第三章 (8) 『十二使徒』任命

「さて、肝心の『十二使徒』任命といきますか」


 その一言に、ぴりっとその場の空気が張り詰める。それだけ、この儀式は重要なものなのである。本来的には大聖堂でやるものなのだろうが、そこまで余裕がないのも事実。任命後は、なるべく早く定位置についてもらいたかった。そしてなにより、自分が倒れていたせいで儀式の準備がまったく終わらなかった。そのあたりは紛れもなく自分のせいなのだが、いまさら後悔しても遅い。


「『聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。これより汚れた霊に対する権能を、神と子と聖霊の御名において承継する。これはが洗礼者・神の僕の僕、シリキウスとの永遠の契約である』」


 その祝詞を唱えた刹那、彼から発せられる強烈とも言える聖気が部屋中に立ち込めた。ある程度この猛烈な濃度に耐えられる人物を集めたつもりだが、それでも新たに召集した土岐野やカナは気分が悪そうに口を手で押さえている。


 三善はそっと歩き、まず、ホセの両肩にその手を置いた。


「『汝にはゼベダイの子ヤコブを』」


 それに返答すべく、ホセは静かに三善の前へ膝をつく。


「――Ave Maria,gratia plena,Dominus tecum.」


 三善の釈義が展開する。白い閃光は小さな楔を模した形へと変わり、それが左胸を突いた。微かに伴う痛みに、ホセは一瞬顔をしかめた。


 続いて、ジョンの前に立つ。彼は毅然とした様子で、三善をじっと見下ろしている。


「『汝にはヤコブの兄弟・ヨハネを』」

「Ave Maria,gratia plena,Dominus tecum.」


 微笑みを湛えた彼の両手からは、普段使う杖とは異なる容貌の代物が現れた。竜の巻き付いた杯だ。さすがのジョンも、このアトリビュートが現れるとは思っておらず、瞠目したままその杯に見入ってしまった。


 そして、楔を打ち込む。三善は微かに額に汗を浮かべながら、淡々と作業をこなしてゆく。一瞬彼が纏う聖気が揺らいだ。


「大丈夫か?」


 ジョンが尋ねるも、三善は頷いたままそれをやめようとしない。


 次はアンデレだ。彼の前に立つと、いつも通りの飄々とした仕草で三善に対し手を広げて見せた。


「『汝にはアンデレを』」

「了解。Ave Maria,gratia plena,Dominus tecum.」


 そして彼の手の中に現れたのは、X字型の十字架だ。予想通り、とでも言いたげにアンデレはそっと微笑む。


「悪わんこ。痛くしてもいいよ」


 だからここで無駄な体力を使うな、と彼ははっきりとした口調で言い放つ。さすがの三善もこれには困惑した表情を浮かべたが、そう言うのなら、と覚悟を決めたらしい。


 もうひとつ放つ、楔。アンデレは一瞬息が詰まったような不穏な息を洩らしたが、すぐにいつもどおりの表情へと戻る。心配ないとでも言いたかったのだろうか。


 儀式は着々と進んでゆく。


「『汝には、トマスを』」


 そうしてやってきたヨハンの眼前。それでいいのか、という無言の問いかけに、三善は小さく頷いた。そして、何かを暗示するかのように己とヨハンとの胸を叩く。


「OK. Ave Maria,gratia plena,Dominus tecum.」


 そうして彼の手に現れた腰帯。今までのものとは大分異なるものが現れてしまったことに、やはり彼も戸惑いを隠せないようだ。今までのような武器らしいものではなくなってしまったのだから、当然と言ったらそれまでなのだが。


「『汝にはアルファイの子ヤコブを』」


 カナに対し宣言すると、彼は一つ三善に尋ねた。


「あの人選は、そういうことだな?」


 三善は答えなかった。その赤い目線は、「解釈はお好きなように」とでも言っているかのようである。カナもそれに気付かない訳ではなく、


「そう解釈させてもらう」

 とだけ言い放った。


 彼のアトリビュートは――これも想定外だったが――まさかの司教服だった。ただ、エクレシア指定のものと比べると随分地味というか、一体これはどうすればいいのかとでも言いたげにしているカナの様子はなかなかに面白かった。


 そして楔を打ち込んだ。この時にはすでに三善は疲弊し切っており、完全にふらついていた。なんとか気合いで立っているけれど、それも時間の問題ではなかろうか。


 そして、最後だ。


「センセ……」


 不安そうに立ち尽くす橘の前に、三善はようやく立つことが出来た。


「『汝には、イスカリオテのユダを』」


 そうして、彼の両肩に手を置いた。橘はしばらく口を閉ざしたままなにかを思案している風だったが、そっと囁かれた三善の、

「返事」

 という一言に、慌てて橘は口を動かした。


「アヴェ、マ……ま?」


 一同に、露骨に溜息をつかれた。こいつ本当に大丈夫か? とでも言わんばかりの眼差しである。一応想定内だった三善は、「復唱」と前置きした上で、耳元にそっと日本語訳を教えてやる。それなら理解できる。答えた橘の頭を、三善は「よし」と言わんばかりに撫でてやった。


「『全能の神たる父と子と聖霊の祝福が諸君らに下らんことを、そして常に留まらんことを』」


 締めの一文として、三善がそう言い放った。刹那、ぐらりと三善の身体が傾く。


「おっと」


 それを一番近くにいたジョンが支えてやると、肩で息をしながら三善は顔をあげた。


「それから、汝らに『守護聖女』の資格を承継する。シスター・アメ、汝に聖アガタを。シスター・リーナ、汝に聖ウルスラを」


 そっと手を伸ばすと、二本の釈義の楔が一斉に放たれた。左胸に打ちこまれたそれは、やはり三善の余裕がなかったせいで苦痛を伴うものだった。


「……っ、ごめん、余裕なかった……」


 三善が喘鳴混じりに言い、額から零れ落ちた汗を袖口で拭う。


 ――この『楔』の苦しみが、我々エクレシアが抱えてきただ。


「あとは、皆さんにお任せします。各自、持ち場へ移動してください」


 三善がそう言い切ると、右の親指を立てた状態で彼らに見せつけてやる。


「健闘を祈ります」

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