第三章 (7) 作戦

***


 ようやく会議室に向かうと、約束していた時間から三十分ほど遅れていた。一同が何とも言えない表情を浮かべながら三善へと目を向け、それぞれが長く息をついている。


「ごめん、遅くなった」


 謝罪をいれると、なぜ遅れたかを皆ある程度理解しているようで、さほど怒られなかった。とはいえ、遅れたことには違いない。申し訳なさそうなポーズくらいはしておくべきだ。小さく肩を竦めると、三善は気を取り直し改めて顔を上げた。


「準備は整いました。これから『十二使徒』の正式任命に至る訳だけれど――ブラザー・ジョン。例の市街地の件はどうなりました?」


 その問いに、ジョンは首を縦に動かす。


「ばっちり」

「ありがとうございます。さすがです」

 それでは、と三善は事前に用意していた地図を広げて見せた。「先に『十二使徒』『守護聖女』に任命する人物と、その担当場所についてお知らせしておきます。楔を打ち込む時点であなたたちの居場所は逐一分かりますので、そのあたりだけ気をつけてくださいね」


 まず、と三善は赤のマジックで箱館支部に丸印をつける。


「箱館支部に残る者として、ブラザー・カナ、ブラザー・タチバナ」


「異議あり」

 すかさずブラザー・カナが手を挙げた。「ブラザー・タチバナは、まだプロフェットの認可を受けたばかりで研修も受けていないとか。そんな人物を敢えて『十二使徒』に任命する理由は?」


「マティアに該当するプロフェットの募集をかけたところ、みんな文句だけ言うくせに行動を起こしてくれなかったからです」


 その返答に、カナは露骨に顔をしかめた。しかし、それは事実だと彼も知っているので、なにも言うことができない。悔しそうに唇を噛みしめている。


「……というのは冗談」

 三善は言う。「今回の件を対応するにあたり、私はほぼ動けなくなります。だから彼を確実に護衛できる人材が必要だったのです。ブラザー・カナのもとなら確実でしょう。それとも、あのヴァチカン衛兵が子供一人を守れないとでも?」

「そんなはずあるか!」

「じゃあ黙って従ってください」


 その返答を待っていた、と言わんばかりに、三善がニヤリと嗤った。

 その表情に、カナはさらに機嫌を損ねてしまったらしい。頬がぴくぴくと引きつっている。仕事に関して私情を一切挟まないと言われるあの衛兵が、これほどまでに感情をむき出しにしてくるとは思わなかった。

 結果的に、カナは三善の手の内で踊らされていただけなのだった。


「ブラザー・カナ。私はあなたを『そういう意味』で信頼しています。ええと、あとは釈義を総合的に見て、均等にならした結果ですね。まぁ、さっきのも三割くらいは本気ですが」


 その一言に、今度は橘が手を挙げた。


「センセ。でも、俺……」

「タチバナの役割は『戦うこと』ではないので、君はそのままでいてください」


 では次、と強制的に三善は話を打ち切った。

 さすがに乱暴に話をぶった切ったので、事情が見えない一同は露骨に不満そうな表情を浮かべる。ただひとり、カナを除いては。


 彼だけは、なぜか三善が橘に向けて言った一言を耳にしたとたん、はっと目を見開いていた。そして三善と橘とを見比べ、納得したように小さく頷いている。口元に小さく笑みを浮かべるほどだ。


 ――聡い奴は好きだ。


 もちろんそれに気が付いている三善は、カナをちらりと一瞥したのち、ほっと息をついた。


「続いて、箱館山エリア。ブラザー・ヨハン。ブラザー・アンデレ」

「異議あり」

 すかさずヨハンが声をあげた。「今の私はそれを受け入れられるほどの能力は――」

「あなたもそのままでいい」

 三善がぴしゃりとヨハンの声を遮った。「私はそれを求めてなどいない。アンディは?」

「心底どうでもいい」


 言葉を失うヨハンを三善は無視し、「次」と声を上げる。


「東山エリア。シスター・リーナ。シスター・アメ」

 三善はちらりと土岐野へ目を向ける。「……、リーナの釈義は『色』がないと発動できない。雪山ではどうしても不利になるので、サポートしてくれますか」


 そう言うと、土岐野は胸を張り一言、強い語調で答えた。


「任せて!」


 三善は胸を撫でおろしながら、次のエリアに印をつける。


「次、城岱高原エリア。マリア。……ああ、それと、ホセ」


 わざとカウントしませんでしたね、とホセに毒づかれたので、三善はしれっとした表情でそれを無視した。


「あんたはそもそも“喪失者ルーウィン”だろ。今回は仕方なく再任命という形にするが、落ち着いたら別のプロフェットに継承させるから覚悟しておけ」


 ぽつりと呟き、異議を唱える者がいないかを確認する。このチームも比較的楽に話がまとまりそうだ。


「では最後、横津岳エリア。ブラザー・ジョン」

 三善は彼へ目を向けると、小声で囁いた。「あなたはひとりで足りるでしょう。……足りますよね?」

「まあ、間違いなく足りるだろうな」

 ジョンはいつもの飄々とした調子で答え、ひとつだけ頷いて見せた。「任せろ、シリキウス猊下」


 彼が滅多に呼ばないその名を耳にすると、ふっと三善は笑い、地図を畳んだ。

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