(4)(完)
どごーん、ぐらぐらぐら。
「いい加減にして下さい!」
エスクリットが叫ぶ。まったく、この竜と犬、一週間とあけずにやってきてはどごんどかんとやり合ってくれる。店内に客がいようといまいとお構いなし。エスクリットがさすがに結界のタイプを変えたおかげで爆発は起こさなくなったものの・・・
あかりと太一が外で接触する機会が多くなった分だけ、この二匹の出会う率も高くなっている。上手く太一が押さえることもあるが、太一が失敗すると、二匹が星風館にどどどっとなだれこんでくることになる。これでは全く商売上がったりである。
「ちょっと青稜子!いい加減にしてよねっ」
あまねも言うけれども、聞くような相手ではない。わーわーわー、ぎゃーぎゃーぎゃー、どすんばたんどすんばたん。
「いい加減に・・・」
エスクリットが手に光を集めて投げようとした時、不意にひょこひょこと久遠が入ってきた。結界があるはずだが、てんで気にかけてもいない。
「いい加減にしないか」
がっと二匹の間に錫杖を挟む。
「ええい、邪魔をするでない!」
格闘に夢中になっている琉翔姫は、久遠と気づかずそんなことを言った。なおも格闘をやめない二匹。
「ほほう、私の言うことがきけぬ、と?」
久遠は言うと飛び上がり、ぎゅっと右の手で琉翔姫の尾を、左の手で青稜子の口をひっつかんだ。
「いい加減にしろと言っている!」
「げ・・・久遠」
ぎょっとして琉翔姫が言う。
「そう、久遠」
にい、と笑って久遠は顔をつきつけた。琉翔姫が後ずさり逃げ出そうとする。が、尾を把まれているので逃げられない。
「ぐががぐぐぐ」
青稜子は青稜子で久遠の手からのがれようと必死である。
「放せ、放さぬか!」
ぎゃんぎゃんぎゃん、琉翔姫が叫ぶ。久遠はふっと笑うとひょい、と両の手を放した。勢い余って竜と犬が結界の壁に激突する。
「くー、これだからこ奴は・・・」
琉翔姫は体勢を立て直しながらぶつくさ言った。青稜子もぶすっとしている。
「何か言ったか?」
と久遠。
「何も。ふん・・・とんだ邪魔が入ったわ」
琉翔姫は言うと、つるり結界を抜けて出て行った。
「いいのか、お嬢を放っておいて」
久遠に言われ、ふてくされつつ、青稜子も結界を抜けて去って行く。
「全く、あいつらのおかげで少しも話が進まない。おっと、こうしちゃいられない。最後まで見届けておかないと。邪魔したな!」
二匹を追い出した久遠は、慌ただしくそう言うと、ばたばたと自分も出て行った。
「・・・久遠様大丈夫でしょうか」
あかりが心配げに言う。お前たちはここで「デート」の続きをやってな、私があの二匹を止めてくる、なぞと久遠は言い残し、出かけて行ったけれども。太一は、苦笑しながら言った。
「あの人なら大丈夫ですよ。でも、かえって話をややこしくしていなければいいけれど・・・」
そう、どちらかというとそっちの方が心配なのである。
河原に二人仲良く並んでピクニック。例によって太一の母親に弁当を持たされ、放り出されたのである。
はむはむはむはむ。特に何を話すことがあるというわけでもなく、並んで弁当を食べる。
「そうだ、お茶は?」
太一が気づいて尋ねた。
「あー、いただきます」
お茶を注いで、またはむはむはむ。沈黙。あかりが苦笑混じりに言った。
「普通の人たちってこういう時どんなことを話すんでしょうねえ」
「そうですねえ。すみませんね、口べたで」
「こちらこそ」
今ひとつ、デートという雰囲気ではないようである。
「あれ、太一さん、御飯ついてます」
ふとあかりが気づいて太一の頬に手を伸ばした。・・・と。
ごいん。
額を竜の尾でぶん殴られてあかりは後ろへひっくり返った。
「このあばずれが!たーちゃんに何をする!」
星風館を怒りながら出てきた琉翔姫である。久遠にいいようにあしらわれたので、大層、虫の居所が悪い。
「琉翔姫!」
太一が何か言おうとした時にはもう青稜子が追いついてきていて、琉翔姫に噛みついていた。
「あーちゃんをよくも殴ったなああ!」
「えいっ、うっとうしい虫め!そっちの宿主がたーちゃんに手を出したのが悪い!」
「あーちゃんは、そのようなことはせぬわ!」
ぎゃーぎゃーぎゃー。その場で乱闘が始まった。
「危ない!」
とばっちりを受けそうになったあかりをなぎ倒して太一がかばう。
「む・・・あーちゃんに何をする!」
それを見た青稜子が、太一を吹き飛ばした。あかりの前に立って四肢を踏ん張る。
「よくもあーちゃんを!」
ごーっと口から冷気を吐く。誤解だが、それを解いている暇はない。辛うじてそれをかわし、太一は起きあがった。青稜子の所行に怒り狂った琉翔姫が青稜子につかみかかっている。
「やめろったら!」
太一が言うけれども琉翔姫は聞いてなどいない。みるみるうちに空は真っ黒。稲光がして大粒の雨が降り始める。
「よくも、よくも、可愛いたーちゃんを!」
「やめないか!琉翔姫!」
「青稜子!やめて!」
太一とあかりが叫ぶけれども効果なし。
「竜姫帰順・・・」
太一が仕方なく強引に琉翔姫を縛る。対する者のいなくなった青稜子は今度は太一に狙いを定めて気を放った。
あかりの鋭い声がするのと脇から明るい光の球が飛んできたのと、ほとんど同時だった。
「愚か者!」
天地を揺るがすような久遠の大音声が響き渡る。青稜子は茫然として立っていた。かばうように太一にしがみついていたあかりが手をほどく。
「依代を殺す気か!」
久遠は青稜子をにらみつけて怒鳴った。
「私は・・・」
青稜子が後ずさる。そんなつもりじゃなかった。
太一は、とっさに張った結界を解くと、久遠に言った。
「すみません、琉翔姫を押さえられなかった私が悪いんです。琉翔姫があかりさんを殴ったものだから・・・」
その言葉に久遠がきっと太一をふり返った。
「太一、いい加減に自覚を持たないと、そのうち本当に取り返しのつかないことになるぞ」
「はい・・・」
太一がうなだれる。久遠はあかりを見、やや穏やかな調子で、けれども厳しく言った。
「お前さんもお前さんだ。太一はあの程度でどうこうなるほどやわじゃあない。自分の力も理解せず、無茶をするな」
「はい・・・」
はあ、と久遠がため息をつく。いつしか空は晴れ上がっていた。
「とりあえず、服を替えた方がいいな。青稜子、今度あんな馬鹿をしてみろ、祓ってしまうぞ」
久遠は言うと二人を促して神社へと足を向けた。
「・・・またか」
一部始終を聞いた祭主が、深いため息をつく。
「まあ、琉翔姫と青稜子にはまだ事情を知らせていないからな。早く太一がきちんと琉翔姫を扱えるようになってくれるといいのだが」
と久遠。
「あれは、竜を縛りたくないらしいからな。ふふ、気持ちは分からぬでもない」
「そのような甘っちょろいことを」
「久遠、そなたのようには、皆そうそう割り切ることは出来ぬよ」
祭主は言って笑った。
「太一にとっては、琉翔姫は姉でありまた最も近しい友人でもあった。それを急に主従関係に切り替えろと言ってもなかなかな」
「大人しすぎるのだ、太一は」
久遠は歯がゆそうに言った。
「あのようなことでは白竜を受け継ぐことはできぬぞ」
「全くな。わしがぽっくり行く前には一人前の竜使いになってもらいたいものだ。もし万一の時は・・・」
「フン、お主ならまだ20年やそこらは大丈夫だろ。憎まれっ子世にはばかると言うからな」
「茶化すな、久遠。真面目な話だ。白竜を主のないまま、野放しには出来ぬ。だから、太一が一人前になる前にわしが逝ったらお主が白竜を負ってくれ」
「・・・・・・」
久遠は無言で目を遠くへやった。細い三日月が出ている。
「すまぬな。お主には、いつもいつも迷惑ばかりかけておる」
祭主の声はどこか暗い。
「ふ・・・しおらしいではないか、祭主。何を今更」
久遠はひょいと石灯籠から飛び降りた。
「案ずるな、お主がいなくなったら俺がみっちり太一を仕込んでやる。お主以上の竜使いにな」
言って軽く笑う。
「すまぬ」
祭主は深く頭を下げた。あの時の仲間も、今や久遠と自分の二人だけ。そして恐らく、自分は、久遠を最後の一人として残し先に旅立たなくてはならない。久遠の身に一体何が起こったのかは分からない。こちらが時間を飛ばされて別れたあの時のまま、久遠は少しも変わらず居る。
祭主が時間を飛ばされて、この空間に「いない」間、祭主の家族の面倒を見守り続けてくれたのは久遠だった。そして、一瞬のうちに未来へ出てしまった祭主を支えてくれたのも。久遠がいてくれたから、祭主の家族は戦争につぐ戦争のあの時代をもなんとか乗り越えて来られたのである。
「・・・あまりしおらしいと不気味だな」
久遠は言って笑った。いつもの式神をつれてついと夜空に浮き上がる。
「せいぜい耄碌せぬよう働くことだ。どれ、一寸散歩でもしてくるか」
そのまま久遠は月の光にとけ込んで消えてしまった。
「琉翔姫、いい加減にあの妖をどうこうするのはやめないか」
太一が言う。
「たーちゃんは、人が良すぎる」
琉翔姫はそう抗弁した。
「あのような・・・たーちゃんを傷つけたのだぞ?たーちゃんを襲った奴だぞ?」
「それは、お前があかりさんを殴ったからだろう」
「あの娘!たーちゃん、あのような親切面をした者に騙されてはならぬぞ」
「琉翔姫・・・」
ふー、太一はため息をついた。これは、話しておいた方が良いのかもしれない。
「彼女は特別なんだ」
「何が特別じゃ?見鬼能力があるからと言って・・・」
「そう、それが大事なんだよ。彼女さえOKを出してくれれば、将来妻になる人だ」
「・・・!!!」
琉翔姫が飛び上がる。
「さては・・・あの久遠のたくらみじゃな!」
止める暇もなく飛び出して行く。
「琉翔姫!」
太一は慌てて追いかけた。
「・・・なんだ、琉翔姫か」
式神の背に腰を下ろして物思いに耽っていた久遠は琉翔姫の姿を認めると小さく笑った。
「なんだ、何か言いたそうだな」
「どこまでたくらめば気が済む!」
「どこまでって?」
「太一とあの娘のことじゃ!」
「ああそのことか。琉翔姫、太一はもう子どもじゃないんだ」
「関係ないわっ。あのような・・・あのような・・・」
「彼女はいい子だよ。少しおっとりしてはいるけどね。琉翔姫、人はいつか独り立ちしなきゃいけない。誰しも。いつまでもお前の小さな太一ではいられないのだよ。人の命は短い。お前たちのように長く生きられるわけではない。その分成長も早いのさ」
「妾は、あの娘など認めぬ!」
「琉翔姫!」
「そなたは、いつもいつもそうして妾から大切なものを奪って行く。今度は・・・今度こそは・・・決して手放さぬ!」
琉翔姫は言い放つとものすごい勢いで飛び去って行った。
「ふ・・・嫌われたな」
久遠は笑うと式神の首をなでた。神社を継ぐ子どもが生まれると琉翔姫がつけられる。子どもは琉翔姫と共に育ち・・・そしてやがて独立する。嫌がる琉翔姫をその子どもから引き剥がすのは、久遠と親の仕事になる。琉翔姫が久遠を嫌うのも無理なかった。
竜と人とでは生命サイクルが全く異なっている。琉翔姫とて分かってはいる。いるが・・・それでもどうにもやるせない。
殊、頼りなげな太一は琉翔姫にとっては目に入れてもいたくない可愛い「子ども」だった。時期が来ても極力琉翔姫を縛らずにすごそうとする優しい太一が、琉翔姫にはこの上なく大切だった。
「琉翔姫」
困ったように太一が呼ぶ。琉翔姫は答えなかった。黙っていつもの定位置に戻る。手放すものか。今度こそは、決して。
青稜子は元気がない。そのつもりはなかったとはいえ、依代を殺しかけたというのは、さすがにプライドの傷つく事態である。
「もういいよ、じぃじ」
あかりが言うけれども、いじけて部屋で伏せている。
「なあ・・・あーちゃん、」
「なに?」
「なんであの男をかばった?」
「え・・・だって、じぃじ本気だったでしょ」
「ま・・・な・・・。あれの支配する竜があーちゃんを傷つけた。だが、あれはどうやら主人に関係なく動いているらしいな」
「みたいだね」
あかりは笑って青稜子の側に座った。
「少しわしもカーッとなっておったな」
青稜子が自嘲気味に笑う。
「うん・・・ありがとね」
「何故礼なぞ言う?」
「だって、青稜子は、守ろうとしてくれたんだもんね。一生懸命さ」
そうっとなでる。
「・・・時期、か」
青稜子はふっと笑った。
「なあに?」
「何でもない。人の子は成長が早いからな。あーちゃんは、あいつが好きか?」
「んー、分かんない。嫌いじゃないよ」
「そうか」
青稜子は言って首を上げてあかりを見上げた。
「少々頼りないが・・・まあ、あんなものか」
「そういえば太一さんね、青稜子好きだってよ」
「ふん」
青稜子は鼻を鳴らしてまた伏せの姿勢に戻ると、それっきり何も言わなくなってしまった。
結界を叩く気配がする。
「おや、青稜子ではありませんか」
エスクリットは驚きの声をあげた。この夜更けに珍しい客もあったものである。いつもならとっくに押し込んでいるところなのに。
「入るぞ」
「どうぞ。どういう風の吹き回しです?」
と言いつつも一定距離を保っている。青稜子は苦笑した。
「やれやれ、本当に相性が悪いらしいな」
「暴走するとあなた以上に厄介ですからね、私の力は」
「まあいい」
「依代を放っておいていいんですか?」
「一応結界は張ってきた。少し尋ねたいことがあってな」
「私に分かることでしたら」
エスクリットが離れて腰を下ろす。
「あの太一とは、どういう男なのだ」
「何かあったのですか」
「まあ・・・な」
青稜子は星風館を出た後に起こった事件を話した。
「ああ、それは、恐らくあなたのためですよ。半分はね」
「だろうと思う。馬鹿なことだがな」
青稜子にしてみればあかりを失うことの方がダメージが大きい。
「まあ、人の思考ですから」
「奴らはいつもいつも分かっておらぬのだ・・・いや、わしのことはいい。問題は太一だな。信用おけると・・・思うか?」
「そうですね・・・二人はとても似ていると思いますよ」
エスクリットは言って小さく笑った。
「よい夫婦になるでしょう。気の組み合わせ的には最良の組み合わせではない。けれどもこんな相性なぞというものは、いわば基礎数値を決定するだけのものでしかありませんからね。後は本人たち次第」
「そうだな。・・・まあ、あの男があーちゃんを泣かせるようなことをしたら、その時は食い殺してやればいいだけのことか」
青稜子はそんな物騒なことを言って笑った。
「邪魔したな」
青稜子が夜空に帰って行く。
「どういたしまして」
エスクリットは、愛想良く言って送り出した。
学校が終わって駅へと駆け出す。中間テスト準備期間で早く学校が終わるのがありがたい。電車を乗り継いで1時間半ほど。白竜主神社に近い駅で降りたあかりは、町を抜け田舎道を歩いていた。異様な気配に身を固くする。何か大きなものが近づいてくようだった。側で青稜子が低くうなった。
「動くなよ!」
あかりに言い置いて飛びかかって行く。青稜子がいてなお近づいてくる魔物妖怪の類というのも珍しい。
「・・・ふん、たわいもない」
不意にそんな声がした。
「あれ、琉翔・・・」
声をかけかけて、あかりがわずかに後ずさる。そこにいるのはいつもの琉翔姫ではなかった。火のようなオーラを纏いカッとあかりを睨め付けている。
「あ・・・の・・・えーと・・・」
思わず鞄を抱きしめて硬直してしまう。
「そなたが悪いのじゃ・・・」
「え・・・?」
何かは分からない。本能的なものか、反射的にあかりは身を伏せていた。
「外したか」
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
わけの分からぬまま転がって竜の攻撃を避ける。頬の脇をかすってちりちりと髪が焦げた。
「青稜子!」
思わずそう叫び助けを求める。ひときわ強い光が竜の体に集まり始めていた。
「そなたさえ・・・いなければ・・・」
何がどうなっているのか全く分からない。何故これほどの敵意を受けなくてはならないのか。あかりは、立ち上がることもできずに後ずさった。何が起こっている?
「食らえ!」
放たれた光の矢。青い影がざっと横切った。
「姑息な・・・真似を」
偽の妖を追わされていた青稜子である。さすがに竜の渾身の一撃は堪えたらしい。わずかに体が震えている。
「どけ、お前に用はない!」
竜が言う。
「誰がどくか!」
青稜子の体に青白い炎が立つ。
「ならばお前から散らしてくれるわ!」
冷気と炎とがぶつかり合い天地を揺らす。
「や・・・やめて!」
あかりは必死に叫んだ。いつものじゃれるような戦いでないことくらいは、すぐに分かる。
「お願い、やめて!」
あかりは半泣きで懇願したけれども、それで聞くような二匹ではない。
不意に声がした。
「やめるんだ!」
場を支配するような強い声。その声にしばられて竜と犬とは動きを止めた。
「たーちゃん・・・」
竜が凍り付いたようにふり返る。太一はあかりに歩み寄り助け起こすと詰問口調で言った。
「琉翔姫、これはどういうことだ。彼女に何をした」
「・・・」
こんな太一を見るのは始めてだった。完全に場を支配し切っている。あの青稜子でさえ言葉を挟めない。
「何故彼女を攻撃した」
「・・・その・・・娘が悪い!」
「彼女は大事な人だと言ったはずだぞ」
「妾・・・は・・・その娘など断じて認めぬ!」
「だからと言って攻撃したのか!自分が気に入らぬからと、人を傷つけたのか!」
「・・・・そなたには分からぬ!」
竜が叫ぶ。
「分かりたくもない」
太一は冷たく言い放った。
「太一さん・・・」
さすがにあかりが袖を引くが太一はまるで気づかないかのように竜に対峙している。
「そなたの・・・そなたのためじゃ!」
「情けないと思わないのか、琉翔姫。お前がそんなだとは思わなかった。いいか、今度彼女をわずかでも傷つけてみろ、お前を八億に散らして消してしまうからな!」
「太一さん!」
あかりが首を振る。が、太一は反応しない。竜は、しばらく太一とにらみ合っていたけれども、長い咆吼を上げ、飛び去ってしまった。
ふっと場の支配力を解いて太一があかりの焼けた髪に手を触れた。
「すみません・・・あかりさん。こんな・・・姿が見あたらないと思ったら・・・間に合ってよかった」
「大丈夫です。でも琉翔姫が・・・」
あかりの言葉に太一がふっと表情をゆるめる。
「確かに、ぼくは甘すぎたようです。彼女はずっといちばん近くにいて・・・頭が上がらないんですよね。それでついつい好きにさせてきたばかりに・・・」
「そうだぞ。まったくそのように情けないようではムコ失格じゃ!」
脇から青稜子が言う。
「すみません」
太一は青稜子に頭を下げた。珍しい竜使いもあったものである。
「ふん・・・」
青稜子はぷいと横を向いたけれども、ふと思いついたように言った。
「やれやれ、あのヒステリーババアと話をつけてくるか。そこの馬鹿、あーちゃんをしっかり守りしておれよ」
「青稜子・・・?」
あかりが不安げな声を上げる。
「すぐ戻る」
青稜子は言うと空へ駆け上って行った。
「いたいた」
青稜子は琉翔姫を見つけると苦笑混じりに声をかけた。
「まーだ泣いておるのか」
「うるさいっ!そなたには分からぬわ!」
「いい加減に諦めぬか。あれが人の子というものだ。あっという間に飛び立って行く性質のものだ」
「分かった風な口を!妾が太一にやりこめられたのを笑っておるのであろう!」
すっかりヘソを曲げた琉翔姫は泣きじゃくりながらそんなことを言った。
「やれやれ、
「偉そうな口をたたきおって!」
「琉翔姫、太一があかりを娶ったとしても、もう会えぬわけでもあるまい?」
「いやじゃいやじゃ、太一は妾のものじゃ」
「聞き分けのない」
青稜子はよいしょ、と腰を下ろした。
「それでも、飛び立って行く者を止めることはできぬ。太一が可哀相ではないか。太一は人間ぞ。物質に縛られた存在ぞ。その持てる時間はあまりに短い。それを見事生かし切れるよう手伝ってやるのが、親心というものであろう?一生あれをお前に尽くさせる気か?」
「妖のくせにきいた風な口をききおってからに」
恨めしげに琉翔姫が呻く。
「妖、妖、と馬鹿にするが、先刻お前のやったやり口は、それにももとるようなものだったぞ。自分でも分かっておろう?」
「嫌なものは嫌なのじゃ!もうたくさんじゃ!」
「なら、人から手を引くか?始めから持たなければ、失うこともない」
「・・・・・・」
わっとまた琉翔姫が泣き出す。
「琉翔姫、見守ってやらぬか、太一の歩む道を」
「そなたは・・・いいのか。依代が・・・」
「・・・太一を・・・な、」
青稜子は自嘲混じりに言った。
「殺そうとした。あの時お前が封じられてから」
「何!」
琉翔姫が色めき立つ。
「危うくあかりを殺すところであったよ。彼女が太一をかばったのだ」
「・・・・・・」
太一とあかりと。また似たような反応を・・・
「まだ好きなのかどうかは、良く分からぬのだとよ」
ふっと青稜子は言って笑った。
「そなたも偉そうなことは言えぬではないか!」
少し元気になってきた琉翔姫が言う。
「ふ・・・そうだな。だが、今は諦めたぞ」
「う・・・」
はあ、琉翔姫は深い息をついた。青稜子は含み笑い気味に言った。
「まあ、また、すぐにややこができる。ものは考えようぞ」
「・・・そうか・・・・・・そうじゃな。また小さい太一に会えるな」
ようやく涙の引いた琉翔姫が気を取り直したように顔を上げる。
「そういうこと。さてと、行くぞ。二人が待っていようからな」
空に向かって青稜子が駆け出す。琉翔姫も慌てて追いかけた。
「待ちゃれ!妖に遅れをとったとあっては、この琉翔姫一生の不覚じゃ!」
ぎゃー、どすんばたんばたんばたん。前ほど頻繁ではないにせよ、相変わらず青稜子と琉翔姫は格闘をしに星風館へやってくる。
「ああ、もうー、仕事にならないでしょーっ」
あまねが怒るけれども、右から左。そうしてそれは、太一とあかりが追いついてくるまで、大抵続くのである。
「す・・・すみません!」
やっとのことで追いついてきた太一が琉翔姫を捕まえる。
「たーちゃん、邪魔をするでない。一回こ奴とは決着をつけねばならぬ」
「つけなくていい!」
「たーちゃんには関係のないことじゃ。こりゃ、そんなことよりたーちゃん、ややこはまだか?」
「・・・!!」
太一とあかり真っ赤。
「ばっ・・・結婚もしてないのに、まだに決まってるだろ!」
「人間とは面倒じゃのお・・・エスクリット、そなたややこのできるまじないなぞないのか。それでぱぱっとだな・・・」
あかりがますます赤くなる。まったく彼女に嫌われたらこいつのせいだ。太一は思いながらえいっと琉翔姫の尻尾を引っ張った。
「琉翔姫、ものには順序というものがありますから・・・」
やんわりとエスクリットが言う。
「そうだぞ。そんなことも知らぬのか」
脇から青稜子が茶々を入れる。
「言うたな!この偏屈ジジイ!」
「ヒステリーババアに言われたくないな」
「こんの・・・やはり是が非でも一度決着をつけねばならぬようじゃの」
「おお、望むところ」
また竜と犬が構える。
「店内で暴れるんじゃなーい!」
あまねは、気配を察して箒を振り回した。まったく二匹のお陰で少しも仕事にならない。
「小さいの、下がっておった方が身のためじゃぞ!」
琉翔姫は言うと軽く気を放った。
「行くぞ!」
「おう!」
どかんごかんどがん。
「エスクリッ・・・ト・・・おわっ」
ひょいひょいと入ってきた久遠が、とばっちりの光球を受けて軽くのけぞる。光球は結界に当たりはじけて消えた。
「ふ・・・青稜子、琉翔姫、私を襲うとはいい度胸じゃないか・・・」
久遠がすっと錫杖を構える。それを見てエスクリットが悲鳴を上げた。
「久遠、お願いですから、あなたまで暴れないで下さい!」
久遠のパワーで暴れられた日には何が起こるか分かったものではない。久遠は、けれどもすっと目を細め笑った。
「悪いな、エスクリット。だが私は受けた仕打ちは十倍にして返す主義なんだ。もちろん耳揃えてその場でな!」
犬竜の仲 終
犬竜の仲 山狸 @yama_tanu
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