第一章その1 目覚めれば元禄時代!?

「おおい兄ちゃん、生きてるか?」


「目を覚ましなよ!」


「南蛮の服装かな、変な格好しやがって」


 気が付くと色んな人の声が聞こえる。


 痛みは無いがすごくだるい気分で、ゆっくりとまぶたを上げる。


 見えたのは青い空。そして心配そうに俺を覗き込む人たちだった。


「あ、起きた!」


 俺の傍らに立っていた女の子が嬉しそうに表情を崩すと、つられて他の人々もほっと安堵の息を吐いていた。


 そんな彼らは全員が着物や袴、男なら頭を剃って髷を結い、女はてかてかに固めた髪を結い上げて櫛を挿している。


「ここは……へっくし!」


 上半身を持ち上げると、俺はようやく自分の全身が濡れていることに気付いた。下着までびしゃびしゃで、まだ残暑の季節なのに肌寒く感じる。


 ここは八幡堀のようだ。だが、どうも様子がおかしい。


 観光客の姿は無く、例の着物と髷で昔の格好をした人だけが道を行き来し、木製の小舟が堀に浮かべられている。


「あんた気を失ったまま半分水に浸かっていたんだ。湖春こはるが見つけなかったら溺れ死んでいたかもしれねえ」


 白髪交じりの小さな髷に、はっぴのような藍染にふんどしという衣装に目が行くおじいさんが俺の肩を叩きながら声をかけた。


「あ……ありがとうございます」


 時代劇のロケの現場に居合わせたのかな?


 そう思いながら湖春と呼ばれた女の子に礼を言う。


 まだあどけない顔つきの髪を後ろで結い、黄色に濃い緑の縞模様の着物の腰に白い前掛けをつけている。いつでも細く白い腕をまくりあげ、質素で活発な町娘と表現するのが的確だろう。


「いいわよ。それにしてもそんな格好、目立っちゃうし、役人に見つかったら面倒よ。ついてきて、着替え貸してあげる」


「あ、ありがとう」


 目立つとか役人とか妙なことを言う。この娘、なりきってるなぁ。


 俺は周辺を見回すが、どこにもカメラマンや音響担当、メガホンを持った監督の姿は無い。


 さすがにおかしい。


「これって、映画の撮影? ロケでもやってるの?」


「えいが? 何それ?」


 湖春ちゃんはきょとんとした瞳で振り返る。


 あれ、どういうことだ? 返事ができないでいる俺の脇を、大量の荷物をくくりつけた馬の手綱を引っ張る男が通り過ぎた。


 来た時はアスファルトで舗装されていたはずの道も、今は土がむき出しになっている。


 何だここは?


 頭がどうにかなりそうだった。理解が追いつかない。


 そんな時、頭に手ぬぐいを被った若い男が、手に紙の束を持って道の真ん中で声を張り上げていた。


「瓦版、瓦版だよ! 町一番の遊女の菊江きくえさんに、本命の男が現れたらしい! そんなお得な情報がたったの5文、5文で詳しく見られるよ!」


 道行く人々がわっと群がる。


「菊江さんに? 相手は誰だい!?」


「それについては買って読んでください」


「うわぁー! 俺、どれだけ貢いだと思ってんだよお!」


 かなりの大盛況だ。この風景の中にもカメラマンすらいなかった。


惣介そうすけさんたら、またあること無いこと書きまくっちゃって」


 湖春ちゃんが呆れて言い放つと、男も気付いたようだ。


「よう湖春ちゃん、これはいつものでたらめじゃねえ、ちゃんと裏が取れてるんだ。ほれ、いつもごひいきにしてくれてるから一枚タダであげちゃう」


「いらないわよ。ほら、この人いつもこんなのばっか作って」


 湖春ちゃんは受け取った紙を俺に見せつける。


 そして俺は完全に言葉を失った。


 木版を刷って作った単純な紙きれ、つながった草書体の文字に一人の女性が男と並ぶ絵まで描かれている。


 だが一番驚いたのはその日付だった。


 元禄八年文月二十七日。つまりは西暦1695年。


 徳川幕府による長き平和を謳歌する、江戸時代真っただ中だった。

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