七月 : 付け焼き刃の文月

 僕の家の庭には母さんが植えた花が幾種類も咲いている。薄いピンク、紫、真っ赤、濃青の花がこの暑い青空の下、命を誇るように咲いている。野菜が植えられた家庭菜園と花壇を左右に煉瓦で分けて、暇さえあれば母さんは世話をしている。

 種類毎に整理して植えられていて、僕は綺麗だなとは思うけれど、名前に興味があるわけでもないし、世話する気持ちなど持っていなかった。


 でも、君と付き合うようになってからは、少しは気にするようになったんだ。ほんと、まったく関心がなかった以前に比べたら程度だけどね。


 付き合ってから判ったことの一つ、君には花を題材にした詩を創作する趣味があった。それは君の名前に詩と花が入ってるからと言っていたよね。


 だから僕は、うちには母さんが世話する花壇があるよと教えて、よかったら来ないか? と誘ったんだ。君が来てくれたら嬉しいし、少しでも長く一緒に過ごしたいからね。

 そしたら、肩までの濃茶色の髪が跳ねるように振り向いて、やや細めの目に明るい光を浮かべ、いつもはあまり大声を出さない君が、はっきりとした声で「行く行く~」と言ってくれたんだ。


 この時ばかりは、母さんに感謝したな。


 花壇の周囲の雑草を抜き、冷蔵庫にはジュースを用意して、今日来るはずの君を僕は花壇のそばにしゃがんで待っている。梅雨が明けてもまだ湿気は感じるけれど、夏の暑さが心地良く感じるのは、もうじき君が来ると判っているからだろう。


 文月は七夕月とも言うんだって。七夕に詩を献じるかららしいんだけど、詩が好きな君にお似合いの月だな。僕の目の前では、紫の球状の花ルリタマアザミが風に揺れている。

 花壇に咲いてる花は全部、母さんから名前を聞いて覚えたんだ。君を誘っておいて何も知らないんじゃ、格好悪すぎるからね。


 花弁がトゲトゲだけど、小さなボールのようで可愛らしい花だ。


 君はこの花からどんな詩を作るんだろう?


 待ち遠しくて、早く君の顔を見たくて、僕はルリタマアザミを指でちょんっと弾いた。

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