九月 : 語りかける長月
今年も庭のキキョウが咲いた。星型の紫の花が咲くたび、君の居ないこの家が広く感じるよ。鈴虫の音しか聞こえないこの時間、長月と言われる夜の長さが辛い。
僕等のどちらも悪くは無い。
それは判ってる。
君は君の才能を信じて進んだだけ。
僕は僕のあり方を変えられそうになかっただけ。
そう、判っている。
判ってはいるけれど、君が居ないと感じるたびにやはり辛くなるんだ。
理性では判っていても、整理がなかなかつかない。
人の気持ちは難しいものだね。
あれからもう二年が過ぎたね。
たまに君のことを帰省した妹から聞くよ。
妹と君の妹は仲が良いから、ここから遠く離れたところでも今も遊んでいるようだ。
君の名前を妹から聞くたび、懐かしさと寂しさが胸に残るよ。
僕の中に残る君はあの時のままで、顔も声も手の温もりも全て思い出せてしまうからね。
こうしていまだに君を忘れられない僕が嫌いだ。
失ったものをいつまでも悲しんでいる自分が嫌なんだよ。
だって、きっと頑張っている君の今を悲しんでいるようじゃないか。
キキョウの花言葉には誠実という意味もあるって、君は言っていた。
自分に誠実でいたいのと別れる時に君は懸命に説明していた。
ああ、君の誠実さが好きだった。
自分にも他人にも君は誠実だったし、今もきっとそうなんだろう。
でもあの時だけは、君の誠実さを恨んだんだ。
馬鹿だよね。
君の君らしさを恨んだんだよ。
それで君を好きだなんて、なんてみっともないんだ。
二人で別れを決めたあと、庭のキキョウを抜いて誰かに渡そうと何度も思ったよ。
でも、できなかったんだ。
キキョウがこの庭から消えると考えるだけで、胸に何かが刺さるんだ。
きっとこれからもしばらくはできないだろう。
君の名前を聞いても、懐かしさだけ感じられるようになるまで、僕はキキョウの花にこうやって語ることをやめられない。
――今夜も夜の長さと付き合うよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます