胎動 Ⅱ
散々に嬲られた肢体は既に疲弊しきっていて、もう指一本すらも動かせそうにない。だからこそ己が兄に跨り、貫かれる体勢はありがたかった。
片手を臀部に添えられ、もう片方で乳房を揉みしだかれるだけでも、こみ上げる快感は耐えがたい。更に、下から激しく突き上げられてしまったら。枯渇していたはずの気力はたちまち漲り、腰は淫猥に蠢く。腹に子がいるのに、子のためを想えば一刻も早くこの行為を中断すべきだと知悉しているのに、兄を求めてしまうのだ。
孕む以前からたわわであった乳房は、なよやかな背筋が慄くごとにゆさりと揺れる。双の褐色の山は兄の大きく硬い掌でもっても覆いきれない豊満なもので、ダーシアは己のものより大きな胸を見たことはなかった。
かつての異母兄は、緩やかながら確実に女として目覚めつつある肢体に戸惑う自分を、優しく慰めてくれた。それは当然のことなのだと。僕は胸や腰が豊かな女こそ美しいと思うし、ダーシアにもそうなってほしい、と。
自分にとってはただ足元を覚束なくさせる不要な肉の塊であっても、兄にとっては価値あるものならば。ダーシアはもはや嫌悪を通り越して忌避の念すら抱いている母の特徴をそのままに受け継いだ肉体をも受け入れられる。受胎が発覚する以前。褐色の胸に秀麗な顔を埋めた兄は、絹さながらに滑らかな舌でもって一対の柘榴の粒を突き、更にその下の蜜が滴る入り口にまで桃色の蛇を這わせていた。何度意識を飛ばし、腰をくねらせ悶絶しても終わらない責苦は甘やかで、ダーシアはずっと兄とこうしていたいと願わずにはいられなかった。
――唾液と汗が、精が魂に沁みこむまで、兄上とこうしていたい。妊娠を知らされた後は重石を付けて奥底に沈めたはずの願望が、水面にまで浮かびあがる。波に押されて岸に打ち上げられた渇望の封は既に解かれていて、蓋を開けば閉じ込めたはずの欲が飛び出す。
上半身を凭れさせ逞しい胸板に縋りつけば、上擦った吐息が零れ落ちる二枚の花弁を薄く整った唇で塞がれてしまって。空気の欠乏に苦悶しながらも、口蓋を撫で弄ぶ肉と己の舌を交合させずにはいられない。互いに吸い付き、己のそれに匹敵するまでに行き来した口内の探索に飽きるはずもなく、ダーシアはやがて新たな己の弱みを突き付けられるのだ。
不甲斐なく愚昧極まりない自分だが、エルゼイアルの前にいると一段と惰弱な存在になり下がってしまうのは何故なのだろう。どうしてダーシアは、一度は己の裡から抜かれた杭を咥えこみ、喉の奥深くまで誘って奮い立たせようとしているのだろうか。
「あにうえ」
血管が浮き出るまでに猛り狂った肉から舌を離し、ふっくらと肉厚な口元を緩ませる。むっちりとした脚を開いて潤んだ亀裂を曝け出すと、羞恥と期待に下腹が疼いて仕方なかった。至上の翠緑玉の眼差しが、真っ直ぐに己の最も秘め隠すべき部位に注がれていて。
魂が凍るまでの冷徹さと憎悪でもって研ぎ澄まされた宝玉に、情欲の炎を灯したのは紛れもなく自分である。ただそれだけの単純な事実でさえ、自覚してしまえば蜜が溢れて止まらなくなった。
全身で愛しい人を、この世で唯一の血縁となった異母兄を感じるべく、ダーシアは既に衣服を脱ぎ捨ててしまっている。対照的にエルゼイアルは、彼の怜悧な美貌を引き立てるに相応しい、華美ではないが上質な衣装の前を乱しただけ。兄はこの部屋から立ち去らんと欲すればすぐにでも実行できる恰好をしているし、実際にそのような罰をほんの二月前に受けたこともある。
琥珀から掘り出したかのごとき艶を帯びた肌の隅々を舐り、硬い指先でもって絶頂を引きずり出した兄は、しかし蕩けた壺に自身の怒りを注がぬまま萎えた手足を乱れた寝台に投げ出すダーシアに背を向けた。その次の晩も、そのまた次の晩も。満たされぬ熱情に駆られ、涙ながらに訴えてようやく与えられた歓喜は麻薬が混ぜ込まれた蜜酒でしかない。その翌日、泥が詰まった革袋とかした四肢を持て余し、世話役の老婆に蔑みとともに麺麭粥を押し込まれる最中でさえも、快楽の余韻は冷めていなかったのだから。
またあれをされるのだろうか。期待と不安が入り混じる従順な犬の目で、支配者の沙汰を待つ。下されるのがどんな判決であろうと、ダーシアに齎されるのは喜びでしかない。
細い足首を掴むのは細く長いが節くれだった男の指であった。
――どうか、このまま私の中に入ってきて。
浅ましく淫蕩な希求は、腕を頭上で捻られ飾り帯で縛められ、随喜の涙で滲む視界を裳裾の切れ端で覆われる驚愕に遮られる。
奪われた視界の代わりを果たさんとしているのか。皮膚は己の吐息にすら応じて上気してしまうのだから、兄に触れられれば鳥の羽でくすぐられるも同じである。
早く入れてほしい。でも、深くは穿たないで。
相反する欲求に引き裂かれんばかりの胎内で、我が子は己の父と母が繰り広げる狂った宴を観ているのだろうか。
月満ちれば胎児は腹から這い出て
ただ王の庶子として生まれただけのダーシアでは想像すらできない辛酸を、腹の子は舐めることになる。なのにこの世で唯一の味方である自分にさえ、粗雑に扱われる赤子が哀れでならなかった。
自分は何があっても、盾となって子に向けられる攻撃を跳ね返さなければならない。母としての本分を思い起こせば、情欲の焔は沸き起こる自責に吹き消される。情炎が消え失せた今となっては、拘束され目を塞がれている現状は恐怖でしかなかった。これから自分は――腹の子はどんなことをされるのか。
もしも兄が小卓に置いた剣を鞘から引き出し、鋭利な切先で我が子の命を刈り取らんとしたら。ダーシアは儚く散らされる蕾と一緒に死んでやることしかできない。
「あにうえ、ごめんなさい」
やっぱり、今日はもう何もしたくないです。
身勝手を悟りながらも、子のために動かした強張った舌は、腹部に奔った衝撃に凍り付いた。
「赤子というものは、これほどまでに大きくなるものなのだな」
兄が、ダーシアの腹を撫でている。宿った若芽を、彼の子を愛おしむように。
「ははうえは、もっと大きくなったそうです。私とヴィードが、一緒にはいってたから……」
「そうか」
ザーナリアンを残虐そのものの苛めでもって穢したタリーヒに激情を滾らせる気配すら微塵も見せず、兄はただ静かに無垢な生命の膨らみを慈しんでいる。しなやかな髪で鋭敏な下腹をくすぐり、巻貝の耳で稚い脈拍を拾って。
口に出すどころか想起することすらおこがましいと、脳裏に過るごとに払いのけていた願望が、ついに叶った。濃い睫毛で飾られた目蓋から滲み出る感激は薄い布を湿らせる。ついに無残に引き裂かれた一片では堪えきれなくなった雫はやや削げた頬から形良い頤にまで伝い落ちた。
「あの女は目的があって父上に取り入り、己の意志の下にお前たちを孕んだのだから、耐えられたのだろう。だが、」
あやすように丸みを摩っていた指先が、零れ落ちた感動の一滴を掬い、拭う。六年前の自分たちを思い起こさせる動作の優しさは涙を止まらせるどころか、懐旧をも誘って激流に等しいものにまでした。
「お前の腹の中の子は、お前が望んで孕んだのではなかろう。お前は兄である私に犯され妊娠した。違うか?」
兄が囁いたのは、半分のみの事実であった。
子は経血を糧とし成長する。ゆえに身籠ると月の障りが止まってしまう。産婆がダーシアに教えた知識は、裏を返せば、股から血が流れなくなった月に、ダーシアの長年の夢が叶えられたのだと示唆していた。
心身を蝕む不調に煩わされなくなってはや五か月が経ち、季節は夏から秋に移り変わってしまっている。現在は大輪をほころばせているのだろう紅薔薇が、瑞々しい若芽を光に透かしていた刻といえば、ダーシアは常に己の罪業の深さに嘆き悲嘆に暮れていた。誰よりも愛おしい青年から与えられる罰に悶絶し、ひたすらに彼を恐れていた。
もしかしたら腹の子は、あの夜に蒔かれた胤から芽吹いた果実なのかもしれない。初めて兄と繋がった晩に味わわされた痛みは、未だに脳裏の片隅に宿っている。だが、それがどうしたと言うのだろう。
どんな出生であれ我が子は我が子であり、どんなに変貌してしまったとしても兄は兄だ。ダーシアは彼らが彼らである限り、永遠に愛し続ける。豊満な胸を締め付ける感情は理由など要していないが、あえて挙げるのならば……。
「それは……」
この子が兄上の子供だからこそ、こんなにも愛おしい。
こみ上げる嗚咽は告白を遮ってしまう。待てども返事が紡がれぬことに苛立ったのか、兄はひたと口を噤んでしまった。しゅるり、と蛇が葉陰でのたうつにも似た音が轟けば、閉ざされていたはずの視界に燈火の明るみが射し込む。潤んだ黒曜石に映ったのは、身支度を完璧に整えた美貌の王であり、どこか淫蕩に衣服を肌蹴させた己の異母兄ではなかった。
「あにうえ、」
待って。行かないで。もう少しだけでいいから、一緒にいて。
届かなかった希求は虚しく夜気を揺るがし、悲痛な啜り泣きを轟かせるばかり。月と太陽が天空の支配者の座を二度入れ替えた後、ダーシアを組み伏せたのは苛烈にして冷酷な麗しき支配者であり、まだ生まれ出でぬ子を想う父では断じてなくて。
母体が失意と悦楽と悔恨に溺れ、禁忌の海に呑まれていても、子は育つ。憂愁に沈む日々の最中、時折母を励ますかのように胎内を蹴る赤子は、暗闇を照らす唯一の光となりつつあった。
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