第129話 決行か?

「アイラっ、とにかくコール将軍のところへ行きましょうっ!」

「ギリギリ間に合ったと思って良いんだな?」

「……、……」

「ま、まさか、中止か? まだ辺りは暗いぞっ!」

「良いから早くっ!」

「あ、ああ……」

ヘレンは、俺をリュックに詰めると、尚も何か言おうとしているアイラに背負わせた。


 そして、物見台で絶叫しているローレン将軍に、

「コール将軍のところへ参りますっ!」

と叫ぶやいなや、駆けだして行く。


 あ、アイラっ!

 追えよ。

 まだ、中止と決まってないぞっ!


 ヘレンはコール将軍と話すと言っただけだ。

 だけど、みるみるうちに辺りが明るくなってるよ。

 このままだと、もうすぐ日が出ちゃう……。


「コロ……。ちょっと揺れるけど勘弁な」

「……、……」

ヘレンが駆けだして行って数瞬後、そうリュックの俺に言ってアイラも走り出す。


 しかし、ほとんど揺れてはいない。

 階段を下っているのに、その衝撃すらも伝わって来ない。

 その割に、必死に走っているヘレンにすぐに追いつくと、

「先に行って、コール将軍にヘレンが来ることを伝えておく……」

「……、……」

と言い残し、サラッと追い抜いて見せた。





「アイラっ! 戦況はっ?」

「緊縛呪が炸裂して、ギュール軍は混乱してる……。だけど……」

コール将軍は、姿を見せたアイラに勢い込んで尋ねた。


「だけど? 混乱が小さいのか? それとも、不測の事態か?」

「いや……。コロが兵器の足も止めたんで、混乱は予定より大きい。ローレン将軍が今、兵器に向かって火矢を射掛けまくってる」

「それなら決行だな? ほら、おまえ用に馬も用意してあるっ! 剣はこれを使えっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……。今、ヘレンが来る」

「ヘレン? おまえに決行の決断を伝えたのではないのかっ?」

「それが……。東の空が白みだしちまったんだ」

「……、……」

「辺りはまだ暗いけど、生け捕りにしたダーマー公を連れて帰るころには……」

「帰り? そんなもの、どうにでもなるっ! 行くぞっ!」

「ま、待ってくれ、コール将軍っ! 今、東側の指揮者はヘレンだ。とにかく、あいつが言うことを聞いてからにしてくれっ!」

コール将軍と騎兵隊は、すでに騎乗している。

 砦の通用門を開けさえすれば、すぐに突っ込める状態になっており、ヘレンを待てと言うアイラに、皆噛みつかんばかりの視線を送っている。





「義彦……。聞こえますか?」

聞こえるぞっ!

 あ、暗黒オーブっ!


 今、ダーマー公の本営に突っ込むか中止かの瀬戸際なんだ。

 ヘレンが来るまで分からないから、ちょっと待ってくれっ!


「ヘレンは決行します」

えっ?

 そうなのか?

 暗黒オーブには分かるのか?


「闇を解放しなさい。すぐに……」

闇?

 解放してどうするんだよ?


「騎兵隊を闇で覆うのです」

それは分かるけど、外は白み出しているんだぞ?


「闇で覆えばダーマー公の本営にたどり着けます。ギュール軍は動転しているので、闇で覆われた騎兵隊なら大丈夫です」

うん……?

 正直、何だか分からないけど、やってみるよ。


 う、うわっ……。

 また、闇が充満してきてる。


 だけど、俺、解放するの苦手なんだよな。

 今も脱力しているんだけど、全然闇が体外に出て行かないよ?


「義彦は闇を蓄える器が大きいのです」

器……?

 大きいの、俺?

 人間としての器は小さかったけどな。


 あ、でも、何かそうかもしれない。

 凄く闇が貯まってきてるのが分かるよ。

 もう少し貯まるかな?

 そうしたら解放すれば良いんだよな?


「……、……」

お、おい……。

 急に黙るなよ。

 暗黒オーブ?

 なあ、おいったら?





「こ、コール将軍っ!」

「ヘレンっ! どういうことだ? 何故、アイラに決行すると言わせないっ!」

「お待ち下さいっ! 決行はしていただくつもりですっ! ですが、しばしお待ちをっ!」

「突っ込んで良いのだな? 待てとは、何を待つのだ?」

ヘレンは息がきれたのか、ゴホゴホと咳き込む。


 無理もない……。

 普段、ついぞ走ったことなんかないからな、ヘレンは。


 決行?

 やっぱり暗黒オーブの言う通りだったな。


 ……ってことは、もしかしてヘレンの奴、闇の覆いを指示だししに来たんじゃないのか?

 暗黒オーブと同じことを考えていたってことか?


「なっ? アイラ……。その後ろから漏れているのは何だ?」

「んっ? あ、闇だな……。これが暗黒オーブの闇だよ、コール将軍。だけど、コロ? 何だ、何をやってるんだ?」

「うっ、ひ、拡がって行くぞっ! こ、これはっ!」

「ま、まさか? 騎兵隊を闇で……?」

コール将軍が、騎兵隊を覆って行く闇に絶句する。


 ……って言うか、この闇、いつもより薄くないか?

 あ、もしかして、辺りが白み出してるんで、それに合わせてるってことか?


「そうよ、コロっ!」

「……、……」

「出来る限り闇で騎兵隊を覆うのよっ!」

「……、……」

「コール将軍、闇に覆われた騎兵だけで行っていただきます。ですから、どれだけ覆われるかしばしお待ち下さいっ!」

「こ、これを伝えるために……。へ、ヘレン、分かった。だが、この勢いだと全部覆ってしまいそうだぞ?」

「私達はまだコロの力の上限を知りません。ですので、これは賭けだったのです。どのくらい覆えるかで、決めるつもりでおりました」

「もう、良いんじゃないか? ほぼ全部覆われたぞ……。さ、三百からの騎兵が」

す、凄いな……。

 闇が、すっぽり騎兵隊を覆っている。


 この闇が全部俺から出たのか?

 ……って、この小さい猫の身体の何処にこんな闇があったんだ?


「コール将軍……。もう一つお伝えしたいことが……」

「何だ? ヘレンっ! 申してみよっ!」

「この闇で隠れるのは、ダーマー公の本営に辿り着くまででございます」

「うむっ……。帰りのことは心配するなっ! ダーマー公とアイラ……。それにコロだけは命に替えても砦に届けてみせるっ!」

「いえ……、大丈夫です。帰るころには、また辺りを闇が覆いますので……」

「何っ? どういうことだ? 日が出てしまうのだぞっ!」

「大丈夫でございますっ! 私の言葉を信じて下さいませっ!」

「うっ……。わ、分かったっ! とにかくダーマー公を捕らえて戻って来れば良いのだな?」

「その通りでございます。ご、御武運を……」

「うむっ!」

ヘレンはそこまで言うと、再び咳き込んだ。


 コール将軍はそれにチラッと目をやると、

「開門っ!」

と、叫ぶ。


 えっ?

 また闇が覆いますってどういうことなんだよ。

 暗黒オーブだって、そんなことを言ってなかったぞ。


 それに、日が出たら闇はかえって目立ってしまう。

 ヘレンにそれが分からないわけはないよな?


「アイラ、付いてこられるか? 我が騎兵隊は精鋭揃いだぞ?」

「ふふっ……。悪いけど、先頭はあたしがきらせてもらう。遅れて闇から出ないように、兵士達に言っておくんだな」

「そうか……、自信があるのなら結構だ。先頭でも何でも好きにすれば良い」

「シュレーディンガー家の血筋を舐めるなよ……、コール将軍」

「……、……」

「大丈夫だよ、何があってもあたしはダーマー公とコロを連れてここに戻ってくる。悪いが、あんた達の面倒は看られないのでそう思っていてくれ」

アイラはそう言うと、馬に乗りコール将軍から渡された剣を引き抜いた。


 通用門が、ギギギっ……、と鈍い音を立てて開き出す。


「行くぞっ!」

コール将軍の号令が響く……。


 その声に反応したアイラが、いち素早く通用門目がけて馬を走らせた。

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『異世界聖猫伝』猫なんだから、放っておいて てめえ @temee

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