第25.5話 呪武具選び・裏

 我輩は呪われし鎧である。通称は『赫怒の鎧』。我輩は名のある騎士であったが、故あって千を越える人をこの手で殺戮した…らしい。何故疑問形なのか、と問われれば覚えておらぬからだ。

 我輩の通称を参考にするならば、我輩は赫怒、即ち激しい怒りに任せて暴れ回ったのであろう。実際、人であった時分の記憶は何一つ残っておらぬが、我輩の中で未だに怒りの炎は燃え続けている。

 我輩は、この世の全てが腹立たしい。我輩を殺した相手が腹立たしい。我輩を封じる者達が腹立たしい。そして我輩は己が存在することすら、腹立たしいのだ。

 怒りのままに暴れ、壊し、殺し、そして我輩も滅びる。それが我輩の望みだ。今は封じられておるが、必ずや外へと出て本懐を遂げてみせよう。


「解錠。」


 今日も今日とて心の中で呪詛の言葉を紡ぎつつ我輩を戒める鎖と格闘していると、我輩達を保管している忌々しき扉が開いた。これまでも幾度となく扉が開くことはあったが、今日こそこの好機を活かして外へ出てやろう!

 我輩は全力で身を捩る。この身を焦がすような怒りのままに力を込め、絶対に鎖を引き千切ってみせる!そのくらいの勢いで全力を以て暴れた!

 それでも何時も通り、我輩を縛る鎖は揺るがぬ。くうぅっ!此度も抜け出すこと叶わぬか!む?何だ、この若造と小娘は?


「タケ、それが気に入ったの?」

「…。」


 我輩の前に立つのは黒い髪の男女だ。成人しておるか怪しい見た目であるな。取り敢えず腹が立つので死ぬがいい。

 おぉ、この若造は阿呆か!?我輩に何の精神防御もせずに触れるとは!ふはははは!愚か者め!貴様の肉体を乗っ取り、我輩の本体を解放させ、思う存分に暴れるとしよう!我輩は今ばかりは怒りを忘れて若造の精神に入り込んだ!









 何だ、ここは?それが、我輩が若造の精神に入り込んだ時に真っ先に感じたものだった。我輩はこれまで数多くの人間の精神を乗っ取り、傀儡として暴れて来た。人間や生物の精神世界とは、その者の本質や根源的な欲求で満ちている。金銭欲の強い者ならば天に届かんばかりの金塊が積み上がり、肉欲の権化ならばその者が求める異性の理想像で埋め尽くされていた。それ故に我輩が精神を乗っ取る時、その者を破壊や殺人を欲するように変えるのが常套手段であった。

 しかし、我輩にはこの若造が何を欲しているのかが分からぬ。何故ならこの若造の精神には、欲を象徴するものが何も無かったからだ。あるのは血のような朱色に染まった空と、地面を濡らすどす黒く変色した血液のみ。一体この者は何を望んでいるのか。それを探るために我輩は移動を開始した。

 この若造の精神は驚くほど広い。地平の彼方までひろがっている。精神の広さは器の大きさに直結するというが、これだけ広いならば一代で王になれるやもしれんな。腹立たしい。

 我輩が移動していると、地平線の向こう側に聳え立つ巨大な塔が見えてきた。その塔の形状は独特で、層を成す木造の楼閣である。我輩は知らぬ建築様式だ。その層の数は百を越えており、最上部は我輩の視力では目視出来ぬ高さであった。我輩に目玉は無いのだが。

 我輩はどこか禍々しい装飾が施されたその塔に足を踏み入れる。恐らくはこの塔の中に若造の欲を象徴する何かがあるのだろう。そしてこういう場合、最上階に精神の核があるのがお約束だ。それに直接触れ、我が怒りで支配する。そうしていつも通りに乗っ取ってくれるわ!







 何だ、これは?我輩はこの塔の中で、若造の精神に入った時以上の衝撃を受けていた。塔は一つの階層の中央に上り階段があるだけで、壁画どころか部屋すら無いというかなり単純な造りである。しかし、どの階層も床に無数の屍体が転がっていた。どれも鋭利な刃物で殺されたらしく、無地の壁と床は鮮血で紅く染まっている。中には我輩の知識には無い獰猛そうな大型の獣まで混ざっている。精神の内部だからか、全く変色していない血液が印象的ですらあった。

 我輩はひたすら階段を上る。どの階層にも床板が見えなくなるほどの屍体が転がっていたが、一つだけ気付いた事があった。それは、上の階であればあるほど屍体の武装と体格が良くなっていたことだ。気になって屍体を検分すれば、思った通り高い階層の屍体は熟練の戦士のものである。

 これは一体何を意味しているのだろうか。それがさっぱりわからない。考えれば考えるほど答えが遠退いて行く錯覚すら覚える。だが、我輩は階段を上るのを止めはしない。我輩が束縛から脱出するには、この若造を乗っ取る事は必須だからだ。








 百八階層。どうやらここが終点らしい。何故分かるのかと問われれば、もう上り階段が無い上に若造本人もいたからだ。ただ、若造は四人もの老人と戦っていた。

 老人が持つ得物は全員異なっている。反りのある片刃の剣、同系統だが大型の剣、逆に同系統の小型の剣、そして短槍である。老人は全員が恐るべき達人揃いであった。動きに無駄が一切無く、更に連携も完璧。生前の我輩では、一人相手であっても十秒と保たぬであろうな。

 そんな化け物に対して、若造は輪を掛けて常人離れしている。何故なら、達人に囲まれているはずの若造の方が優勢だったからだ。剣や槍を完璧な見切りによってギリギリで躱し、剣先で反らし、受け流すと一瞬の隙を突くように逆撃を加える。達人四名に囲まれている方は無傷であるのに、囲んでいる方が傷だらけだ。意味が分からないが、取り敢えず腹が立つ。

 だが、いつまでも眺めているのも馬鹿馬鹿しい。我輩は若造に向かって飛び掛かる。だが、相手は此方を見るでもなく片刃の剣で我輩を斬り捨てた。しかし、このくらいは織り込み済みよ!

 我輩は倒れ伏すと同時に両籠手を切り離して射出する。その両方が剣によって斬り裂かれたが、これこそ我輩の狙いであった。砕かれた籠手、その指の破片が若造に触れる。精神の核に触れるのは、我輩のごく一部だけでも構わぬのだ!ふはははは!我輩の怒りに飲まれるが…




斬る




 何?




斬る刺す躱す強く極める払う薙ぐ突く弾く穿つ抉る勝つ絞める斫る強く防ぐ削る折る砕く殴る斬る刺す躱す極める払う強く薙ぐ勝つ突く弾く穿つ抉る勝つ絞める斫る防ぐ削る折る強く砕く殴る斬る刺す躱す勝つ極める払う薙ぐ勝つ突く弾く強く穿つ抉る絞める強く斫る防ぐ削る折る砕く勝つ殴る斬る刺す躱す極める勝つ払う強く薙ぐ突く弾く勝つ穿つ抉る絞める斫る勝つ防ぐ削る折る強く砕く殴る…




 う、うおおお!?これは若造の感情が我輩に逆流しておるのか!?こ、これが此奴の根源的な欲求だというのか?戦い、勝ち、強くなる事こそが生きる目的だとでも?

 く、狂うておる!此奴は狂人だ!は、早く逃げねば…!







逃げるな







 は?








逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ逃げるな従え使わせろ








 う、うおああああああああ!?







「…数百年前に家族を殺された怒りで狂うた騎士の鎧、通称『赫怒の鎧』を従えるとはのぅ。流石は異界の勇者よ。」

「流石ね、武貞くん。」


 我輩は『赫怒の鎧』。これまではただ怒りのままに暴れていただけの愚か者であった。だが、今は違う。今の我輩はこのお方、タケサダ・シノザキ様に絶対の忠誠を誓う騎士である。

 タケサダ様は、我輩を『使える』と言ってくださった。おお、何と喜ばしいことか!我輩、タケサダ様の邁進されるであろう流血と死闘に満ちた道程に何処までもお供致しますぞ!

 ふむ?我輩の後ろに通路があるですと?では参りましょう!いや、我輩とタケサダ様であればどのようなモノが相手でも負けるハズが御座いません!

 ややっ、分厚い扉ですな。しかし案ずることは有りませんぞ!タケサダ様の腕前と我輩と我輩の槍の能力さえあればあのような扉など腐った戸板も同然!むむっ?各々の能力を教えろ、ですと?ふっふっふ、使ってみれば宜しいですぞ!


「…!」

「おいいいい!?」


 はっはっは!どうです?これこそ、我輩達の力!我輩の『全能力超増強』と『弱点感知』に、我が槍の『絶対貫通』と『損傷拡大』ですぞ!同時に使用すると本来なら穂先が負荷に耐えられませんので最後の切り札なのですがな、タケサダ様の『不壊』が相まって幾らでも使えますぞ!これで我らは敵無しですな!

 む?あの剣は…呪武具ですな。それも我輩以上の憎悪と悪意を感じますぞ。あれに宿りし怨念は、非業の死を遂げた持ち主ではなく斬られた者のものでしょうな。どうして分かるのか、ですと?はっはっは!あの牢獄に長いこと囚われておりましたでな、怨念の質がよく判るようになったのです。隠れた特技、というヤツですな!

 それはともかく、いかがされますかな?あれを使いこなせれば、確実に戦力と成り得るでしょう。しかし、漂う雰囲気は我輩の比では有りません。タケサダ様とて、支配するのに難儀することでしょう。それでも…行かれますか。ふふふ、その強さへの飽くなき欲求こそが我が主の本質。愚問でしたか!

 


「…。」

『グゲフヘ!我が封印を破る阿呆が、ようやっと現れたかよ!さあ、小僧!この【堕喰の邪神】様に肉体を差し出すがいい!』


 なんと!この剣に宿るのは怨念どころか邪神そのものだったとは!タケサダ様は我輩の籠手を着けたまま剣を握ったので、剣に宿る邪神の声が我輩にも聞こえますぞ。どうやら邪神は先程の我輩の如くタケサダ様を乗っ取ろうと言うのでしょう。ですが果たして我が主の心を支配することが出来ますかな?


『ゲゲヘッ!精神を喰ろうてしまえば……なんじゃ、この精神は?本当に人間か?まあ良い!腹に納めれば同じことよ!』


 成る程、精神を喰らう事が出来るとは。流石は【堕喰の邪神】と言うだけのことはあるようですな。しかし、精神にだけの我輩がこうも変貌したのです。そんな精神を喰らうなど…どうなっても知りませんぞ?


『ヒッ!?ヒギャアアアアアァアアアァ!?我は斬る刺すはら…ッ!違う我は喰らう!我は喰ろうて喰ろうて斬る?喰らう?斬る?切る?』


  邪神は混乱しているようですな。それはそうでしょう。タケサダ様の精神は普通の人間とは大きく異なります。戦って勝ち、強くなって更なる強敵と戦い、己を高みへと押し上げる。このループが本気で思考と行動の根幹にあるのです。

 これは決して普通では御座いません。タケサダ様にとって生物の三大欲求、即ち食欲・睡眠欲・性欲は強くなる事よりも優先順位が低いのですから。


 屈強で健康な肉体を維持するために食事を取る。


 技が鈍らないように睡眠を取る。


 生殖はあくまでも己の技の後継者作りのため。


 これが普通のハズがありますまい。生存以上に己を高める事を優先するなど、生命体として欠陥があるとも言えましょう。そしてその精神性は邪神に勝るとも劣らない狂気を孕んでいると言っても過言ではありません。


『喰らう!我は斬る刺す、喰らうのだ?わ、我は斬る!喰ら、否、刺す払う薙ぐ突く喰う穿つ抉る…』


 では、そんな精神を喰らってしまえばどうなるのか?その答えがこれです。乗っ取る所か、逆に乗っ取られてしまうのですな。もしも我輩がタケサダ様の核に欠片によってではなく、全体で触れておればなっておったでしょうなぁ。人格が残ったのは怪我の功名と言えますな。


「…。」


 新しい剣は如何ですかな?能力は…『邪神毒』、『魔法吸収』、『神喰らい』で御座いますか。ふむ、【堕喰の邪神】は敵を麻痺させて喰らう捕食者だったのでしょう。姿形がどのようなモノであったかは解りませんが。

 しばらく調子を確かめた後、タケサダ様は少しだけ美しい娘と話した…あれを会話と言ってもいいのでしょうか?いえ、我輩が口を挟む事ではありませんな。兎に角、タケサダ様はもう用事は無いようです。聞けば我輩と我輩の槍、そして邪神の剣以外に欲しいモノは無いとのこと。おお、タケサダ様に選ばれた事は我輩にとってこれ以上無い名誉に御座いますぞ!我輩の粉骨砕身してお仕えすることを誓いまする!

 砕く骨も肉体もありませんがな!はっはっは!







 それにしてもあの娘、我輩のようにタケサダ様と精神的なパスも無い状態で如何様にして会話を成り立たせておるのか…。皆目見当も付かぬな。

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