第一章 (5) 本当は行ってみたい
二人は四辻に連れられ、来賓室へと向かった。
この学院は小・中・高一貫校で、現在二人が滞在するキャンパスには中学部・高等部の二つが存在する。警備員室がある正門から五〇〇メートルほど続く、きつい上り坂を昇った先は二股に道が分かれており、右に進むと中等部・左に進むと高等部となっている。四辻ら学校の上層機関は高等部のキャンパス前にある連絡棟におり、来賓室もその三階にあるのだという。
歩きながら、三善はケファにこっそりと耳打ちした。
「ねえ、さっきの……」
ああ、とケファは小さく頷いた。先程の警備員室での祈りのことだろう。
「本当に“
気休めだろうけど、とケファは囁く。「まさか正々堂々と正面から入ってくるとは思えないけど。ないよりマシだろ」
あの胡散臭さはただものではない。こういうところまで考えてこその聖職者。三善はそれを思い知らされ、改めて「このひとはすごいなぁ」と実感したのだった。自分が頭の中を一回転させている間に、彼はおそらく三回転くらいさせているのだろう。さすが、この年齢で司祭だけある。
そう納得していると、突然四辻が振り返った。
「歩かせてしまって申し訳ない。基本的に、校舎の中は自動車走行禁止なのです」
ほら、と彼が指差した先には、確かに大きく道路標識が設置されている。例外として、例えば救急車や消防車などの緊急車両は入ることを許可しており、そのためにわざと道路を広くしているのだそうだ。
「それにしてもきれいな学校ですね。特に、あちらに見える石造りの建物なんか。歴史の重みを感じさせる、素晴らしい建物だと思います」
ケファがやや遠くに見える円形の建物を指して言うと、四辻は嬉しそうに目を細めながら、
「あれは本校自慢の礼拝堂ですよ」
「礼拝堂? ああ、なるほど……。ロマネスク建築でしょうか」
「ええ。サン・ジョヴァンニ洗礼堂をモチーフに考案されたと伝えられております」
ケファと四辻の会話にすっかり取り残された三善は、とりあえず「『ろまねすく』ってなんだろう……」と考えながら、二人のあとをついて行く。
時刻は午後四時すぎ。ちょうど授業が終わった頃らしく、校舎から続々と教科書を抱えた生徒たちが出てくる。当然の話ではあるが、どれも皆三善と同じ年頃の少年・少女だ。それを三善はじっと見つめ、小さく息を吐き出した。
「ブラザー・ミヨシ。……なんだ、学校に行きたいのか」
いつからかは知らないが、三善が気付いたときには先を歩いていたケファ・四辻両名がこちらを見つめ、不思議そうに首を傾げていた。
「ち、ちがい……ます」
途端に恥ずかしくなって、必死になって否定するも、彼の心のどこかで何か言葉にできない靄がかかるのを感じていた。
「姫良助祭は、学校には?」
四辻が尋ねたので、ケファが代弁する。
「いえ、彼は幼少から本部で生活していたもので。今年高卒認定を受験しますので、今のところは特別学校に通う必要はありません」
そうですか、と四辻がなにか言いたげに三善を見つめている。
ああ、と三善は恥ずかしさのあまり穴に入りたいと切に願っていた。いまさら言えるはずがないじゃないか! 実は学校に憧れていました、この依頼が飛び込んできたとき不謹慎にも喜んでいました……なんて。そんなことを言ってしまえば、ケファにからかわれるのは目に見えて分かっている。ならば始めから黙っているべきだ、むしろその話題に触れてくれるなと三善は強く念じる。
ところが、四辻はそんな三善に優しい声色で話しかけてきた。
「つかの間でしょうけど、姫良助祭も学校生活を楽しんでいただければ幸いです。なにも、学校は生徒だけのものじゃありませんからね。生徒と教師がいて初めて成り立つもの。共にこうありたいと願い、共に学んでいくことこそが学校の在り方だと私は考えています」
ですから、と四辻は微笑む。彼は本当に、この学校を愛しているのだ。それがかたくなな三善の心にもしっかりと伝わり、なんだか気持ちが溶けていくような、不思議な温かさを感じていた。
そしてこうも思う。
こんなに素敵な方がつくる学校なのに――なぜ、事件は起こるのだろうか、と。
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