第41話 ウーグモン農場の戦い(二)
無数の6ポンド野砲が一斉に猛々しい
立ち込める白煙の中に、鼓手の打ち鳴らす戦鼓の軽快な律動が鳴り響き、マスケットを抱えた歩兵部隊が農場の屋敷に殺到した。
中でも鬼神のごとき働きでイギリス軍を圧倒したのが、フランス軍第1軽歩兵連隊のルグロス少尉であった。身長190センチ、体重100キロを超える
無作法な侵入者にイギリス軍の兵士が銃を向けた。だが建物内で不用意に発砲すれば跳弾で味方に被害を与えかねない。
一瞬のためらいを見せた兵士は、それを後悔する
仲間の不幸な運命を目の当たりにした別のイギリス軍兵士は、もはやためらうことなくライフルを構えた。
だがその指が引き金を引くよりも早く、ルグロスの部下であるフランス軍兵士の右手が煌き、サーベルが相手の両腕をライフルごと斬り落とした。
しかしその次の瞬間には、どこからか飛来した弾丸が彼の胸を貫いていた。
金属音と銃声、そして人々の叫び声が建物内に反響し、農場はあたかも即興のオペラを上演する歌劇場といった様相を呈していた。
戦況は当初、寄せ手のフランス軍が守備側のイギリス軍を圧倒するかに見えた。しかし、やがてその勢いに陰りが見え始めた。
イギリス軍が、ルグロスによって破壊された門扉を木材で
後続の兵を断たれ、建物内で孤立する形となったルグロスらは、次第にその数を減らしていった。それでもルグロスの勢いは止まらなかった。
「自分たちの逃げ道を閉ざしたことを後悔させてやるぜ」
ルグロスのフランス語をイギリス兵たちは理解しなかったが、ルグロスの狂気じみた表情と行動を見れば、その意味するところは明白であった。
鉄斧の一振りごとに兵士の叫び声が響き、辺りは鮮血に染まり、血なまぐさい臭いが鼻を突いた。
ルグロスの進むところ、次々とイギリス兵の死体が、赤い絨毯のように敷き詰められていった。
突然、思わぬ出来事が起こった。
ルグロスの斧が、彼の手を離れ宙を舞ったのである。
すでに多くの敵を葬り去っていたルグロスの斧は、手元まで血で覆われて滑りやすくなっていた。そのうえ、さしものルグロスにも疲れが見え始めており、斧を握る力がわずかながら弱くなっていたのであった。
ルグロスはすかさず腰の短剣に手を伸ばそうとした。しかし、ほんの一瞬生じた隙をイギリス軍の兵士は逃さなかった。
1人の兵士が素早く飛びかかり、ルグロスの脇腹に銃剣を突き立てる。
うっ、と低いうめき声と共にルグロスの動きが止まった。それでもなお短剣に手を伸したところへ、背後からさらに別の兵士の銃剣がルグロスの体を貫いた。
巨体が音を立てて床に倒れた。ルグロスは床に伏したまま何かを探るように手を動かしていたが、やがて動かなくなった。
生ける死神を葬り去ったイギリス軍は一気に勢いづき、わずかに残るフランス軍に襲い掛かった。
この緒戦のウーグモン農場の戦いで、屋敷に突入したフランス軍第1軽歩兵連隊はほぼ全員が戦死した。
ただ1人、連隊の鼓手を務めていたわずか11歳の少年のみが、イギリス兵に命を救われ生き延びたのであった。
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