五月 : 独りよがりの皐月
薄紫色の睡蓮があちこちに咲いていると、君は池の脇にあるベンチから指さしている。そう言われてみると、瑞々しいような、若々しいような香りがする。
ああ、そうだ。これは睡蓮の香りだ。
うっすらと香るスウッとした刺激に、胸が痛んだ。
まだ弱いけれど、力を隠しているような、これからだと感じさせるようなそんな香りに感じたよ。
これから彼女に別れを告げようかと悩んでいる僕には似合わない香りだ。
そんな僕の考えなど気付かずに、君は睡蓮に瞳を向け、そよぐ風に黒髪をなびかせている。
時折、笑顔を見せて、また睡蓮の方へ顔を向ける君に、僕は話をどう切りだそうかと悩んでいる。
だいぶ暖かくなった季節の休日。
親子連れやカップルの姿も、彼女の後ろに見える。
誰かと一緒であることを楽しんでいるように見え、これから一人を選ぼうかと悩んでいる僕の心臓に刺さった。
でも、僕は君を傷つけてばかりで、このまま一緒に居たらと思うと、泣きたくなるんだ。傷つけたくない。でも、僕は何かに夢中になるたびに、君を一人にしてしまう。
そしてしばらくして、君の寂しげな様子を見つけては反省するんだ。
壁に頭を打ち付けて自分を叱るんだ。
でも、そんなことを、この三年で何度繰り返してきた?
君は優しく待っていてくれる。
時折君を忘れてしまう僕なのに、一緒に居る時間に笑顔で居てくれる。
そんな君だから、僕とは別れてもっといい人と過ごすべきだと思うんだよ。
これも独りよがり?
傲慢?
結局は、僕が傷つきたくないから逃げてるだけ?
――ああ、どうしたらいいかわかんないよ。
君と一緒に居たい。
君を傷つけたくない。
五月晴れの気持ちよい空、瑞々しい香りを放つ薄紫の睡蓮。
穏やかな風、そして柔らかな君。
この空間では僕だけが異物だ。
僕の気持ちなど知らない君がまた微笑んでくれた。
――どうしたらいい……
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