八月 : 気もそぞろな葉月
夏休みを利用して近所の市民プールで監視員のバイトしている。
浅い子供用の屋外プールには保護者が周りに居るし、一応、僕と同じバイトが一人監視している。僕はと言えば、小学生だと水面に顔を出していたら底に足が着かない25メートルの屋内プールで溺れる人が居ないか監視している。
いつもなら子供の騒ぐ声も気にならないし、担当プールの監視に集中してるんだけど、今日は落ち着かない。
――だって君が幼い弟を連れて遊びに来てるんだもの。
僕はまだ君に気持ちを告げられていない。
その僕の目に、弟の手を握ってはしゃぐ、薄い青色の水着姿で笑顔の君が映る。
飛沫で濡れたショートヘアが、陽の光とプールの反射光で煌めき、時折揺らめく。
頬に跳ねた水滴が、輝きながら水面へと戻り落ちる。
プールサイドの壁際にクルクマの鉢植えが並んでいる。
白い花の鉢と、ピンクの花の鉢が交互にね。
蓮の花がチューリップのような形にまとまってるみたいで……気高さもありながらそれでいて可愛らしいんだ。
葉が落ちる月が縮まって葉月というらしいけれど、そんな八月の名前に逆らうようにピンッと空に向けて咲いている様子は、いつも凜としている君にぴったりだ。
いつもは微笑む程度で、朗らかに笑う様子など見せない君が、そのクルクマをバックに無防備にはしゃいでいる。
そんな素晴らしい様子が、窓の外に存在するんだよ?
気にならないわけないじゃないか。
だけど、事故が起きたら困るから、担当の仕事をなおざりにもできない。
ちくしょう。
屋内プールの水面で、波の動きとともに光が揺れている。
こんな当たり前の情景ですら、今の僕の気持ちのようで落ち着かない。
早く交代の時間来ないかな?
いや、僕の交代時間まで君が居てくれることを願う方が先だ。
今日は日差しが強いから、水遊び程度と言っても体力を奪っていく。
幼い子の体力では長い時間遊べないだろう。
弟君、頼むからあと三十分だけは元気でいてくれないか?
そしたら、ソフトクリームでも何でも弟君の好きなものを奢ってあげる。
だから、お姉ちゃんと僕が話す、ほんの少しだけの時間をくれないか?
――弟君に頼むためにも、とにかく事故を起こさないよう、目の前に集中しなくちゃな……
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