たいななきを上げて倒れ込んだ。
ネイは馬の背から投げ出され、地面に体を強く打ちつけた。激しい衝撃で一瞬呼吸が止まる。
イギリス軍騎兵が馬から飛び降りた。右手に刃が光る。避けようとするが、思うように体が動かない。
「もらった!」
獲物を捉える瞬間の肉食獣のように、相手の瞳が大きく見開かれた。その瞳を、ネイはたじろぐことなく鋭い目で睨み付けた。
「我を討つがよい。されど我がフランス軍は退かぬ!」
意味は分からぬともその気迫に押されたか、イギリス兵の手が止まった。
だがそれも一瞬のことだった。鋭く尖った剣先が、倒れたままのネイの咽喉元に向かって一直線に突き出された。
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