第10話 脱出準備再び
景色を眺めるだけで半日をつぶしてしまう失態を犯し、失意に沈む暇は無論ない。生物は前を向くことに最適化された存在なのだ。
周辺の地理はおおよそつかめた。この要塞は川の中州に建てられているが、川の流れに向かうように立つと、左手に市街地、右手に山があり、川の果てに海が浮かぶ。といっても市街地の先はまた山なので、実質三方が山なのだけれど。
逃げ出す場合普通は人のいる場所に行くのだろうが、先の襲撃を見るに歓迎してくれはしないだろう。そもそも生き残りがいるなら聖が既に回収しているはずだ。
そうなるとやはり山。今は秋だが冬を越せるのか、多分越せると思っている。産業革命以前だと、農耕民より狩猟採取民のほうが栄養状態が良かったと聞く。独りで生きていく分には畑を耕すよりドングリでも拾った方が効率が良いのはなんとなく分かる話だ。防寒具をいっぱい持って、穴蔵にでもこもれば一冬過ごすくらいはなんとか、なんとかなると思いたい。
しかしそれほど大荷物は持てない。体力面でもそうだし、騎兵から徒歩で逃げるのだ。不整地を歩くことを考えると30kgは不可能。20も厳しい。15kgが妥当な線か。聖は紀伊国に所属していて、今でもその指示を待っているなら、国の境を出るとは思えない。
この国がどのくらいの広さかも見当はつく。中央集権が不可能になって分裂したのだから、それこそ自治体程度の面積のはずだ。確かにあの機動力から三日も逃れられはしないだろうが、半日気付かれずに一気に山を踏破するのなら可能とみた。
大雑把な目標が固まれば要求されるものも見えてくる。まずは体力。幸い勾配と長大な道には困っていない。一日で延べ50km。かなり辛いが一日だけなら不可能な数字ではない。
防寒具と防水のきく袋。これは探すしかないが、まあどこかにあるだろう。無駄に広いし、生活用品の延長だ。
そして武器だ。聖を倒すため、ではもちろんない。機関銃持ってたって撲殺される未来しか浮かばない。ただ逃げる途中で野生動物と鉢合わせするのは十分有り得るし、あの化け物たちとも出会うかもしれない。
人型だとお手上げだけど、動物型となら銃があれば戦える目はある。ここも神塞と名乗っているのなら銃火器は揃えているだろう。
ではどうやって調達するのか。当然頼むのだ。
「聖さん。聖さん」
またもや揉み手をしつつ媚びた上目使いで話しかける。我ながらこれむしろ不快感しか催さないだろと思うが、仕方ない。勝手にこの姿勢になってしまうのだ。だって怖いもん。常に太刀を
変わることのない態度が嬉しい聖さんはじっとたたずんでこちらを見やる。あとは交渉あるのみだ。
「先日の装置?は本当にありがたいんですが、やっぱりじっとしているだけだと健康に悪いし、エコノミー症候群?などが心配されるうえに最近何かと物騒なので専守防衛に使える器具のようなものがあれば精神肉体共に健康文化的な生活が送れるんじゃないかと愚考したのですがどうでしょう何かありますかね」
自分でもなにを言っているのやら分からなくなってきた。というか無言の存在に延々自分から話しかけるだけというのは、案外精神にくる。表情も見えないと伝わっているのかどうかも分からない。借金しながら石油を掘ってるみたいだ。
聖は少しの間首を傾げ(どうも癖と言うより、現在考え中なことを伝える身振りのようだ)戻すと部屋の中央に歩きだす。だいぶ彼女の不言実行にも慣れてきた。許可しない際には説明する程度の労力は惜しまないので、何もなしに動いたら基本大丈夫ということだろう。
しかしこんな簡単でいいものか。昔話特有の話を巻くためのご都合主義的展開の早さを感じる。まあ僕が武器を持って謀反を起こしたところでたかが知れていると思っているのならそうなのだが。
武器庫、あるいはそれに近い部屋まではずいぶん歩かねばならなかった。体感で30分はある。そういえばこの要塞には時計が無い。代わりに新幹線のダイヤばりに正確な生体時計を装備する兵士がいるので問題はないが、たまに腕時計が無性に欲しくなる。これも頼めば貰えるのだろうか。
聖が立ち止まる。分厚い強化ガラスの壁の奥に、僕の上半身くらいの歯車と頭ほどの円筒ピン。聖の手元には船の舵輪のようなハンドルがある。突き出た棒を握ると、ゆっくり回転させる。地球ごとぶん回せそうな力の入れ具合だ。
土気色の転輪が身をよじると、それに合わせて巨大な陶器のピンがガラスの奥から浮上する。8本あった筒が残らず抜けると、床が下がっていく。設計者はいい趣味してると思うけれど、これ無駄じゃない?とか思わなかったのだろうか。
これまた広い空間だった。格納庫を縦に地面に埋めているような構造だ。50mはありそうな通路の突き当たりに、左に曲がった階段があり、その下を見るとまた通路がある。中央は吹き抜けで、おそらく最下層まで突き抜けている。
ただでさえ暗い上に、螺旋状に下がっていく通路が明かりを隠しているため、底は煤をまいたように黒い。下から吹いてくる風と共に暗闇まで昇ってきそうな濃さだ。
そして、壁にはここがどのような設備かを主張するように、数えるのも馬鹿らしくなるほどの竹槍がみっしりと群生している。
舐めとんのか。
「えっ、聖さん。まさか、いやそんな馬鹿なことあり得るはずも無い事は重々承知で尋ねるけど、ずっとこればっかりってことはないよね」
聖が壁から竹槍を一本取り出して両手で掴むと、こちらに腕を伸ばして渡してくる。いやいやいや。
だいたい2mの手ごろな長さで屋内でも取り回しやすそうだし、太さもちょうど手にすっぽりおさまる程度で、見た目より色々考慮されているようではあるけれどそういうことじゃない。そうじゃないんだ。
「ひ、聖さん。確かに竹槍は軽くて丈夫だしコスパは最高といっていいほどだけど、それを武器と呼ぶのは僕の近代化された軟弱思考が拒絶するんだ」
若干震え声になる僕の様子を見て、聖が槍を持ち替えた。手首を軽くひねると、風を切って竹がしなり、マーチングバンドのバトンのようにくるくる回る。思わず見惚れる舞踏の中に、鋭い
いや、確かに凄いかっこいいけど、そうじゃない。プロモーションが見たい訳じゃないんだ。というかそれ付属に君が付いてこないと意味ないやつ。
このままではらちがあかない。ストレートに行こう。意を決して話しかける。
「聖さん。はっきり言って僕は槍なんて握ったこともないし、そもそも服を引っ張り合うような喧嘩しかしたことがない一般人なんだ。なのでそんなもやしにも簡単に使えて、威力も結構あるような素敵な兵器はないでしょうか?」
言い訳がましい上都合の良いお願いだがいけるだろうか。というか最近喋る時無駄に長文になっている気がする。長期の無言は精神衛生に悪い。
そこはかとなく残念そうなの気配を醸しながら奥へ歩き出す。申し訳ない。
一つ階段を下がると、やっとまともな道具が現れてきた。黒い樹脂と木目が眩しい突撃銃。巨大な機関砲。これは金属が使えないために大型化したようだ。大小様々な爆薬、銃砲弾。核力手榴弾と黄色地に黒く大書された直径50cmはある物体。これは見なかったことにしよう。
また二つ階段を下がったところで聖が何かを抜き出した。日本刀、いや飾り気の無い外観とメカメカしい柄を鑑みるに、軍刀と言った方が適当だろう。
下にあるプレートを見る。
"刃筋矯正機能付単分子軍刀・伝孔丸"
そう書いてあった。わかり易く、そこはかとなく懐かしみを感じる名前。つまり僕でもスパスパ切れる素敵な単分子刀なのだ。
聖が手渡してきた刀を取り、刃が周囲に当たらないようゆっくり抜刀する。
不思議な刃だった。1mに少し足りないくらいの長さ。刃先が透けるほど薄い。艶の無い漆黒の刀身は、刃物ではなくグライダーの羽根のような流線型。重心が手元に集中しているためか、それこそ木の枝より軽く感じる。
もっと良く眺めようと手首を曲げると、柄がぶるりと震えた。
「わっ!?」
不快な振動に脳より早く腕が反応した。親指と人差し指の間が腕の延長に一致すると、震えが止まる。なるほど。
いったん鞘に収めた刀をズボンに付いていた刀用のベルトで留める。刀装着前提の服とかキル〇ル世界かしらん。
「ちょっと試し切りしても?」
聖が頷く。正に雨後の筍のごとく武器の合間に生えている竹槍の一本を取り出して立てる。
抜刀して横に一閃。風を切る感覚さえ存在しない。
竹槍は小揺るぎもしなかった。指でつついてみる。上半分だけが落ちて、かこーん、と鹿威しの音色が闇の底に落ちる。
「か、かっこいい……」
正直ここに来て良かったと初めて思ってしまった。なんて親切設計。顧客が本当に必要とした物がここにある。
「ありがとう聖さん!あとはそこそこ軽量で面制圧力のあるサブウエポンがあれば完璧だよ!」
都合のいいことを言いながら感謝の意を示す。なんかどんどんダメ人間になっているような。いや、聖さんが頼りになりすぎるだけであって僕は普通のはず。今はまだそのはずだ。
予備を含めて二本の伝孔丸と、モーゼルっぽい自動拳銃を支給された。モーゼルといえば拳銃の中でもかなり重い部類だが、これはかなり軽い。片手で照準するのは厳しいが、両手でなら僕でも無理なく持てる。
ベッドに座りながら意味もなくあちこちに照準してみる。アイアンサイトは銃身が真直ぐ目標を向いている実感があって良い。立ち上がって早打ちには向かない拳銃なのに、ホルスターから一気に取り出しつつ照準を繰り返す。
腕が疲れたら伝孔丸を抜いてポーズをとってみたり。なんかこう、幸せな気分が胸に広がっていくのが分かる。
壁が開いて聖が部屋に入ってきた。
即座に刀をしまって隣のベッドにそっと置き、真顔で座る。ん?なにかあったのかな?ああ、定時の就寝の催促か。いやー、ニーチェとかサルトルとかアマゾンにいるピンク色のイルカに擬態したサメの妖精のことについて考えてたらもうこんな時間だ。やっぱり哲学的思考は時間を忘れさせるね。
なんでこっちをじっと見てるの?言われなくとも寝ますけどね。僕は模範的ポリスの市民ですから。いつもアトランティスの位置について脳内で議論とか交わしてるし。ええ、寝ますよ。寝ますとも。なんとか言ったらどうなの。
しにたい
ねた
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