第15話 迎撃 廊下

 動物の足の速さというものは、およそ人間とは階級を異にする。のろまと言われるようなものやサイズが小さすぎるのを除けば、大抵時速で40kmは出る。四つ足の力強さここにありだ。

 そして僕の後ろからがっちゃがっちゃと走りよってくる獣たちは、水分が抜けたおかげか身軽で疲れ知らず。首は邪魔だったのか取ってあり、胴体から直接大きな猫耳が生えている。毛が無くしなびているので、かなりきもい。体毛は存在せず、金属の破片が不安定に突き出していた。


 まずはあれを片付ける必要がある。はっきり速度差がある以上、直線でまくことは不可能だ。

 階段を駆け下りつつ、後ろの気配を探る。金属を叩くざわめきの中に、たん、と地を蹴る衝撃。

 頭が膝に着くほどに屈む。背中にざらりとした感触がよぎった。がらくたの寄せ集めの獣身が地下廊下の壁に着弾する。壁の竹が何本か折れて運動量を減殺し、獣の動きを封じた。

 抜け出す前に機関拳銃で3連射。焦げた干物のような体が爆ぜて、呻きじみた怪音が響き、すぐに竹の廊下に吸収された。大型犬程度の大きさなら通常火器で撃破可能か。


下に着く前に壁を蹴って横に跳ぶ。次々降ってくる獣。階段を降りて右に曲がってすぐの右側にボタン。思い切り拳で叩く。


「ポチッとな!」


階段に密集していたがらくたどもが横側へ押し潰される。吹きつけた風が強く背を押すが、破壊力はそれほどでもない。廊下自体が一種の無音室であるようで、衝撃波もだいぶ減衰している。歪んでいた三重塔の柱が砕け、屋根が落ちる音が鈍く響いてきた。


 全力で走る。転びそうな体勢を足が先回りすることで何とか維持する。残骸はさっさと除かれるだろうし、生き残った獣たちが走り出す気配を感じた。

 右へ左へ、廊下を盾にしながら駆け続ける。苦しさは無い。肺がふいごのような音をたてているのが聞こえる。

 目印の竹槍が見えた。赤いチョークで描いた矢印が後ろを指す。はね上げ型の罠。一旦振り返る。小型の獣と、牛?の頭。大物だ。速度は同じくらい。振り返ったせいでスピードが落ち、距離が縮まる。それで良い。


 幅飛びの要領で踏み切った。緩やかな坂な事もあって、罠の後部まで滑空。着地、地面が沈み込む。竹槍を束ねた板が跳ね上がった。間合いは約8m。

 何体かに突き立ち、折れたり曲がったりした繊維が絡まりあって塊になる。床が受け止める振動を感じつつ、次の角へ向け飛び出した。

 なかなか良い。ここまでは全部の仕掛けがはまっている。このまま数で押してくるだけなら、下まで余裕をもって引き込める。そんなうまい話がある仮定に基づけばだが。


 曲がる直前、轟音に振り向くと、詰まっていた金属と植物の塊が砕かれていた。牛の頭が覗く。熊手、というには骨の一つ一つが太い。人の腕ほどある爪が残りカスを引きちぎる。

 牛なのは前半分だけらしい。胴体部分は人のもの。関節が滅茶苦茶だ。牛と規格を合わせるために2人分の体をまとめている。

 前足が牛のもの二本、後ろ足が人の四本。そして四本分の腕で油圧ショベルのバケットくらいありそうな熊手を持つ。傍目ではどう手足を動かしているのやらさっぱりわからない。もうちょっと上手く工作してもいいだろうに。


 竹槍と敵の混合物が爆発した。罠には当然ながら手榴弾もおまけでつけている。隙を見せない二段構えだ。あれで足を止めてくれれば。

 ギャロップ走法特有の断続した重い足音に、淡い期待は吹き散らされた。5、6 本巻いておいたはずだが。手榴弾程度ではこけ脅しにもならないらしい。


 次の竹槍。矢印は下方向。天井落とし。

 デカブツが角を曲がる。前足の蹄が鳴らす硬い響きと、後ろの裸足が地を踏みしめるどこか粘着質な音。

 天井を見て、必要な歩数を測り、数える。


「さん、にい、いち、は!」


 飛び上がりながら抜刀。ロープが張力を失って静かに垂れ、合わせてセラミックの杭を刺した竹の天井が、怪物に叩きつけられる。

 無論苦にもしないで元気に走る牛頭の怪物。なんら痛瘍を感じていない。しかしあの杭は特別製。身には焼夷と大書してあった。

 ばしゅう、と高速燃焼の疾駆。白い火花が噴出花火のように降ってくる。ヘルメットがなかったら髪が燃えていた。


「うあっつ!あちち」


 思ったより火勢が強い。あれ奥深くに差し込んで使うやつだ。失敗した。というか燃え移ってる。高性能な竹といえ、所詮植物。やはり火には弱いのか。

 ええいままよ。どうせいつか壊れるものなら今壊れてもよかろう。なんだか愉快になってきた。口が笑顔の形になる。吐く息にえずくような哄笑が混じる。ファミコンにこんなゲームがありそうだ。ファミコンやったことないけど。


 最後の角を曲がった。扉が並ぶ通路に入る。目指すは5番目のドア。開いたままになっているはずだ。走りくる怪物の轟きと共に、不安をもたらす経の音が耳をついばんだ。上の障害は崩されたか。群体が乗りこんでくる。

 ドアに到達した後、膝立ちでライフルを構える。猛進してくるミイラ化した牛の頭。巨体にはいくつか穴が空き燻ってはいるが、火器の威力が十全に伝わっていなかったために致命には至っていない。


 まず動きを止める。牛の前足、その膝に向けて撃ちまくる。軽い炸裂音と反動が肩をはたき、中指大の釘が撃ち込まれた。流石に関節の稼働に問題が生じてか、がくりと膝を折るが、多少の減速を見せただけでそのまま突っ込んでくる。枯れ木のような人の腕が見た目に反する出力で武器を振り上げた。天井すれすれを掻く熊手の鉤爪。


 それが床を文字通り唐竹割にした時には、ドアを抜け工場の中へ跳び入っていた。全霊の一撃でさらに運動エネルギーを落とした牛の横腹に、抜刀。ドアの上枠ごと斬り通す。今度は人間部分の脚が4つとも落ちた。熊手を壁に何度も叩きつけるが、足を全て無くした状態では厚みのある複合防壁は破れない。こいつにはこのまま障害物になってもらおう。


 三歩程走ったところで牛がドアごと消し飛んだ。紛れも無い、躯共の放つ火球だ。敵味方構わず、容赦という概念を適用する気はないらしい。やはり蟲だな。開口部の面積が三乗にもなった元ドアから、それでも狭いというように魑魅魍魎があふれ出す。


 強まる声に聞く耳持たず、反動の軽さを頼りに肩越しにライフルを一弾倉ぶんぶっ放す。ひびのいったパイプラインのように黒い群体をこぼす壁から離れ、また階段を駆け下りていく。






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