第一章 (6) 不審に思うこと
そういえば、とケファは思う。
このA-Pプロジェクトの発足時期についてである。ケファがプロジェクトの存在を知った時から数えて、およそ四年。ホセが言うには、自身の釈義喪失がプロジェクトのきっかけであるように聞こえるので、どんなに長くても五年未満の歳月で彼女を造り出したらしい。
となると、妙な話なのだ。どうにもマリアの外見は真横でパフェに夢中の姫良三善に酷似している。三善がプロフェットになったのは今から二年前で、それより前は本部の地下に幽閉されていたはずだ。その頃に三善の存在を知っていた人物は片手で数えられるほど。あのホセですら知らなかったはずである。
「あれ、ケファ。ポーション入れちゃったんですか? あなたブラック派でしょうに」
「――あ」
突然ホセに声をかけられ、ケファはようやく我に返った。慌てて机上のカップをのぞき込むと、ポーションが足されたことによりマイルドな色合いになったコーヒーがたっぷりと注がれている。
「無意識ですか。もしかして嫉妬しているのですか? 私とマリアが仲良しだから。うふふ」
「いっぺん穴にでも入ったらどうだ。上から土でもかけてやる」
「生き埋めは困りますね。ほら、コーヒー交換しましょう」
「ん」
カップをソーサごと交換しつつ、ケファはさりげなく聞いてみた。ホセは何かと察しがいいので、できるだけ悟られぬようになるべく遠まわしに。しかしながら、不自然ではないくらいの聞き方を考えると結構難しいものだ。
「なぁ、この子ってどのあたりから製作され始めたんだ? 短期間でこれくらいのクオリティだなんて、エクレシア科学研とはいえ結構異例のことなんじゃないか」
「そうですね。詳しくは知らないのですが、どうやら構想自体はかなり前からあったようです。本格的にコンセプトが確定したのが五年くらい前ですね。プロジェクト発足時には既にある程度の資料は揃っていました」
「ふぅん」
「どうしてそんなことを聞くんです?」
不思議そうにホセが尋ねるので、ケファは無言で首を横に振る。誤魔化しがてらようやくコーヒーに手をつけようとして――、かたん、とカップが揺れたのを目にした。
「んっ?」
それは三善がスプーンを手にパフェの山脈を開拓しようとしたのとほぼ同時のことでもあった。
突如激しい地響きに襲われ、テーブルが上下に揺れ動いた。窓ガラスが派手に割れ、机上のカップもグラスも全て派手な音を立てて床に転がった。ミシミシと嫌な音が店内に響き渡る。
ケファは三善を、ホセはマリアの頭を咄嗟に覆いかぶさるようにしてかばうと、瞳だけを動かし状況を確認する。
「地震、でしょうか」
「いや。――なんだ、この粉みたいなものは」
視界の少し先に、粉のようなものがちらついていた。三善が微かにパフェに対する未練を口にしているようだが、今は無視しておくことにする。目を凝らし、じっと外を見つめる。
巨大な蛾が飛んでいた。
茶色の羽根は羽ばたくたびに突風を引き起こし、あらゆるものを吹き飛ばしてゆく。この地響きの正体は、飛ばされたものが地面に墜落した時の衝撃だとようやく気が付いた。蛾が羽ばたくたびに相当量の鱗粉を撒き散らし、街に降り注いでゆく。そして驚くべきことに、鱗粉に触れたもの、例えば車、街灯、さらには植木までもが蒼いプラズマを放ちながら瞬時に石化していくではないか。
彼らには、この反応に覚えがあった。
「“
ケファが左耳のイヤー・カフを取ると、素早く立ち上がった。続いて起き上がる三善の左手拘束具を外してやり、彼の手のひらを確認する。どうやら怪我はしていないらしい。結構派手にガラス片が飛び散ったので、怪我をしていないか心配だったのである。
そんな心配をよそに、三善の紅い瞳はすでに外の“大罪”に向けられていた。その目を見て、ケファはああ、と思う。
彼の炎のように揺れ動く瞳は、いつ見ても不思議だ。特に今のような状況下における彼は、他のことが何も耳に入らないくらいに集中している。こんな時の彼の目は、いつでも激しいきらめきを纏っていた。それがとてもまぶしく、美しい。
「ケファ。行こう!」
「ああ」
その声と同時に、割れた窓から二人は飛び出した。三善は左手で拾い上げたガラス片を拾い上げ、ケファはその舌に噛み切った己の指を押し当てる。
そして、彼らの信じる神へ祝詞を捧げた。
「『
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