第玖話 ちりはちりに
ちりはちりに 壱
先生の姿をした怪異は、ゆっくりゆっくり歩いて行く。そうして僕らを
「何だ、やる気の無い奴だな」
関が後ろを振り返り振り返り言う。
「
「わかるかも知れない」
僕は、苦い物を噛み締める様な気持ちで関に伝えた。僕と妙子さんと先生の事。あの怪異が、妙子さんの名前を呟いていた事。
「美貌の未亡人と差し向かいとは、君も随分羨ましい目に遭っていたと見える」
「茶化すなよ。先生……あいつは、だから、彼女の元に向かっているのじゃないかと思う。方向も合っている」
「住所は」
「九段」
歩いて行けるな。彼は呟き、横目で先生を見た。
「つまり、と言う事はだ。その未亡人、以前に……」
「僕は何も知らない。そう言う事があったのかも知れない。何か勘違いかも知れない」
僕は、頭が
ただ、筋は通る。彼女は以前、神田の病院の話をしていた。子供が好きで、よく一緒に遊んでいた。そうして見た目よりずっと心が
胸が締め付けられるようだった。妙子さんにこいつを会わせてはいけない、と思った。外見は夫、中身は子供。僕が育ててしまったこの呪いの様な存在を、彼女に
僕は、早足に歩きながら懐から酒瓶を取り出し、ジンを
「この上辺りで始末をすれば良いんじゃないか。街灯がある。人も居ない」
関が言う。振り返ると、先生はやや遅れて、それでも着実に僕らの後を歩いている。僕は
だが、坂を上りきり、息を軽く整えると、少し離れたところにある明かりの下には、人影が見えた。
「あら、もしかすると、大久保さん?」
あの虹の日と同じ様に、人工の灯に照らされ、笑うのは妙子さんだった。
「どうしたの。忘れ物でも……」
「妙子さん!」
僕は思わず大きな声を出していた。関がギョッとしたように僕の方を見る。
「危ない、そこは危ないです。逃げて!」
僕は走り出した。酒が僕の脚を少し軽くしてくれた。きょとんとしている彼女の手首をひっ掴むと、
「
「……例の、暴行魔です。それも、生きた人間じゃない」
何と説明すれば良いか迷い、僕は息を切らしながらそう言った。先生は妙子さんに気づいたかどうか、速度は変わった様に見えない。
「あなたを狙っている」
「私を? でも、どうして」
あなたがあれの母親のひとりだからです、とは言えなかった。
「兎に角、家まで行きましょう」
そうして、僕らが外に出て、あいつと相対すれば良い、とそこまで考えて、僕は急に
「説明が欲しいわ。どう言う事なの」
「それは……」
「あなたは、神田の
関、と僕は青ざめた。だが、
「でも、私があそこに通っていたのは、もう五年以上は前よ」
「奴には時間なぞ関係無いんですよ。人じゃないんだ。
因縁、と彼女は
廊下を案内されながら僕はもう、何もかもに済まない気持ちで一杯だった。僕が居なければ、彼女にこんな思いをさせずに済んだのだ。
「兎に角、奥さんはここに居て下さい。明るくなるまで戸は開けない様に。俺達は外で奴を仕留めます」
欧風の家具の置かれた客間で、関は狩人めいてそう言う。僕はもう我慢できずにジンを口に含むと、悲壮な決意を固めた。やるしかないのだ。自分自身の片を、自分自身でつける以外には。
「あの、気をつけてね。本当に……」
気遣わしげな妙子さんの声が急に途切れ、彼女は目を見開いた。客間の入り口。廊下の
「雄二郎さん?」
妙子さんが小さく呟く。
「でも、この間は、消えてしまって」
「奴は違います」
壁抜けしやがったか、と関が苦々しげに言う。僕は、脚が震えるのを感じる。先生。妙子さんの子供。僕の罪悪感。僕が
先生はゆっくりと前に進み出ると、どこか歪んだ笑顔を見せ、大人の様な、子供の様な奇妙な声音で妙子さんにこう言った。
「
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