こねこどこのこ 弐
「大した事無いと言うのに、
そう言う姉の顔はしかし、
「お医者様は過労だと言うから、栄養を取って寝ていれば良いの」
「寝ていないから怒ってるのに」
姪が眉を吊り上げる。姉は医者が帰ると
「私がやるから、お母さんは
「なあに、その言い方は……あら」
「箱から出したわね。仕方ない事」
子猫は布団のところに差し掛かり、ふと目を大きく見開く。そうして、全身の毛を逆立て、
「……どうしたの?」
伸ばされた姪の手に、一筋薄く鮮血が走った。子猫は小さな爪を立て、彼女を引っ掻いたのだ。姪は手を引き寄せ、顔を
「痛い」
「ああ、空気が悪いから興奮しているんだよ、きっと。ほら、姉さんも猫も、休むと良い。僕も手伝うから」
僕は場を和ませる為にそう言った
「純が何をどう手伝うの。いつもボンヤリ立っているだけの癖に」
「叔父さんは台所の事は何もわからないのだから、大人しく座っていて」
どうも女性陣には不評の様だった。
「……叔父さんは、お母さんの体調の事、どう思う」
結局、僕は台所に取り敢えず立って、姪の指図するあれこれを取って渡す係と言う事になった。時々間違えて妙な物を渡しては怒られる。
「どうって。そりゃ心配だよ。殴っても倒れない人だからね」
「そう言う意味じゃなくて……それもあるけど」
姪は、
「あの子……猫が来てから、お母さん、具合が悪くなった様な気がするの」
「猫の毛に弱い人は時々居るが、そんな風だったかなあ」
「そう言う意味でもなくて! ……ね、叔父さん。あの子、何か悪い物だったりしないかしら」
芋の皮を剥きながら、深刻な声音で姪は
「私が選んだでしょう。指先の勘で良い物だと思ったけど、逆かもしれない。もしそうなら、私の
「何か力を持って、姉さんに悪さをしていると、そう言う事かな」
「そう。叔父さんは詳しいから、何かわかったりしない?」
残念ながら、僕は大して怪奇現象に
「悪いが、わからないね。猫の事は気を付けて見てみるよ。何、直ぐに姉さんも良くなる」
そう言ってやる事位しか、僕には出来なかった。
「大久保さん」
声を掛けられ、ふと手が止まっていたのに気づく。ひとつ目の
「なあに、今日は元気が無い事。悩み事でもあるのかしら?」
僕に元気がある日など、元々そう無いのだが、今日は
「いえ、少し……姉の具合が良くなくてですね」
あれから数日、姉は中々床から起き上がれずにいると言う。あら、と妙子さんは
「それはいけないわ。心配でしょうに」
「元が丈夫な人ですから、過労と言っても何だか妙な気がして。どうも子供達の様子も良くない様だ」
姪は、益々あの子猫を疑っている様であった。優しい子であるから虐めるなどはしないが、構うのは勝治君だけになっているらしい。
「それは……駄目よ。ちゃんと別のお医者様に診て貰うのが良いわ」
何なら神田に良い病院があるわよ。妙子さんは
「何の病気があるか、わかった物ではないわ。早いなら早い方が良い」
「……尋常の病気ではないかも知れない」
姪の様子に当てられたのだろう。ふと僕は、そんな事を呟いてしまった。
「それは、どう言う?」
「わかりません。何か、悪い病魔の様な物が取り憑いてはいないかと、それが気にかかって……」
はた、と気づく。先日の残留思念の件があったとは言え、妙子さんはこう言った話題に良く遭遇する人ではない。僕にとっては自然な思考の流れであったが、正直なところ、理解して貰えるかは、怪しい。非科学の徒と思われる可能性もあった。事実、彼女はジッと僕の方を見詰めているので、ああこれはしくじった、と目を
「大久保さんは、そう思うのね」
彼女はふんふんと
「それなら、そう言う事もあるんだわ」
「笑わないでいてくれるのですか」
「だって、こういう怪しい件に関しては大久保さんが先輩で……あらやだ」
妙子さんはくしゃっと顔を顰めた。
「良く考えたら、そもそも大久保さんの方が年上じゃない。何でそんなに堅苦しい喋りなの?」
「え?」
矛先が妙な方向に向いた。十年越しに何を言っているのかと思いつつ、僕は
「それは、先生の奥様ですし、こう、距離感だの何だの」
「わかった。大久保さん、女の人が苦手なんでしょう」
クスクスと笑われては、もうこちらは申し開きのしようが無い。不肖僕、大久保純、女性に関して良い思い出と言う物が殆ど無いのは確かであるのだから。
「それはまあ良いけど、お医者にはちゃんと連れて行って差し上げてね。念の為、と言うのはあるんだから」
「それはもう、そうします」
「何なら今日は切り上げたって良いわよ。無理するお仕事でも無いのだし」
「きりが良いところまではやりますよ」
「それと、そのうち普通に喋ってね」
はあ、と普通に答えた心算がまた笑われた。そう言うところが、女性はわからないのです、と言うのを止めたのは、賢明な判断であった様に思う。それとも、こう言う事も話せる仲になった方が良いのだろうか。例えば、僕と関の様に。
いやいや、と首を振る。反故の上で、銀色の
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