第一章 (5) 作戦会議

 いい加減面倒、というくだりはさておき、それなりの説明をせねば話は進まない。という訳で、ホセやケファにしたような話をざっくりとジョンへ聞かせた。


 肝心のジョンはというと、三善の夢物語に近い話をどう受け取ったのだろう。妙に険しい面持ちで聞き入ったかと思えば、突然眉間に指を当てなにかを考え始めた。


「――ブラザー?」


 三善の問いに、ジョンは微かに唸り声を上げる。


「なんでもない。少し頭が痛いと思っただけだ」

 それにしても、とジョンは三善、それからケファに目を向けた。「猊下の話を鵜呑みにするとはまた、ドクターも珍しい行動を取るものですね。あなたはもっとロジカルに事を進めるものだと思っていました」

「残念ながら、私はそれがと知っていたもので」


 ケファが真顔のまま返したものだから尚性質が悪い。

 そんな大人たちのやりとりをしばらく観察していた三善は、無意識のうちに指に嵌めたインタリオ・リングに触れていた。ずっと皮膚に触れていたせいか、体温で十分に温んでいる。金属らしい独特の感触確かめ、それからゆっくりと息をついた。


「それにしても、やりたいこととやるべきことが多すぎる。なんとなくの期日は頭に入っているけれど、ちょっと手が回らない気がしてきた……」


 まして、今回の三善は十六歳時点で教皇位にいる。前回の司教見習いとは業務量が格段に増えているし、自由も効かない。いくらジョンが近くにいるとはいえ、ジェームズ側に悟られぬよう動くのははっきり言って無理だ。そして一番厄介なのが、――自分でそうさせておいてなんだが――ケファが生き残ってしまったこと。前回の飛行機事故は確実にジェームズの手引きがあってのことで、今回も放っておけばそうなるはずだったろう。だが、それが三善の一言で捻じ曲げられてしまった。これを、ジェームズ側がどう考えるだろうか。


 ふむ、と三善は唸りつつ、思わずこんな言葉が口を突いて出た。


「こんなときにイヴがいたらなぁ。なんとかしてこちらに連れて来たかったのに」


 ぴたりと、ジョンの動きが止まった。それに気が付いた三善は「ん」と顔を上げ、微かに首を傾げて見せる。


「どうしました」

「その、イヴというのは『A-P』コモン・タイプのことか」

「ええ。前回量子の海に放り込んで、それきり。もう会えないかも」

「量子の海?」


 そうです、と三善は頷いた。


「あちらの世界では、イヴ――『A-P』コモン・タイプの意識は全部膨大な量のデータに置き換えられています。どうしても遠隔利用したくて、『終末の日』が起こる前に本来の素体から量子コンピュータへ意識を転送させていたのです。まあ、『終末の日』が起こったときにサーバが潰れてしまったので元データも壊れたと思うんですけど。確認する術なくこちらにやってきてしまったので真相は不明です」


 それを聞いたジョンが、突然口を閉ざした。怪訝に思った三善が再度声をかけようとしたそのとき、


「――、ドクター。今の話、どう思う」


 ジョンがケファに対しそのように尋ねた。


「どう、とは」

「道具が揃えばあちらの世界から『A-P』コモン・タイプを呼び寄せられる可能性がある。俺はそう思う」


 ジョンがなにかとんでもないことを言い始めた。三善は思わずその会話に割って入ろうとしたが、


「……、私の専門範囲で言うと、が回答となりますが、一研究者としてなら、あり得ない話ではないと思います。量子の世界に通常の物理学は使えないから」


 とケファが真面目に回答するものだから、三善は思わず口を閉ざしてしまった。


「ま、だからといってなんでもアリかと問われればそうではないでしょう。悪いなチビわんこ、今のは聞かなかったことにしてくれ。我ながら雑な考えだった」

「……、いや」


 三善の顔色が明確に変わったのはその時だった。じっと口を閉ざし、何かをしきりに考えている。数分間彼はじっくりと考えた後、三善はのろのろと口を開く。


「呼べる可能性はある」


 三善は机の引き出しからメモ帳と鉛筆を取り出し、何か数式のようなものを並べ始めた。その横にコードをいくつか並べ、それらを上から下まで眺める。


「どういうことだ?」


 ジョンの問いに、三善は答えた。


「『終末の日』が起こる前に彼女を量子の海に逃がしたと言ったでしょう。逃がす前に、俺は彼女のデータにひとつ更新パッチを適用したことを思い出しました」


 かつての三善が念のためにと仕込みを入れたことだ。過去の――否、現時点から言うとの三善は当時そのことをきちんと念頭に置いていたのである。


「『彼女を遠くから呼び寄せるための暗号』。もしもそれが使えるなら、どこからか彼女がこちらの所在を掴んでくれるかもしれない。ただ……」


 それにはひとつ問題があった。彼女の元データについてだ。彼女はもともと『姫良真夜』から生まれたものである。前回の状況から今回はあらゆる点が変化しており、それがどこまで適用されているのか分からない。彼女を未来から呼び寄せたとして、ここに規模の大きなタイム・パラドックスが発生してしまう。


 そんなことをしてしまってもよいのだろうか。否、すでに自分自身がそういう類の存在だということを念頭に置いたとしても、基本的に前後関係が矛盾したことをするのは危険だとも思う。


 ただ、の続きをなかなか言葉にせず口を閉ざした三善に、ふと思い立ったようにケファが言った。


「ブラザー。やはりここはブラザー・ユキの元を訪れるのがよろしいかと」


 む、とジョンが短く唸り声を上げる。


「同感です、ドクター。しかし、直近一週間は公務が立て込んでいるので、その後からお忍びという形にするしかありませんね。それか、無理やり公の用事を作るか」


 むしろ一週間で予定が空くのなら話が早い。三善は大きく頷いた。

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