間章 本質的な失敗
話によると、ケファの遺体は資料室から見つかったらしい。
何か鋭利なもので一発心臓を突かれていたとのことだが、その凶器は今のところ見つかっていない。それと同時にとある書類が行方不明になっているらしいが、それが何なのか、ジョンの口からは聞き出せなかった。
状況からして、なにか調べ物をしていたところを襲われたように思える。しかし、あの資料室のセキュリティがそこまで甘いとは思えない。まして、ケファはあの資料室の常連だ。彼に対する異変を司書らが勘付かないはずがなかった。
動揺しつつも三善が資料室へ向かおうとしたところ、ジョンはただ「見ないほうがいい」とだけ言った。
しばらく自室から出ないようジョンから伝えられた三善はなんとか食い下がろうとしたが、刹那、ジョンの鷹を連想させる鋭い眼が三善を射抜く。
何度見ても、この眼差しだけは苦手だ。三善は思わずひるみ、わずかに肩を震わせた。
「この莫迦。お前に何かあったほうが迷惑だっつうの。黄色い坊ちゃんを囮にしてお前に手を出す奴がいるかもしれない。むしろ内部犯ならそっちの可能性のほうが高いって、お前、自覚あるだろうが」
「それは……、そうだけど」
「それならまだ黙っていろ」
それと、とジョンは続けた。「お前の言う『前回』では、こんなことにはならなかったんだな?」
三善はじっと口を閉ざし、小さく首を縦に動かす。それを見たジョンは「そうか」とだけ呟くと、三善の部屋を後にした。
しばらく呆然と自室の戸を見つめていた三善だったが、ややあって、握りしめていた携帯電話に目線を落とす。すでに電話は切れてしまっていた。とはいえ、帯刀のことだからこちらの異変は察してくれているだろう。そう思った三善は電話のかけ直しはせず、サイズの緩いズボンのポケットに携帯電話を突っ込んだ。
「つまり、あんな温いやり方じゃあ駄目だってことか……?」
今回やったことは、ただ飛行機の搭乗直前にケファに飛行機に乗らないよう告げただけだ。そのほかは正直忙しすぎてはなにもできていない。
頭の中が真っ白になる。なぜ、どうして――という思考が先行し、その先に考えが進まない。
やみくもに動いても失敗するだけと分かってはいた。先ほど帯刀に似たようなことを言われたばかりだからなおさらだ。
しかし、だからといって三善はこのままでいる気にもならなかったのだ。
――そもそも、なぜ己はこの時間、この場所に戻って来たのか。少なくとも『ケファ・ストルメントが存在しない世界』になど価値はないと、そう思ったからではないのか。
フラッシュバックする『
そこまで考えて、三善はすぐに結論を出した。
「こんな世界、捨ててやる」
***
それが地獄の始まりだった。
***
そもそも『時間遡行』というものを、どこか軽く考えていたのかもしれない。
三善は思う。
『
何度やり直しても、ケファ・ストルメントは死んでいく。あれほどひどい結果だと思っていた『一〇〇九三回目』が、まさか一番ましだとは誰も思わなかったろう。
あるときは、『一〇〇九四回目』にて帯刀が電話越しに言っていた『飛行機に搭乗キャンセルした二人目の聖職者』を追うため、三善はフライト二日前に飛んだ。該当の人物は、予想通りジェームズの息のかかった異端審問官であった。
三善は密かに彼の動向を探っていたのだが、検邪聖省のほうが一枚上手だった。突如三善の行動を不審に思った別の異端審問官が現れ、あっという間に三善は拘束されてしまった。言葉に言い表せないほどひどい尋問の後、三善は抵抗空しく異端審問にかけられそうになった――が、そこに現れたケファが身代わりになり、自分の目の前で首が飛ばされた。
またあるときは、「『飛行機に乗せない』ことを選択すると必ず惨たらしい結果になる」という試行結果から、三善は「いっそのことケファと共に飛行機に乗ればいいのではないか」と考えた。
そんな訳で搭乗予定の飛行機に無理やり紛れ込んだ三善だったが、予定通り飛行機は墜落した。冬の海の冷たさに意識が白濁するも――、結論から言うと三善はトマス扮するヨハン・シャルベルに助けられた。しかし、傍にケファはいない。慌てた三善がケファについて問うと、トマスは首を横に振りながら言った。
「さすがの俺も、同じタイミングならひとりしか助けられないよ。坊ちゃん」
なるほど、言われてみればその通りかもしれない。
それではケファを一人にすれば『一〇〇九三回目』と同じ状況になるのではないか。そう思った三善は、思い切って『一〇〇九三回目』と同じことをしてみた。しかし、全く同じ行動をとったはずなのに、ケファは海の水底に沈み帰らぬ人となった。生還したトマスには、ただ「すまない」とだけ言われたことを覚えている。
ならば、強硬手段をとるしかなかろう。
そう思った三善は、フライト当日、飛行場に向かおうと車を走らせたホセを脅迫した。
ケファごと誘拐してしまえばいい。随分とひどい話だと思ったが、他に案も浮かばないし、もうこうするしかなかった。
そうだ、大聖教と関わるからいけないのだ。組織の存在しないどこか遠くの土地で暮らすのも悪くないだろう。こうして始まった逃避行だったが、カーブの多い山道で彼らを乗せた車は大きくスリップし、崖から車ごと転落した。
さすがにこのときは、自分以外の誰ひとり助からなかった。
極めつけはこれだ。
彼のことを監視すべく、苦し紛れの駄々をこねケファと同衾することを許された三善である。ここまで来ると自分でも自棄になっている自覚はあった。
さすがに片時も離れなければ誰も手を出せまい。そう思ったのだが、翌朝ケファが心不全で亡くなったのを目の当たりにしたとき、
「……、なんでだよ」
蝋人形のように白く冷たくなった彼の頰を撫ぜ、三善は恨み言にも似た言葉を吐き出した。
***
何度も何度も、どうあがいても、ケファ・ストルメントは死んでいく。
死に方は様々で統一感などない。人智を超えた何かに操られているかのように、彼は三善の目の前で心臓を止めてしまうのだ。
なにがいけない。
なぜ、どうして、世界は彼のことを殺そうとするのだ。なぜ彼のことを見捨てようとするのか。
分からない。なにも、分からない。
それでも三善は諦めきれず、もう一度時を戻した。
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