彼氏は中二病。

花 千世子

 昇降口で見慣れた後ろ姿を見つける。

 男の子のわりに華奢な背中と長い手足。間違いない藤堂(とうどう)君だ。

 朝から会えたことに私はうれしくなって、彼を呼び止めようとしてやめる。


 ブレザーのポケットから手鏡を取り出して前髪を整えた。

 それからとびきりの笑顔とともに彼の背中に声をかける。


「藤堂君。おはよう!」


 振り返って「おはよう。橘(たちばな)さん」とこちらを見る藤堂君の顔に一瞬だけ見とれた。

 いつもなら一時間でも二時間でも見ていられるその整った顔立ちには、今日はおかしなものがある。


「どうしたの? ものもらい?」


 そう尋ねる私に、藤堂君がハッとしたような表情をして右手で眼帯を押さえた。

 なんだか一連のアクションが芝居がかっているような。まあ気のせいか。


 藤堂君は俯いて、そして少しだけ黙りこんだ。

 それから消え入りそうな声で言う。


「魔力を抑えているんだ」  

「まりょく?」


 私が首を傾げると、藤堂君は異様にキョロキョロと辺り気にしてから、「ここは人が多いな」と呟いた。

 そして私の腕をつかんだ。


 やだもー藤堂君って大胆なんだから!


 そんなことを考える前向きな私と、『藤堂君、いつもと様子が違わない?』と心配する私が葛藤する。


 三階の階段の踊り場までくると、やけに藤堂君と距離が近いことにドキドキしながら彼の言葉を待つ。

 そして、藤堂君は大真面目な顔でこう言ってのけた。


「俺、ずっと黙ってたんだけど魔法がつかえるんだ」

  


 一時限目の休み時間に机に突っ伏していた私に、誰かがチョップを入れてくる。


「なに? 楓(かえで)」


 机に突っ伏したまま、私は目の前に立っているであろう友人の楓に聞いた。


「爆発しろ」

「いきなりなによ」


 私が顔を上げると、楓はこちらをじっと見つめてにっと笑う。


「祝いの言葉。末長く爆発してくださいってことよ」

「昨日、私が藤堂君と両思いになったから祝ってくれてるんだね」


 私の言葉に楓はこくんと頷く。


 このまま『昨日、両想いになった幸せな人』を演じても良かったのだけど、友人の楓になら今朝のことを相談できるかもしれない。


 そう思って私は今朝の藤堂君の様子が変だったことを説明する。良かった彼とクラスが別で。


「それさ、中二病じゃない?」


 私の話を聞いて、楓は即答した。


「中二病って、あの中学二年生が発症するという……。でも私たちはもう高校一年生だよ?」

「絶対に中二で発症するとは限らないよ。遅れてくる子もいるらしいし。なんなら大学生のうちの兄貴だって」


 楓はそこまで言ってから細く長いため息をつく。


「でも、藤堂君がそんな子どもっぽいことするわけない」

「中二病って自覚あるの? あったら学校に眼帯してこないよ」

「それもそうだけど」

 私はそう言ったまま考えこむ。


 すると、「橘さーん」と呼ぶ声。この声は藤堂君! そう思った瞬間に反射的に声のしたほうを見る。

 藤堂君は教室の後方のドアの前に立っていた。


 まだ眼帯はしていて、首には十字架のペンダントをつけている。さっきはあんなのしてなかったのに。


「あーあ。あれは間違いなく中二病だね」


 楓がそう言って笑い出した。


   

「僕は、代々、魔法使いの家系じゃないんだ。突然変異っていうか。だから祖父母も両親も魔法はつかえないんだ」


 藤堂君はそこまで言うと少し寂しそうに笑う。

 きれいな顔立ちに見とれてしまうけれど、正直、今はそんな場合じゃない。


 私は小さくため息をついて、すっかり枯れてしまった紫陽花に視線を向ける。


 梅雨明けしたからという理由で中庭で二人でお昼ご飯。付き合って初めての二人きりでのお昼ご飯なのに……。


「つまりね、僕は異端児なんだ」


 藤堂君はそう言うと細く白い右手で顔半分を覆う。

 なんだよそのポーズ。中指にドクロの指輪してるし。


 つい昨日までこんな人じゃなかったのに。穏やかで頭が良くてやさしい。そういう人だった。


 それとも中二病なのを必死で隠してたのかな?


 でも、本人が良かれと思ってやっているのなら隠す必要ないか。


「あ、そういえば魔法陣は効果ある?」


 急に話をふられて、私はハッと我に返る。


「ああ、うん。あるんじゃないかな」


 一応、話は合わせておこう。


 私は制服のベストのポケットに手を触れた。この中に、例の魔法陣が入っている。


 一時限目の休み時間に藤堂君はわざわざ私を呼び出して、この紙切れをくれた。ラブレター?! とか思ってドキドキしながら中を見て、時が止まった。


 そこに描かれてあったのは、魔法陣だった。アニメとか漫画とかでよく見るあれだ。


 それでも藤堂君の手書きということで宝物決定だけど。


「この辺は結界が張ってあるけど、奴らはどうやって侵入してくるからわからないから気をつけないとね」


「藤堂君の魔法でばーんってやっつけちゃえばいいじゃないの?」


 半ば投げやりな気分でそう聞いてみると、藤堂君は焼きそばパンを持った右手をぷるぷると震わせ始めた。


 それを見て、うちの学校の演劇部って結構、演技うまいんだなあと思った。

 素人ってこんなもんよね。


 そんな素人・藤堂君は「俺は、ある事情で強力な魔法は使えないんだ」と重々しい口調で語り出した。


 お昼休みの時間をいっぱいにつかって語られた藤堂君の壮絶な過去とやら。

 要約すればこうだ。


『強力な魔法を使ったら自分の故郷の村が火の海になった。そのトラウマでつかえない』と。


 あーあ。こりゃあかなり重症だなあ。

 イチゴミルクを飲みながら「なんなの」と小さく呟いて空を見上げれば、ぴかりと金色の光が瞬いた。



「ありえなーい! 付き合って一日目なのに用事で先に帰っちゃうなんてー!」


 私はそう叫んでクレープにかぶりつく。


「ドラゴンでも倒しに行ったんじゃないの」

 隣に座る楓がニヤニヤしながらクレープを頬張る。


「病院って言ってた」

「へー。用事はまともなんだね」

「でも、やっぱりまともじゃない」


 私はバナナクレープをごくんと飲み込んでから、大きな大きなため息をつく。


 飲料メーカーの名前がでかでかと入った安っぽいベンチに楓と二人で座り、スーパーの駐車場の隅っ子にいる移動販売車のクレープを頬張る。


 ああ、私はこの悲しい絵面から脱却できたと思ったのになあ。

 しかも相手はあの藤堂君。

 大好きな彼と付き合えたというのに。


「杏奈(あんな)ってさ、なんで藤堂君がそんなに好きなの?」


 唐突な楓からの質問に、私は「言ってなかったっけ?」と前置きしてから続ける。


「中学二年生の時ね、私、歩道橋を上がってたら、急に真っ逆さまに落ちちゃって。それで藤堂君が助けてくれたの」


「ものすごいドジだね」


「うーん。ってゆーかその時のこと、よく覚えてないんだけど、後ろにいた藤堂君がしっかりと私を受け止めてくれたのは覚えてる」


「あの細い体で?」

「細マッチョなんだよ」


 私はそれだけ言うと、クレープを一口食べる。


 それ以来、藤堂君は私の命の恩人。

 ずっとずっと彼に片思いをして、高校まで追っかけてきたんだから。


「そして二年越しの片思いが実った途端に藤堂君が中二病を発病。おもしろいからSNSに投稿していい?」

「だーめ!」


 私は慌てて楓のスマホを取り上げた。


 すると私のスマホがポケットの中で振動する。

 スマホの画面を開くと、藤堂君からのメッセージ。ドキドキしながら内容を読む。




   病院おわったよ。今からドラゴンで魔界に帰るよ。あ、これみんなには秘密ね。




「恥ずかしくて誰にも話せないよ!」


 私は思わずスマホの画面にツッコミを入れた。

 あーあ。明日になったら中二病が治ってないかなー。


 

 次の朝、下駄箱で恐る恐る藤堂君に挨拶をしてみる。


「おはよう」

「橘さん。おはよう」


 そう言ってこちらを見て振り返ったのは、笑顔の藤堂君。


 でも、眼帯もしてるし十字架のネックレスも、ドクロの指輪も、それから胸元には龍をかたどったブローチも。


 一日で中二病が治るはずないか。

 そう考えてため息をつき、私は藤堂君を見上げた。


 歩道橋から落下したあの日、記憶は曖昧だけど、藤堂君が私を助けてくれたことは覚えてる。

 私はあの日から、藤堂君をずっと目で追ってるんだよ。


 だから私は彼のことなら何でも知ってるって思ってた。

 でも、眼帯を筆頭に中二病アイテムをたっぷりつけた藤堂君を見て思う。


 なにも知らなかったんだ。


 私がそんなことを考えていると、藤堂君はポツリと呟くように言った。


「もうすぐ俺は、あいつらと戦わなきゃいけない」

「そっか」


 私はなんとなく話を合わせて、それから小さくため息をつく。


「なんとしてもドラゴンを乗りこなさないと。これはそのためのブローチなんだ」


 藤堂君はそう言って胸のブローチを指さす。


 なんだか精密につくられた銀製のブローチは、安価なものではない気がした。


 私が胸元を見つめていることに気づいた藤堂君は、思い出したかのようにポケットからスマホを取り出す。

 そして、おもむろに操作を始めて顔をゆがめる。


「くそっ! あの村も魔王軍に焼かれたか」


 魔法とかドラゴンのいる世界の情報がスマホで得られるっておかしくない?

 そう言いたい気持ちを抑えて、私は廊下をすたすたと歩き出す。


 藤堂君、私と付き合ってからおかしくなったよね。

 もしかして実は遠まわしにフラれてる?

 そんなことを考えて、一気に落ち込んだ。


 すると、肩をとんとん叩かれる。

 振り返ると、藤堂君が申し訳なさそうな顔で立っていた。


「ごめん。暗い話ばっかりで」

「ううん。大丈夫」


 私がそう答えると、藤堂君はとびきりの笑顔でこう言う。


「今日は、一緒に帰ろうか」


 その瞬間、私は何もかもどうでも良くなった。

 中二病がなんだ! 告白をOKされたら勝ちなんだよ!

 私は藤堂君の彼女なんだ!



 こんなに放課後が待ち遠しいのは初めてだった。


 時間を早送りする能力が欲しい!

 向こう一年分のお小遣いをつぎ込んで買えるなら即買いしてる。


 そんなバカなことを考えていたら、待望の放課後になった。


 光の速さで帰り支度をして、楓に「リア充爆発しろ」と言われながら教室を出たところで誰かにぶつかる。


「ごめんなさい」


 そう言って相手を見ると、藤堂君がにっこりと微笑む。


「迎えにきたよ」

 迎えにきたよ。迎えにきたよ。迎えにきたよ。脳内でリフレインする。


「天国でも地獄でもお供します!」


 私はそう言って拳をぐっと握った。

 藤堂君がぷっと吹き出したので、なんだか余計に幸せな気持ちが強くなった。



 どちらから言い出したわけでもなく、私と藤堂君は公園に寄り道をする。

 花と池がメインの緑の多い公園は、遊具がないせいか人がほとんどいない。


 ベンチに腰掛けると、藤堂君が何かを差し出してくる。

 イチゴミルクだった。  


「さっき橘さんを迎えに行く直前に買ったんだ。だからぬるくなってるかも」


 そう言って「ごめんね」と申し訳なさそうな顔をする藤堂君を見ていたら、胸がしめつけられるような感覚がした。


 ぬるくなったイチゴミルクは藤堂君の体温だ。


 ああ、私は本当にどうしようもなくこの人が好き。

 中二病でもいいや。私は藤堂君の丸ごとすべてを受け入れる。


 私はそんな決意をしてイチゴミルクを一口、飲む。


「ねえ。橘さん」

「なに?」

「ワガママ聞いてくれる?」

「うん。なんでも聞くよ!」


 私がそう答えると、藤堂君は少し躊躇してから意を決したような表情で言う。


「あの、明日、お弁当つくってほしいんだ」

「そんなことでいいの?」

「え?! そんなこと?! ものすごく贅沢だと思うんだけど」


 藤堂君はそう言うと真面目な顔でこちらを見てくる。

 子どもみたいでかわいいなあ。


「それに、僕らみたいな任務があるとさ、手作り弁当どころか人がつくった料理なんかなかなか食べられないんだよ」


 ん? いますごく自然な流れで一瞬わからなかったけど中二病発言だね。

 まあいいや。聞かなかったことにしよう。


「じゃあね、藤堂君の好物ばっかりのお弁当にするよ。なにがいい?」

「から揚げ食べたいなあ」

「うん。から揚げね」

「あっ。オムライスもいいな。でもオムライスってお弁当にできない?」

「大丈夫!」


 私はそう言ってどんと胸を叩いた。藤堂君のためならなんだって作るんだから。


 好物を真剣に考える藤堂君の横顔は、楽しそうなのになぜかすごく寂しそうな、悲しそうな表情に見えた。


 すると藤堂君がスマホを取り出して、画面を確認してから立ち上がる。


「ごめん。引き止めちゃったね。そろそろ帰ろうか」


 もう少し一緒にいたい。


 そんなワガママを言えるような雰囲気じゃなかったのは、藤堂君がどこか緊張したような顔をしていたから。


 次の日は朝五時に起きた。


 料理はもともと好きで作るのだけど、二人分のお弁当でしかも藤堂君に食べてもらうものを失敗できない!


 一時間三十分ほどかけて杏奈特製オムライス弁当が完成した。

 朝から大慌てで料理をして、眠い目をこすりながら学校へと急いだ。


 いつものように下駄箱で藤堂君に遭遇。


 こちらを振り返った彼の目には眼帯はないけど違和感がある。

 右目が青、左目が赤。カラコンか。


「おはよう。いい朝だね。ロスカスタニエにいた頃を思い出すよ」


 藤堂君がそう言って笑う。

 ロスカスタニエってどこよ。藤堂君が燃やしちゃった(設定上)とかいう故郷かなあ。


「おはよう。お弁当、作ってきたから一緒に食べようね」

「ああ。薬草以外を口にするのは久しぶりだから楽しみだよ」

「そう。大変ね」

「心配してくれてありがとう」


 藤堂君は優しく微笑んだ。

 私がどんなに中二病に呆れても、藤堂君の笑顔一つで吹き飛んでいく。

 単純で良かった。

 

 そんなこんなでお昼休みになり、私と藤堂君は中庭でお弁当を食べることにした。


 今日はカラコンと胸の龍のブローチ以外は中二アイテムは身につけていないことが救いかな。


 カラコン以外は一見普通に見える藤堂君は、お弁当箱を開けた途端に「わあ」と感嘆の台詞がこぼれた。


「オムライスとから揚げ、それからアスパラのベーコン巻きとタコさんウィンナーにマカロニサラダだよ」

「豪華すぎるよ……」


 藤堂君はそこまで言ってから、ぴたりと動きを止めた。


「どうしたの?」

「ちょっとごめん」


 藤堂君はそれだけ言うと、立ち上がって走って校舎のほうへと行ってしまった。


 突然の行動に意味がわからなくて、私はボー然とする。


 もしかして、嫌いなもの入ってた? 

 それともアレルギー?


 私は藤堂君が心配になって後を追いかけるけれど見つからない。


 すると、私の藤堂君専用地獄耳が彼の声をキャッチ。

 声をたどっていくと廊下の隅に藤堂君がいた。


「ああ、うん。いまお昼だから」


 誰かと電話をしているらしくスマホを耳に当てている。

 藤堂君は私には気づいていない。

 電話じゃあ声をかけられないから、終わるまで待つしかないか。


「うん。大丈夫。え? ああ、やってるよ」


 誰と電話してるんだろうなあ。

 ついつい盗み聞きをしてしまう。


「そう。例の中二病作戦。うまくいってると思うよ」


 その言葉に、私はハッとする。

 中二病作戦? 

 ってことは、藤堂君は最初からわかっててやってるの?


「なんで?」


 そう言った声が思ったより大きくて、藤堂君に気づかれてしまった。

 私は彼から逃げるべく階段を上がる。


 意味が分からない。

 中二病作戦ってなに?

 私をからかってたの?

 なんで?


 嫌われてるの?

 あの時、私のことなんか助けなきゃ良かったって思ってる?


 そう思った瞬間。

 踊り場の窓から稲妻が見えた。


 その稲妻に驚いて、私は階段の一番上の段から足を踏み外す。


 スローモーションで見える景色の中、見えたのは藤堂君の顔。

 気づけば私は、藤堂君の腕の中にいた。


 ああ。そうだ。思い出した。


「中二の時、さっきみたいな稲妻が歩道橋に落ちて私はそれに巻き込まれて、それで藤堂君に助けられたんだ」


「稲妻じゃないよ」


 藤堂君はそう言って、それから真面目な顔で続ける。


「奴らが攻撃をしてきているんだよ」

「それも、中二病作戦?」


 私の問いに藤堂君は悲しそうに笑う。


「そうだといいのに」


 直後に校内アナウンスが流れて、全校生徒は体育館に集められ、それから校長先生のやけに短い話を聞いてから下校をすることになった。


 先生たちはさっきの稲妻のことには一切、触れず、その代わり、全校生徒にヘルメットを配ってそれをかぶって下校するようにと何度も言った。


 空は良い天気で、ぴかぴかと光るのは星なのか、それとも……。

 私はヘルメットの顎紐をしめなおして、とぼとぼと歩いた。


 ここ数年で地球が大きく、しかも悪いほうに変化していることはなんとなくわかっている。みんな気づいている。


 だけど、こうしてお昼で下校してヘルメットまであると絵空事ではないなと思う。

 ただ、それよりも私は藤堂君の言葉がショックだ。


「橘さん!」


 その声に振り返ると、藤堂君がこちらに走ってくるのが見えた。


「なに?」

「いや、言いたいことがあって」


 そう言った彼はカラコンをしていなかった。


「からかってたわけじゃないんだ。中二病のふりをしていたのには、理由がある」

「やっぱりふりだったんだね」


 藤堂君は視線を足元に向け、それから小さな声で言う。


「印象に、残りたくて」

「え?!」

「橘さんに告白された日、うれしかった。だけど、その日の夜に出撃が決まって……」

「出撃ってなに?」

「パイロットだから」


 そう言ってふんわりと笑う藤堂君はどこからどう見えてもパイロットには見えない。

 これも中二病作戦なの?


「特別パイロットの生存率は三十パーセントだから」


 藤堂君はそこまで言うと唇を噛んで、それから続ける。


「だから、橘さんの記憶に残りたくて、中二病のふりしたんだ。ずっと忘れられないように」


「今はもう中二病のふりじゃないの?」

「いいんだ。これも、中二病だと思ってて」


 藤堂君はそう言って少しだけ笑うと、ぴしっと姿勢を正して敬礼をする。


「僕は必ず大事な人たちのいる、橘さんのいるこの地球を救います!」


 ざあっと生ぬるい風が吹く。


 ねえ、藤堂君。

 その敬礼、どのくらい練習したの?

 すごく様になっててカッコいいよ。


 私がその気持ちを伝えようとすると、彼がポケットからスマホを取り出す。


「そろそろ行くね。明後日が出撃だから今日と明日は色々と忙しいんだ。無理言って学校に来たからさ」

「それも中二病の設定なの?」


 私の問いに藤堂君が黙って首を左右に振る。


「帰ってきたらさ、またオムライス、作って。今度は完食するから!」


 藤堂君がそこまで言ったところで、黒塗りの車が歩道に横づけされる。

 彼はそれに乗って行ってしまった。


       

 次の日の朝はどこのチャンネルも同じ特番だった。


 それは地球が地球外生命体によって攻撃を受けていること、それがもう二年前から続いていること。


 そして、地球外生命体と戦う特殊部隊が秘密裏に育成されていたこと。


 テレビの画面に特殊部隊の十人の顔写真が公表されて、私は味噌汁を吹き出した。


 そこには藤堂君の写真と彼の名前があったのだ。

 パイロットは、胸にみんな龍のバッジをつけていた。

 あれは中二病アイテムじゃなかったんだ……。


『パイロットたちが乗る飛行機は、通称ドラゴンと言うんです。ドラゴンは性能が良いですし、攻撃力も高いんです――』


 専門家だと名乗る初老の男性がテレビでそんな発言をしている。


「本当のこと、だったんだ」


 私はテーブルを拭きながら、呟く。


 中二病だったらどんなに良かっただろう。

 生存確率、三十パーセントだって言ってたな。


 死んじゃうの?

 私が彼女になった途端?

 冗談じゃない!


 私はそう言って家を飛び出す。

 とにかく走って、走って、向かった先は真新しい歩道橋。


 ここで二年前、藤堂君に助けてもらって、そして恋をした。


 私は歩道橋の真ん中で、空に向かって叫んだ。


「帰ってきたら、覚えてろよ!」


 私はぺたんとその場にしゃがみこむ。


「帰ってきたら……覚えてろ。離れてなんかやるもんか。私は、なにがあっても藤堂君の彼女なんだから」


 鼻をすすって、勢いよく上を見る。

 滲んだ空には飛行機雲が伸びていた。 

 

 

<了>

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彼氏は中二病。 花 千世子 @hanachoco

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