第26話 朱音の憂鬱
訓練が始まってからもう一ヶ月が経った。
ただ、私はどうしても刀に慣れているからこの『セフィラ』で一般的な西洋剣に慣れるまで時間が掛かっちゃった。今でも少し違和感があるんだけど、騎士さんからすればもう十分に実戦で通用するんだとか。元から心得のあった私は例外として、全体的に訓練も一段落ついたって事で、明日は王都で管理している場所で実戦訓練に入るんだって。
実戦。そう、実戦だ。邪神やその手下との殺し合い。相手はこちらの命を狙って来るって言っても、じゃあこっちも殺しますねって言って殺せる日本人高校生が何人いるんだろう。いくら力を得たからって、実戦で活かせるかと問われると私だって自信は無い。その事を訓練に夢中な同級生の何割が自覚しているのだろうか。
「はぁ~。」
最近、私は憂鬱さからため息が止まらない。その理由は主に三つある。一つ目は実戦が近いということ。そして二つ目は…
「やあ、朱音さん!」
「…はぁ。」
この男だ。名前は関口啓志。由紀子の腐れ縁野郎だ。こいつ、そこそこ武道の才能があった上にちやほやされやすい
確かに、一般的な女の子ならコロッと行っちゃう位にこいつの顔は整っている。ざっくり言えば爽やか系アイドル顔のイケメンだ。その上スポーツ万能で頭もいい、しかも『セフィラ』では就けるだけでカリスマ扱いされる
「馴れ馴れしく名前で呼ばないでって、何度も言ってるよね?」
でもねぇ、由紀子から聞いた本性を知っていたらとても恋愛対象には思えない。大体、こいつはこの国の法律で一夫多妻が認められているからって手当たり次第に口説いてるみらいだ。私も自分のハーレムに加えてやろうって思ってるんでしょうね。馬鹿にしないでくれる?
そもそも、こいつは私の好みじゃない。じゃあ私の好みはどんな男なのか、って聞かれたら『お祖父ちゃんよりも強い男』って答えるね。事実だし。けど、そんな男は現れないわ。だって、お祖父ちゃんは一昨年に事故で死んじゃったから。…そう考えると、私って結婚出来るんだろうか?
「ははっ、照れなくていいさ。素直になれない朱音も可愛いよ?」
こいつ…。ウインクなんてしやがって。それに今度は呼び捨て?そんなのは祖父母と両親、タケと由紀子みたいな親友と呼べる数人にしか許してない。本当に不愉快な奴だ。
「ちょっと!そんな言い方ってないでしょ、世井口さん!」
そして、私の素っ気ない態度がクソ野郎の名も知らぬ取り巻きを刺激するらしく、一々絡んでくる。相手にするのも馬鹿馬鹿しいから無視するけど、それがバカ女達をさらに苛立たせるらしい。どうしろと?
これが私の憂鬱な理由の二つ目だ。そして三つ目の理由は…
「武貞くん、今日もお疲れ様。」
「…。」
あの二人だ。何故あの二人が騎士と稽古をしていないのかと言うと、タケが呪武具を手に入れた段階で騎士団はタケと訓練することを拒否しやがったからだ。騎士団長に私が詰問すれば、タケの呪武具は強力過ぎて向かい合うだけで相当なプレッシャーを感じてしまって訓練にならないと言い出したのだ。
なら脱いだ状態でやればいいじゃないか、って思うでしょ?私も思ったよ。それを聞いたら騎士団長のオッサン、何て言ったと思う?言うに事欠いて『呪武具を使う者と関わり合いになりたくない』と開き直って本音を言いやがった。
これでは訓練にならない。訓練をしなければ、タケは死んでしまうかもしれない。それは嫌だ。そこで名乗りを上げたのが、有栖川さんだった。彼女の
閑話休題。有栖川さんはタケたちと呪武具を探しに行った時点で魔法の基礎どころか応用まで習得していたらしい。後は小手先の技術と威力を研鑽していくだけだから、時間的に余裕のある自分がタケの相手になると言い出したのだ。魔法の腕前は冗談抜きで本物だったようで、こっちはこっちで騎士団がビビってたってことも後押しして有栖川さんの案が採用されたのだ。
それは、いい。百歩譲ってそこまではいいだろう。けど、隙あらばタケと密着しようとするのは何なのか。そしてタケよ、何故お前は一切反応が無いのだ。先月は彼女を凄く警戒していただろうが!惚れた?惚れたのか!?この姉貴分である私に何も言わずに女を作るのは許しません!
「朱音、何を見ているんだい?」
「…別に、貴方に関係ないでしょ。」
「そんなつれない事を言って…ってああ、あの落ちこぼれが気になっていたのか。」
は?落ちこぼれ?誰の事?
「確か…篠崎、だったっけ?騎士団の人達が言ってたよ。呪武具みたいなろくでもないモノしか使えない『呪武具使い』なんて、勇者の面汚しだってね。」
…皆、そんな目でタケを見てたのか。
「朱音は彼と知り合いだって聞いてるけど、これからは君に相応しい相手と付き合うべきだと思うよ?」
…こいつ、殺そうかな?
「ハイ、そこまで。」
無駄に爽やかな笑みを浮かべていたクソ野郎と腰に手が動いていた私の間に割り込んできたのは由紀子だった。由紀子、邪魔しないで。そいつ殺せない。
「どうしたんだ、由紀子?可愛い顔が台無しだよ?」
「キモい。その口を閉じてどっか行って。さもないと殺すよ?」
由紀子はドスの利いた声で恫喝する。彼女が放つ殺気は本物ね。この子と私は実家同士で付き合いがあるって言ったと思うけど、それは武道関連だ。私の家が古流剣術なら、由紀子の家は古流槍術の家。それもあって由紀子の
「は、ははっ。怖いなぁ、由紀子は。」
そんな彼女に凄まれては、クソ野郎も笑顔を歪めないようにするだけで精一杯のようだ。取り巻きは怯えちゃってるね。実際、こいつよりも由紀子の方が強いのは周知の事実だし。
これは先週の事だ。私達はトーナメント形式の模擬戦を行ったんだけど、その時に準決勝で由紀子はクソ野郎に勝った。で、そのまま優勝。準決勝で由紀子がやりすぎたらしく、クソ野郎は三位決定戦に出場できずに棄権。その結果、上位三名は全員女子っていう男子にとってはひどく情けない結果だったよ。因みに、タケと私、ついでに有栖川さんも棄権している。私はまだ西洋剣にしっくりきてなかったからで、有栖川さんは面倒くさがっての純粋なサボり、タケの理由は不明だった。今思えば騎士団がトーナメントに参加すらさせなかったんでしょうね。
「黙れって言ってんの。ついでに消えて。目障りだから。」
「はぁ、僕に冷たいのは相変わらずか。じゃあね、朱音。」
いけ好かない男は、最後まで馴れ馴れしかった。ああ、気分が悪くなる。
「ごめんね、朱音。私が遅くなったせいで…」
「由紀子のせいじゃないよ。でも、何であんな軽薄な男にホイホイ着いていくんだろ?」
「ハッ!そんなのテメェ可愛さに決まってんだろ。」
「まぁちゃん、そんな言葉遣いしちゃダメだよ?」
私の純粋な疑問に答えてくれたのは、川上真子さん。金髪でちょっと吊目なヤンキーっぽいスラッとした女の子だ。そして私達の中で唯一の非クラスメイトの同級生でもある。
何故、彼女があの日に教室にいたのかって?それは真子さんの後でオロオロしている川上亜子さんが原因だ。こちらはおっとりしたゆるふわ系かつ癒し系のムッチリした子である。おそらく、クラスで一番胸がデカイ。私もそこそこある方だけど、素直に敗北を認めざるを得ない。
さて、名字が指し示す通り、二人は双子の姉妹である。亜子さんがお姉ちゃんで真子さんが妹だ。正反対の二人だけど、姉妹仲はすこぶる良好だ。むしろ、真子さんはちょっと天然な亜子さんが心配であの教室にいたくらいだ。それで巻き込まれたんだから、運がないよね。
私と由紀子は基本的に川上姉妹と一緒に行動してる。理由は色々あるけど、一番はやっぱり気が合う所だ。
「あ、二人ともやっほー。それで、自分可愛さってどういうこと?」
「あん?そりゃあ生き残る為に強ぇ奴に護らせようってんだろ。『勇者』っつったって、弱ぇ奴の方が多いんだしよ。」
真子さんの言う通り、実のところ私達『勇者』にも格差がある。私の『剣豪』や由紀子の『天槍師』、タケの『呪武具使い』や有栖川さんの『大魔導師』、それにクソ野郎のように騎士達が憧れる『聖剣使い』なんかは希少な高位の
けど、クラスの過半数はそうじゃない。『重戦士』とか『赤魔法使い』みたいな
そんな一般人レベルの戦闘力しか持たない子が生き残るにはどうすればいいのか。その答えが強い男子にすり寄る事だって真子さんは言いたいのか。じゃあ、クソ野郎は別にモテてる訳じゃ無いのかな?ハッ、ザマァ!
「それなら納得だわ。でも真子さん、貴女は男の人に護って貰いたいとか思わないの?」
「へっ、思わないね。どいつもこいつもオレよりも弱いしな!」
「そうですよぉ、由紀子さん。まぁちゃんはねぇ、護られるより護ってあげたい系なんだよぉ。美少年を、ねぇ~?」
「ちょ、姉貴!?」
ほほう、真子さんはショタ好き、と。ギャップが可愛いなぁ。
「因みに私はムキムキで頼れる男の人が好みですぅ。」
そして姉はゴリマッチョ好きか。本人たちもそうだけど、男の好みも正反対だ。それと真子さんは不良っぽいけど、マイペースな亜子さんに振り回されているみたいだね。むしろ真逆だからこそ、姉妹仲がいいのかも。
「男の好みは兎も角、二人とも迷宮には行くんだよね?」
「そりゃそうさ。」
「行きますよぉ。」
「その、怖くないの?」
私の遠慮がちな質問に、二人はキョトンとしてから顔を見合わせる。私、そんなにおかしい事を言ったっけ?
「え、何?その反応は…?」
「いや、ごめんよ。アンタはこっち側なんだな。こう言っちゃアレだけど、意外だよ。」
「こっち側って?」
「戦う事に不安を感じてる人達って意味ですよぉ。これが意外と少ないんですよねぇ~。」
「やっぱり…って、待って。意外ってどういうこと?」
私の疑問に、二人はまたもや顔を見合わせる。
「だってよ、アンタの馴染みで確か…篠崎だっけ?」
「あってるよ、まぁちゃん。」
「ありがと、姉貴。その篠崎って奴、オレの見立てじゃあ全然ビビってねぇからよ。」
「…あ。」
言われてみればそうだった。この一ヶ月、タケは全くと言っていい程に普段通りだった。それは、異世界に転移したのに普段通りでいられたってこと。図太いってレベルじゃねぇぞ!?
「まぁちゃんは人の目を見れば大体の感情が読めるって特技があるんですぅ。」
「アイツ、表情が変わんねぇから分かり辛かったけどよ、自信持って言えるぜ。」
「あ~、篠崎君って昔からそういうとこあったよね。物事に動じないっていうか、胆が据わってるっていうか。」
「危機感が無いだけよ!あいつは本っ当に心配かけて…!」
タケは子供の時からそうだ。ボーッとどこかを眺めてるかと思えば、急に突拍子も無く危ない事をやりだす。幼稚園児の頃に山で木登りして樹上の鳥の巣を覗こうとしてたし、小学生の頃は海水浴で自分から沖へと泳いでいこうとしてた。中学に上がってからはあんまりやらかすことも無かったけど、ここに来て悪い癖が再発したんだろうか。
「ゴメン!やっぱり一度、しっかり釘を差してくる!」
「はいはい、いってらっしゃい。」
由紀子の返事を待たないまま、私はタケを探して駆け出すのだった。
朱音の後ろ姿を見送った三人の内、由紀子は苦笑いを浮かべていた。
「はぁ。相変わらずねぇ、朱音は。」
どうして朱音が武貞をここまで心配しているのか。それは朱音が武貞を愛しているからに他ならない。それは家族に向けるものと言うよりも、異性に向けるそれだと由紀子は解釈している。幼い頃から一緒に居すぎたせいで本人は自覚していないようだが。
「それぐらいで丁度いいんじゃねぇのか?その篠崎だって、そこまで強く無ぇんだろ?」
「好きな人に傷付いて欲しくないんですねぇ。世井口さんも乙女ですぅ。」
朱音が武貞に想いを寄せていることは、この一ヶ月で親しくなった二人にもバレバレであった。そして彼女が自覚していない事も解っている。故に、朱音の行動に対して好意的かつ理解を示していた。しかし、由紀子が言いたいのはそこでは無い。
「違うわよ、二人とも。彼は強いわ。それを自分から明かさないだけで。」
「はぁ?ホントかよ?」
「嘘じゃないわ。実力を見た事は無いけどね。」
由紀子は実家の繋がりで武貞を昔から知っている。当然、道場にも招いた事はあるし、その時に道場で共に稽古をした事だって幾度もあった。
その時、由紀子は武貞に対してこれといった関心を向けることは無かった。むしろ自分と似た境遇である朱音への興味が強すぎたとも言えるだろう。
しかし、由紀子達が中学に上がった頃だったろうか。由紀子が夜中にトイレへ行く途中に、道場主である彼女の祖父と朱音の祖父が電話している声を偶然聞いてしまった。彼女の祖父は確かにこう言ったのだ。
『お前の所の鬼はどうだ?…そうそう、武貞君だったな。……ほぅ、あそこに出ているのか。初戦の相手は……!』
ここで由紀子の祖父は彼女には気がついたので有耶無耶にされたが、短い会話から三つの情報を得た。一つ目は祖父が武貞を『鬼』と呼んでいること、二つ目はあそこなる場所に武貞が出入りしていること、そして三つ目はあそこなる場所で武貞は試合か何かを行っていることだ。
あそこがどのような場所なのかは不明だ。しかし、その事を祖父に問いただす事は憚られた。何故なら、次の日に朱音の祖父との電話について聞こうとしただけで睨まれてしまったからだ。
今思えば、あれは殺気だった。普段は優しい祖父が孫に殺気を放ってまで秘密にしたい場所があり、『鬼』呼ばわりされる武貞はその場所に関わっている。それからというもの、由紀子は普段通りを装いながらも、武貞を警戒するようになっていた。
「兎に角、篠崎君は弱者じゃないって思った方がいいわよ。むしろ、私達が束になっても勝てないかもね。」
由紀子は最後の一言を冗談めかして言ったので、亜子と真子は本気にしなかった。由紀子本人もそこまで強い訳がないと思っていただろう。
しかし、由紀子の冗談が事実どころか甘く見すぎた評価である事を知るのは数ヶ月後のことだった。
陰神放浪記 ヒゲ・ダルマ @hige-daruma
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