第一章 (4) フランス産美青年の武器
現場は後々やってきたプロフェット部門の聖職者に任せて、二人は急いで目的地である聖フランチェスコ学院へ向かった。車は、駆けつけてきたプロフェットが乗ってきたものを拝借して。予め読んでいた資料も、私物も、先程の一件で何もかも消炭になってしまったので、詳細は結局分からずじまいだった。
ようやく学院に到着し、正門に待ちかまえていた警備員の元で所定の手続きを済ませる。しかし、二人は何故かしばらくそのまま待機するように言われてしまった。それもそのはず、せっかくこの日のために聖職衣を新調してきたというのに、先程の戦闘で全てが台無しになってしまったのである。多少の汚れなら目をつぶることもできるが、聖職衣の白い部分は血漿にまみれ、長い裾はびりびりに破れている――しかも微妙に焦げている――。唯一位階を示す肩帯は行方不明。おまけに全身傷だらけでやってきた聖職者なんて、
「確かに信用できないか」
ケファは警備員室でぼやいていた。自分がもしも警備員なら、絶対に校内へは入れさせない。
三善は彼の隣でパイプ椅子に座らされ、女性警備員から怪我の手当てを受けていた。こういうとき、彼の外見の可愛らしさは武器になる。
「それにしても、あらかじめ話が通っていると思ったのですが」
ケファが切り出すと、別の男性警備員が肩を竦めながら言った。
「申し訳ございません。最近、校内で妙な事故ばかり起こるものですから……。外部からの侵入者か、内部の犯行か分からない以上、できるだけ閉鎖しておくようにと言われておりまして。昨日もまた、あんなことがあったんじゃあ」
ぽつりと彼が口走ったのを、女性警備員が叱咤した。余計なことを言うんじゃない、と至極まっとうなことを言っている。
しかし、それを聞き逃す訳にはいかなかった。何せ、彼ら二人の神父はそれを調査するためにやってきたのだから。ケファはすぐに穏やかな表情を見せ、
「あんなこと、とは? もしよろしければ、お聞かせ頂けませんか。あなた方の不安を、ほんの少しでもいいから取り除いて差し上げたいのです」
余談だが、ケファ・ストルメントは、非常に外面のいい神父であることで有名である。主にエクレシア内部で。これは彼なりの処世術であり、むしろよくここまで完璧に猫を被ることができるなぁ、と感心してしまうほどだ。
三善はそれを知っているので、敢えて何も言わず、優しい神父オーラを五割増し程度に放出しているケファを見つめた。……まさかこの人たちは騙されないだろう、一応警備の人なんだから。
しかし、それに騙されたのがまさかの女性警備員であった。元々は端正な顔立ちをしているフランス産美青年の、ある意味で武器でもある。これも三善は慣れっこなので、小さくため息をついて黙りこくるしかなかった。
「い、いえ……今朝の新聞は御覧になりました?」
日が昇るよりも早く本部を発った二人は、そんなものを見ている暇はなかった。あいにくですが、とケファが首を横に振る。
「実は昨夜、高等部の納屋が火事で全焼してしまいまして」
「火事?」
「ええ。幸い怪我人は出なかったのですが……」
なるほど、とケファは頷いた。件の発火事件のことだろう。これだけ連続して起こるなら、警備が強化されるのも納得できる。もしも外部犯の仕業ならば、彼らの職務怠慢ということにもなりかねない。だから、警備員は来訪者に対してやや神経質になっているのだ。
「それはさぞ辛い思いをされたことでしょう。
そして無理やり押し切る形で、ケファは警備員室で祈りの句を述べ始めることとなった。初めは日本語で形式的なものを述べていたが、途中からそれはラテン語へと変わる。三善は理解できないながらもそれをじっと聞いていたが、その中で聞き慣れた単語が耳に飛び込んでくる。
――
はっとして顔を上げると、ケファはにこりと穏やかな笑みを浮かべながら彼らに礼をしているところだった。
「ありがとうございます。きっと我が神はこの学院に祝福をもたらしてくれることでしょう」
そんな胡散臭い言葉も、今の彼にはとてもよく似合っている。完全に絆された警備員たちは、感激して何度も何度も感謝の言葉を述べていた。おいおい、そんな簡単に信じていいのか警備員……。三善はもう敢えて何も言うまい、と肩を竦めていた。
その時、警備員室の戸が開き、一人の男性が顔を覗かせた。
「大変お待たせいたしました。ケファ・ストルメント司祭に、姫良三善助祭」
初老の男性は、こちらもケファに負けず劣らず穏やかな表情で一礼してくる。ぴしりと着こなした黒のスーツは、聖職衣を連想させた。彼もまた、洗礼を受けた者であることは明白である。
「聖フランチェスコ学院へようこそ。私、本校の学長を務めております、
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