二月 : ときめきの如月

 梅の甘い香りが鼻腔をくすぐるこの公園で僕は君を見つけた。

 公園の隣にある図書館から出てきた君を、はかなげな梅の妖精のように感じたなんて恥ずかしくて誰にも言えない。でもそう感じたんだよ。切ないほど甘く魅惑的な梅の香りが君にぴったりだったんだ。


 オフホワイトのトートバックを肩に揺らして、君の瞳は車道を過ぎる車に向けられていた。でも、生気できらめく真っすぐな君の瞳に映っていたのは、きっと車じゃなかったね。


 梅の香りが広がる空間すべてを君はつかまえている。

 そう感じたんだ。


 君が見つめている空間は香りとともにどこまでも広がり、その全てを視界にとらえているようだった。君から感じる穏やかで、でも目の前の世界を手にしているような不思議な空気に、僕も覆われているようで目をそらせなくなっていた。


 言葉も出せず、視線も動かせず、ただ立ち尽くすだけの僕は、君の世界では取るに足りないただの造形物でしかなかったんだろう。


 でもそれでもいい。

 君の世界の一部でいたいって思ったんだよ。

 この香りに包まれた……ただの造形物でいいってね。


 車が途切れて、長い黒髪を揺らして君が歩き出したとき、僕は君の世界から放り出された。


 あれは何だったんだろう?

 僕の気持ち?

 僕が感じているのは、二月きさらぎの梅が伝えてくれたせいのときめき?


 ほっそりとした手足が車道を横切り、薄いピンクのチェスターコートが揺れる合間から覗く……明るいグレーのスカートが彼女の余韻を残し、遠ざかっていくのを僕はずっと、ずっと追いかけていた。

 甘い香りと君の姿が僕の気持ちに刻み込まれたのを感じながら。

 

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