第2話 飛びだせファイト!

「気をつけるんだ、らいち君。まだ人が多い!」


「わかってる!」


 注意する右巳さんに答えながら、あたしは脚に力を入れて敵の居る方に一歩踏み出す。


 グン! と体が加速するのがわかる。今のあたしは風になれる!!


 駆けだして三歩でトップスピードに乗ったあたしは、三秒で五十メートルを詰める。女子の五十メートル走世界記録は五秒五九。つまり、あたしは世界記録の倍も速く走れるってこと。これだって、実はまだ全然本気じゃない。だって、あたしが本気出して走ったら、アスファルトの路面だってえぐれて割れるよ。


 これがあたしの超能力――脚力の超強化!


 猛スピードで走るあたしを見て周囲の人たちが驚いてるけど、実のところ世界記録の倍も速いなんて気付いてる人はいない。計測してなきゃ「速いな~」くらいの印象しか受けないんだよね。このあたり、あたしの超能力はPI機関うちの中じゃ使いやすい方だったりする。この前、PI機関うちに新しく入ってきた同学年の男子の超能力なんて電撃とかビームぶっ放したり電磁バリア張ったりするんで、見た目めちゃくちゃ派手だから人が多いところじゃあんまり使えないんだ。


 でも、一番驚いてたのは、あたしが狙ってる相手だろうね。見た目はすごく地味。背は高くも低くもなく、太ってもやせてもいない。白いポロシャツにクリーム色のスラックスと茶色い肩掛け鞄。黒髪を七三に分けて黒縁眼鏡をかけてる。休日なんで家族連れで遊びに来たけどはぐれちゃった若いお父さんといった感じの人。


 だけど、近づいてみたらわかったの。こいつがPSのテロリストで間違いないって。感知系の超能力者には劣るけど、あたしも至近距離だったら超能力者を感知することができるんだ。あたしの取り柄は高速で動けることだから、怪しいヤツに近づいてみれば、誰が超能力者か気付くことができるってわけ。


「貴様、NX-1601か!?」


 うめくように言ったテロリストが、何かの超能力を使おうとしたけど、そんな隙は与えないよ!


「その呼ばれ方、嫌いなの!」


 そう小声で言いながら、体ごとぶつかるような体勢でテロリストに体当たりしつつ、膝をテロリストの腹部に叩き込む!!


「ゲフっ!!」


 一瞬で悶絶して動けなくなるテロリスト。これでも手加減してるんだよ。いや、脚加減って言うべきかな。だって、あたしが本気で蹴ったら、内蔵破裂どころじゃないよ。マジでお腹に穴があくから。


 ちなみにNX-1601ってのはPSがあたしに付けたコードネーム。未確認超能力第十六号第一顕現けんげん体って意味らしい。


「あー、ごめんなさい! ぶつかっちゃったー!! 大丈夫ですか~?」


 わざとらしく叫びながら、介抱するふりをしつつ、武器とか隠してないか体のあちこちを探ってみる。ポケットの中に超能力化ナノマシン注入用の注射器がある以外は特に武器とか持ってないみたい。


「だから人混みで走るなと言ったんだ。すぐ救護所に連れて行こう」


 右巳さんたちも追いついてきて、苦しそうにしているテロリストに肩を貸すふりをしながら、抵抗できないように腕を押さえて、二人がかりで人混みから連れ出す。ユッキーは体力無いから、こういうとき全然役に立たないんだよね。


 結構わざとらしかったから、最悪ケンカとか暴行事件じゃないかって周囲の人たちに誤解されて警察呼ばれてもおかしくないけど、実はそうなっても問題は無いんだよね。秘密組織だけど表向きは公安調査庁所属。国家機関ではあるんで警察に行ってから身分明かせば何とでもできたりする。そのあたりは右巳さんに丸投げだけどね、あたしは。


 人気ひとけの無い方に移動しながら、右巳さんがスマホで仲間に連絡して捕虜回収用の車を手配してる。このあたりにも郵便車とか宅配便の配達車に擬装したのが居るはず。いつも五分とかからず到着するからね。


 だけど、そうやって仲間と合流する前に、招かれざるお客様がもうひとり来ちゃったみたい。


「パターン青、使徒ですよぉぉぉぉ!」


 超能力センサーの反応を見たユッキーがネタゼリフを叫んでたけど、その前にあたしは気付いてた。


「劣等なる旧人類どもよ、そしてそれに与する愚か者よ、我らが同胞を返してもらおうか」

 

 突然、目の前に全身黒タイツに黒覆面の変な男――PSの工作員エージェント――が現れてたの!


瞬間移動能力者テレポーターか!?」


 右巳さんが叫ぶ。マズっ、あたしにとって一番相性が悪い相手だ。だって……


「NX-1601よ、貴様がどれだけ速く走れようと、我には敵わぬ。我はいつ何時でも好きな位置に瞬時に移動できるのだからな」


 そう、あたしの一番特徴である動きの速さが通じない相手なの。


 あたしの額から冷や汗が一筋落ちる。それと同時に……


「ハッ!」


 あたしは、その場で何も無い所へオーバーヘッドキックを放っていた。


「グァッ!」


 オッケー、ナイスシュートぉ!!


 あたしの真後ろにテレポートしてきた黒ずくめは、あたしの放ったオーバーヘッドキックの直撃を受けて吹っ飛ばされた。この状況だったら真後ろ取りに来るだろうなって思ったから、黒ずくめから超能力反応が起きた瞬間に背後を蹴れる攻撃しかけてみたんだけど大当たりぃ~!


 なでしこジャパンに憧れて中学からサッカーやってるから結構上手いんだよ、あたし。脚が武器になるってことがわかってからカポエラとかサファーデって足技専門の格闘技も習ったりしてるけど、そっちは始めてから半年にもならないから、やっぱり慣れてるサッカーのキックの方が得意なんだよね。


 さあ、このチャンス、逃がしたりしないよ!


 あたしは地面で受け身をとって即座に起き上がると、今度は吹っ飛ばされてる黒ずくめに向けて蹴りを放つように脚を空振りする。


 すると、足の先から衝撃波が放たれて、体勢を立て直す前の黒ずくめに直撃する!


「おお~、ベノムストライクじゃないですかぁぁぁぁぁっ!」


 ユッキーが変なこと叫んでるけど、実は前に見せたときとリアクションがおんなじなんだよね。何か竜虎の拳とかKOFとかいう昔の格闘ゲームのキャラが使う技そっくりとか言って画像見せられたりしたけど、そんな生まれる前の古いゲームなんか知らないって!


 あ、でもそのとき見せられたKOFって方のゲーム画像に出てたギース・ハワードって渋いおじさまキャラは超カッコ良かったんで、一目惚れしちゃったんだよね。今度新しいゲームにゲスト出演するっていうから、それだけはやってみようかなー、とか思ってたり。


 さあ、トドメさすよ! 随分離れちゃったけど、あたしの脚ならこの程度の距離は一瞬で詰められるし!!


「き、貴様……」


「あたしのサイハイ味わってね!」


 何か呻きながら立ち上がろうとした黒ずくめの顔面に、あたしの飛び膝蹴りがきれいに決まる!


 それで完全にノック・アウト!!


「見事だ、らいち君。二名確保なら今回の任務は大成功だよ」


 倒れた黒ずくめの首に超能力発動防止リングを着けながら、右巳さんが褒めてくれた。そして、「お疲れ様」の意味を込めて、私の頭を軽くポンと叩いてくれる。そんな、ささやかなスキンシップでも、今のあたしには最高級のご褒美なんだよね。そう、今はまだ……


 でも、いつかきっと……


 なんてことを思ってたのに、邪魔する空気読めないデヴがいるのよね、この場には。


「いやぁ~、いつもながら凄いですよおぉぉぉぉ! やっぱり天才ですねえ、らいちちゃんは!! 何が凄いかって、サイハイソックスですよ、サイハイソックス! そんな発動条件聞いたことがない。しかも、それで発現する超能力が脚力強化! つまり、サイハイソックスでキックするってことで、これがホントの『サイキック』!! ……なーんちゃって」


 あたしは即座にユッキーを蹴り飛ばした。


「お後がよろしいようでえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ギャグマンガみたいなポーズで吹っ飛んでくユッキーに、アタシは思わず大声で叫んじゃった。


「全、然、よ、ろ、し、く、なあぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

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サイキッカーらいち 結城藍人 @aito-yu-ki

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