第10話 シャルルロワ

 ブリュッセルから南へ50キロメートルほどの所にある街、シャルルロワ。17世紀にスペインがこの地に築いた要塞を起源に持つ城塞都市で、その名は当時のスペイン王カルロス(フランス語ではシャルル)2世に由来する。

 星が幾重にも重なったような形状をした城壁は、迫り来る敵に複数の方面から砲火を浴びせることができる。まさに戦うために作られた街である。

 軍事上の要衝にあるため、スペイン、フランス、オランダ、オーストリアなど各国がこの街を巡って争い、たびたび支配者を変えてきた。

 そして今はネーデルラント領に属し、同盟軍がフランス軍と対峙する最前線の軍事拠点となっている。


 最初に異変に気付いたのは、この街に駐留するプロイセン軍の歩哨を務めていた若い兵士だった。

 6月15日の未明、彼は仲間の兵士と2人、街の南側の城壁の上で、徹夜の番をしていた。6月といえど、夜明け前の風は冷たい。

 彼らは交代の兵士が現れるのを、肩をすくめて待ちわびていた。


「おい、あれを見ろ」

 彼は対岸の彼方、南の夜空を指差した。

 空は雲に覆われているのか、星は見えない。雨の多いこの地方では珍しいことではなかった。

「空が赤い……」

 暗い夜空が、かすかに赤く染まっている。それが何を意味するのか、彼らは経験から知っていた。あの空の下に、野営を張っている軍隊がいるのである。しかもかなりの数であると思われた。

 ここから直接野営の火が窺えないのは、おそらく丘の陰にでも隠れているのだろう。


「援軍が来ると聞いているか?」

 仲間に問いかけたものの、答えが「ナイン」であるのは明白だった。

 これより南はフランス領である。そこに味方の軍がいるはずがなかった。

 不意に邪鬼に背筋をでられたように、2人は身震いした。

「とにかく隊長に連絡だ!」

 上官の元へ駆け出そうとした時、彼は暗闇の彼方にうごめく小さな赤い光があることに気付いた。深い穴の底から這い出して来るように少しずつ増えていく光は、闇を侵蝕しながらこちらに向かって進んでくる。傷口からとめどなく溢れ出る血液を連想し、彼は背筋に悪寒を感じた。

「フランス軍が動き出したんだ」

 増え続ける光は、漆黒の床に深紅の絨毯を敷き詰めていくように広がっていた。

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