第二章 (4) あいつの、ちょっと人に言えないトコ

 そこまで聞いた帯刀はじっと押し黙り、何かを思案するような面持ちで三善の書いたメモ書きに目を落とす。ややあって、彼は三善に対しぽつりと呟いた。


「もしその仮説が正しいとなると、ブラザー・ケファは嘘をついているということになるな」


 三善は肯定も否定もしなかった。ただうつむいたまま唇を噛み、これ以上なにも言わぬよう必死に堪えているようにも見えた。


「もしも彼が『喪神術』により疑似的に『喪失者』になっていたのだとしたら、俺たちと同じように『時間遡行』の影響範囲から外れている可能性が高い。だが、今までの試行結果からその素振りは見受けられただろうか」


 三善は首を横に振る。

 今回に限ってはケファに会う前に帯刀と外に出てしまったので未確認だが、少なくともここに至るまでの試行ではそんな風には見えなかった。

 本人には大変失礼な話だと思うが、彼はあまり嘘をつくのが得意でない。というより、三善自身がケファの感情の機微を非常に精度よく捉えているだけだろうが。


「……でも、ケファがなにか隠しているのは分かる。おれが閉架一三階に降りる前、ケファとふたりでそういう話をしたから。この時点で、ケファはどこまで分かっていたんだろう」

「そういう話?」

「あ、ええと」


 三善はかつての『一〇〇九三回目』にて、ケファと自身の延命方法について議論したことを帯刀に伝えた。

 確かケファはあのとき、こんな内容のことを言っていたはずだ。


 三善が『白髪の聖女』のことを気にしはじめるよりずっと前から、ケファは密かに調査を進めていたこと。いずれ三善も同じ答えにたどり着くだろうと踏んでいたら、ホセに対し強行突破を仕掛けたので慌てて牽制したこと。


 ――まさかあんなことをするとは思ってなかった。それ以上に、ホセがあんな手に引っかかる間抜けだということにも心底驚いた。


 ケファは淡々とそんなことを言っていたが、三善は心のどこかで違和感を覚えていた。まだ、ケファは何かを隠しているような気がしてならない。しかし、いくら誘導してもケファはその違和感の正体を三善に伝えようとはしなかった。


「いくら誘導しても口を割らないものだから、なんだろうとは思ったけど……」

「……うん、分かった。みよちゃん、今から確かめに行こう」


 帯刀があまりにさっぱりした口調で言うものだから、三善は一瞬さらりと聞き流してしまった。聞き流して、何か変なことを言われた気がして、


「えっ?」


 三善は思わず目が点になった。そうしている間にも、帯刀は外出すべく一度脱いで畳んでおいた衣服に再び袖を通し始めている。


「気になること、全部やってみよう。俺はそう言っている」

「え、でも」


「知りたくないの?」

 シャツのボタンを留め終わり、ネクタイを結び始めた帯刀がいたずらっぽく笑った。「みよちゃんのことを何年にも渡り悩ませてきた男の、ちょっと人には言えないトコ。見たくない?」


 ぽかんとしたまま固まった三善だったが、数秒後、

「……なにそれ最高。超見たい」

 微かに目を輝かせた。

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