第16話 迎撃 工場

 工場の通路は見た目よりは頑丈だが、やはり限界は存在することが実証されつつあった。ぎしぎしと音を立てて橋が軋む。少し後ろに傾いていることが靴からの感触で分かる。乗りすぎだろどんだけ物量好きなんだ限度ってものをわきまえろ馬鹿野郎。

 なにかもうどの部位がどうなっているのか説明するだけで小一時間かかりそうな奇天烈な連中が、花の都のコレクションよろしくぞろぞろと出てくる。小型の神輿を担いだり山車を引いたり、まさしくお祭り騒ぎだ。とりあえず弾をばらまいてみたものの、活火山に消火器をかけた程度の効果しか期待できない。結局三十六計逃げるしかず。最後の最後にはこの足だけが頼りだ。


 橋の悲鳴が強まる。もう5,6歩で下への階段。敵も、腿に殺気がかかるまでに近づいている。射程に入ったのが跳躍の鋭い音と、首を撫でる空気で分かった。振り返りざま四足のガラクタ獣を両断する。

 新手が膝を曲げるのを尻目に、勢いに乗ったまま腕を円形に回す。手に伝わる細かな振動が筋肉を制動し、理想的な刃筋を造った。

 ばちん、と定規を弾いたように通路が切れ、弾性が開放される。敵の軽いのが落ちていくのが見えたし、僕も浮いていた。


「うおおおおおおあああああああああ!!」


 しまった。木造のしなやかさをなめていた。死ぬ死ぬ死ぬ。切腹したら腸が噴出しそうな位に下腹に力が入る。手すり、目の前に階段の手すりだ。右手には伝孔丸。片手で支えるのは無理。柄を漫画よろしく口にくわえ、跳び箱を跳ぶ要領で手すりを打つ。左斜めに下っているので、そのまましがみついて滑り下りた。ひやひやした。割と間一髪だ。

 さっきまでの通路はやはりへし折れそうだ。浮遊できる躯や飛べる類の異形たちはさっさと逃げ出している。だが侮れない団結力。身の軽い獣たちが対岸へと跳び、切り口に掴まって一本の綱となる。それをムカデじみた怪獣が一気にさかのぼり、有象無象が固定した。

 軍隊蟻じみた天然の土木技術。さらに上からバレーボール大の蠅っぽいやつらが空間をショートカットして迫る。階段下に着く。下にはロケット弾と発射筒が用意してあった。


 先走って金たわしのような口で僕を齧りにきた蠅をライフルで叩き落とし、くわえていた伝孔丸を納刀。装填が済んでいる発射筒を構える。狙いは通路の下部。目印の下の爆薬。

 安っぽい四角形のスコープが立ち上がり、瞳孔じみた赤い丸が微細に拡大と縮小を繰り返す。引き金を絞ると、日の丸くらいだった半径が同期して縮んでいく。鉛筆の芯の大きさになった時、ライフルの一段上の反動。弾体は雲を残して着弾した。爆発。半円に吹き飛ぶ怪物どもは暴発した割れ物花火のよう。

 また襲ってきた蠅を発射筒で殴りつけて、弾を引っ掴み、また走る。走る。走りながらロケット弾を装填。やはり厄介なのは躯。遠距離攻撃も出来れば浮くことも出来る。まともに力を発揮されれば通路を破壊されて終わりだ。爆発にいくらか巻き込めたが、完全に破壊できたかどうか。

 

 耳の奥がきん、と鳴る。流れ込む経の音。火球が発射される予兆だ。眼球を限界まで回して走りながら後ろを見ると、数十の躯が砲撃しようとしていた。一体ずつ狙っても間に合わない。

 発射筒を構える。躯らの上に照準。目標は壁際の巨大な配管。片方からは薄っすらと水漏れが確認できる。破壊するのはもう一方。赤い丸が収縮。発射。巨大といっても結局は土管だ。経年変化には強いが、いかんせんもろい。数百グラムの爆薬で容易に崩壊する。水漏れしているのは伝孔丸で切れ込みを入れた跡だ。分子の結合を斬り離されて、過大なモーメントをかけられれば崩れ落ちるほかない。


 ニーチェ曰く汝が深淵を覗く時上から来るぞ気を付けろ。壁付近に固まっていた躯たちに、ちょっとした地滑り並みの質量が降りかかる。一撃で木っ端みじんになるもの。耐えて逆に土管を破壊するもの。目標を変更し火球で迎撃するもの。位置によって行動は違うが、末路は同じ。大量の水を中に含んだ配管に、土壌を蒸発させるレベルの熱量を放り込んだらどうなるか。


 嵐のような圧力に体が持っていかれそうになるのを、手すりにつかまり踏ん張ってこらえる。耳栓をしていなかったら鼓膜が破れていたところだ。通路がつり橋の様に揺れる。土管の破片がビシビシ当たって痛い。水蒸気爆発。原理は天ぷら油に水が入って跳ねるのと同じだが、量によっては山一つの標高を変える威力にもなる。

 

 もうもうとした蒸気が壁を覆う。あれなら文字の蟲、業どもも動きづらいだろう。壁を意識に入れながら下へ、下へ。

 火球が湯気の幕を打ち抜いたのはすぐだった。威力は減じているものの、幾つかの通路が燃え上がる。僕の前にも一つ飛んできた。一瞬で着火し、白く燃え上がる。

 最後のロケット弾を火球が降ってきた方角に打ち込んで、発射筒を捨てる。通路の横から飛び降りて、配管に着地。細い土管が密集して床を作っている。これが予備の通路として使えるのも、洗濯槽行きの通路を選んだ理由だ。


 走ってすぐに洗濯槽があった。泡立つ25mプールほどの桶に、揉み洗いをするためかロボットアームのようなものが生えている。炎を避けて通路に戻ると、桶に沈めてあったロケット弾を引き揚げた。ここまでくれば他の通路はもういらないだろう。全て破壊する。


 水蒸気爆発で壁に開いた大穴からは、白い湯気を浸食して無数の業が湧いていた。あらゆる場所に奇妙奇怪な怪物たちが進出し、こちらへ攻め込もうとする。

 撃った。撃ちまくる。噴射炎が尾を引いて目標を貫くたびに通路が折れ、土管が砕ける。残骸が下にいる物を押しつぶし、衝撃で爆薬が誘爆してさらなる混沌を生む。工場が、数週間の間僕の世界だった穴蔵が壊れていく。空から雨の様に雪の様に瓦礫が降るのは、まさに黙示録の光景だった。


 通路が傾く。重量のバランスが崩れたのだ。乗っているのはイルカめいた怪獣。輸送船だ。機関拳銃を連射。爪を立てていた手すりを破壊する。姿勢を立て直す前に駆け寄って、鉤爪と肥大した前頭葉を切り取った。


 落ちて行きながら、その腹が裂ける。脂にまみれた躯が現れた。ついに下からも侵攻してきたか。

 周りに業が舞い始めていた。進軍の圧が強まっている。通路をから下りて土管に乗る。ここからは出たとこ勝負だ。できるだけ敵を神塞の中に引き入れないといけないが、それをしたところでどれほどの意味があるのか。運を天に任せるしかない。


 配管を飛び移り、出てきた躯に体当たりをかました。脂から滲んできた業が皮膚に食い込もうと飛んでくるが、紙の人型に吸い寄せられて焼却される。そのままライフルを全弾ぶち込み、空いた隙間に手榴弾をねじり入れる。下に蹴り飛ばして走ると、数秒後に爆風と残骸が飛び散った。

 しかし聖でさえてこずった量の敵を僕がなんとかするのは土台無理があるわけで。大部分の通路や配管は落としたが、わずかに残ったでっぱりに、イルカもどきが次々張り付いていく。

 上下左右から耳鳴りが押し寄せる。もう対応できる量じゃない。準備したロケット弾も片手で数えられる程。そろそろ潮時か?下を見る。かつての塵一つ浮いていない池は廃材と怪物に覆われていた。


 上を見ると、枝打ち後の柿の木の様にさっぱりした天井。至る所で四角い穴、いや射出孔が空く。長大な杭が降り注ぎ、それに沿って直角の刃が打ち出される。もう構造物との兼ね合いを気にしなくていいと知ったかどうかは分からないが、全力の攻撃は、工場内の大小ピンキリの怪物どもを悉く串刺しにしていく。

 しかし今回の敵は工場内だけではない。大破した壁から無尽蔵に供給される怪異の群れは、百や千の犠牲など誤差でしかないというように、小さいものは杭にかじりつき、大きいものは武具を叩きつける。そして踊り狂う業が幾何学文様を造ると、杭に張り付き、途中から粉々に打ち砕いた。

 何体かの敵を道連れにしつつ白い杭が傾き、壁にぶつかりながらガラスのような破砕音と共に破片へと変わっていく。


 不利なのは分かっていたが、人類の英知をかき集めたはずの要塞がこうもあっけなく蹂躙されていくというのは、見ていて堪えるものがある。半分くらい壊したの僕だけど。だが防御機構さんの犠牲は無駄ではなかった。下にいた敵は水上に限ってはほぼ一掃されている。やはり水底からの侵入だと効率が悪いらしい。

 土管から飛び降りて、工場の最下層、水辺にまでたどり着く。まとめて壊されないように離して設置してあった潜水服。金魚鉢のような頭が特徴的なそれが磔のような格好で、装着者を持つように各部位を展開していた。


 しつこく飛んでくる大蠅をライフルで撃ち落とし、弾がなくなったところで捨てる。あの惨状から運よく生き延びた潜水服の一つに剣を通し、爆薬がちゃんとくくってあるか確認。

 大きめのブーツと手袋に手足を突っ込んで、体を開いている部分に合わせると、服がひとりでに閉じて頭部が下りてくる。丸い兜が一回転して服にねじ込まれると、余分な空気が排出されるぷしゅ、という音がして、体が動くようになった。


 いよいよ工場ともお別れだ。碌な思い出もないが、それでも僕を生かしてくれた施設であることには間違いない。右手をちょっと上げて敬礼。最後に残った洗濯槽の通路からいろいろと零れてくるのが見える。

 泡立つ桶の底には大量の爆薬が沈めてあった。これもこの経路を選んだ理由である。下層に置いた最後のロケット弾をを装填。四角いスコープを染める赤い瞳孔が収縮し、視線が洗濯槽を刺す。噴煙。


 着弾を観測する前に水に飛び込んだ。ほの暗い水中には、地上とは比べ物にならないほど機敏に動くイルカの怪獣。

 突っ込んでくる一匹をかわしながら伝孔丸を一閃。同時に上が少し明るくなった。


 水の流れに逆らわずに進む。主要な排水口はすでに網が破壊され、怪獣の出入り口と化している。僕が通るのはその少し横にある予備の穴。なにかの点検口らしい管だ。人ひとりどうにか這って通れる口。そこを塞いでいる檻を切り取り、中に入る。イルカが追っかけてきたが、無駄にでかい頭がつっかえて入れない。


 深海まで続いていそうな暗さの中を、敵を目指して這っていく。自由は目の前に有るはずだったが、暗くて見えなかった。

 

 

 

 

 

 


 


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