第128話 緊縛呪発動!

「暗黒精霊の御名に於いて、オーブよ目覚め聞き届けよ……」

いつもとは違い、俺自身が呪文を頭の中で唱えてみた。


 どうしてそうしたのかは、俺にも分からない。

 だけど、この緊縛呪だけは、俺自身が撃ちたかったんだ。


「……、精霊の意志によりて、緊縛の錠を召喚す。現れ来たり、力を示せっ!」

俺の中に闇が満ちる。


 うん……、いつも通りだ。

 頭の先からつま先まで、びっしりと闇が膨れ満たされていくのを感じる。


 そうか……。

 いつも暗黒オーブに頼んでいたけど、ちゃんと呪文を暗黒オーブに伝えれば、発動するんだな。


 ……って、他のオーブの使い手は皆そうしていたんだから当たり前か。

 今まで、俺だけが頼りっきりだったんだな。


 暗黒オーブ……。

 闇が体外に出たら待機しておいてくれよな。

 合図はアイラがしてくれるから、それまで待ってくれ。


 それと……。

 出来るだけ多くの兵を戦闘不能にしたいんだ。

 戦える者が多ければ多いほど、ギュール軍は抵抗すると思うからさ。


 だけど、それって無益なことじゃないか?

 緊縛呪が放たれれば、兵器が砦に隣接しても意味はない。

 だったら、ギュール軍が諦めるくらい多くの兵士を戦闘不能にしたいと思うんだよ。


 あ、出来る限りで良いよ。

 緊縛呪の威力は俺の能力にもよるんだろうから、ダメならいつも通りで良い。


 あとでダーマー公の本営にも撃たなければならないし、無理はできないからさ。

 でも、出来る限り、やってみてくれ。

 俺自身も、自分の能力の限界ってものが知りたいしな。


「ニャっ!」

気合いを入れて発声すると、俺は尻尾を強く振るう。

 それとともに、闇は尻尾の先から体外にあふれ出した。


「な、何だ……? こ、この闇は一体……」

「ローレン将軍、これが暗黒オーブの魔術、緊縛呪でございます」

「お、おおっ! や、闇が球になっていく……」

「この闇の球は、細かく分裂して目指す相手にだけ降り注ぎ、標的以外の物に当りましてもすり抜けて行くのでございます。高速の上、標的を追尾いたしますので、避けることも出来ません」

「へ、ヘレン……。もう少し引きつけてから撃った方が良いのではないか? まだ、遠すぎる。ここからでは火矢が届かんっ!」

「ご心配なさらなくて大丈夫でございます。この状態で待機することが可能ですので」

「た、待機出来る? こ、こんな闇が自由自在に操れるとでも言うのか?」

「はい……。それがコロの力でございます。オーブが光るほどの使い手……。伝説の使い手と言って良いと思います」

ローレン将軍……。

 ヘレンの言う通り、待機出来るから大丈夫だよ。


 それにしても、今日のは特に大きいな。

 この間馬車の中で撃ったときより、更に三倍くらい大きいんじゃないか?


「あ、あれ何だ?」

「や、闇か?」

「浮いてる……、何なんだ?」

「もしかして、あれがさっき将軍とヘレンが話していた緊縛呪ってやつか?」

「そ、空にぽっかり穴が空いたようだ……。こ、こんなことって……」

闇の球を見た兵士達が、口々に感嘆の声を上げる。

 先ほどまで統制のとれていたローレン将軍の部隊に、動揺が拡がっていく。


「し、静まれっ!」

「……、……」

「恐れることはないっ!」

「……、……」

「これが暗黒オーブの魔術だそうだ。喰らえば戦闘不能になるらしいが、標的以外に害はないっ!」

「……、……」

「暗黒オーブの使い手は、我が軍の味方っ! 何ら恐れることはないっ!」

「……、……」

ローレン将軍の甲高い声が闇夜に響く。

 それと同時に、ざわついていた兵士達が一斉に口を閉じる。





「アイラ、コロ……。まだよ」

「ああ、分かってる。まだ遠いよ」

ヘレンの声がうわずっている。


 もう兵器はあと数百メートルのところまで来ている。

 一機につき、馬が三十頭も引いているだろうか?

 速い……。

 あんなデカイ物がバランスを崩しもせずに押し寄せて来るなんて……。


 だけど、これでももしかしてゆっくり移動しているのかな?

 後ろの兵士達が付いてこられないといけないから。


 ああ、頭頂部に、兵士が見える。

 剣や盾を構えて、物凄い形相をしているのまで分かる。


 も、もう、良くないか?

 アイラ……、まだかい?


「コロっ! 撃てっ!」

「ニャっ!」

俺の合図とともに、球の下部から、ピンポン球大の小さい球が次々と撃ち出された。


「おおっ! 闇が飛び散るっ!」

「……、……」

「な、何と言う早さ……」

「……、……」

ローレン将軍が声を上げる間にも、闇の小さい球は、兵器と兵器を引っ張る馬に向かって降り注ぐ。

 その数は数えようもないが、静かに移動し、音もなく標的に吸い込まれて行くように見える。


 馬……?

 ああ、馬上の兵に向かって撃ったのか。

 それで足を止めようと言うのか?

 隣接そのものを出来ないようにするってことなんだろうけど……。


「へ、兵器がっ!」

「将軍っ! 止まりましたぞっ!」

「あれだけの速度で近づいていたのに……」

「ローレン将軍っ! ご、御指示をっ!」

「……、……」

弓兵達から驚嘆の声が上がった。


 しかし、ローレン将軍からはまだ何の指示も出ない。


 お、おいっ!

 ローレン将軍っ!

 何をやってるんだよっ!

 呆然としてる場合じゃないぞっ!


「み、皆の者っ! う、撃てぇっっっっ!」

アイラも、ヘレンも、兵士達も……。

 皆がローレン将軍に注目する中、ようやく我に返ったローレン将軍が大音声で号令を掛ける。


 そして、それとともに無数の火矢が放たれ、闇夜を切り裂いて兵器に突き刺さる。


 せ、成功したんだよな?

 緊縛呪は……。


 止まったんだからな、十機もあるすべての兵器が。


「コロっ! 良くやった。頭頂部の敵兵は、全部戦闘不能だぞっ!」

「……、……」

「おまえ、馬の方にも撃っていたじゃないか。あれも凄く効果がありそうだぞ。移動出来なきゃ、隣接は出来ないだろうからなっ!」

「……、……」

あ、アイラ……。

 馬の方に撃ったのは、暗黒オーブの独断だよ。


 だけど……。

 暗黒オーブのやつ、俺が出来るだけ相手を諦めさせたいと言ったら、すかさず一番効果的なところに撃つなんて……。


 兵器は重そうだからな。

 馬だって、兵士からの命令がなきゃ牽きたいとは思わないってことか。


 それにしても、ちょうど良いところで止まったな。

 砦まであと三十メートルってところか。


 ほら、見て見ろよっ!

 兵器の後ろに続いている兵士達があわてふためいてるぞっ!

 そりゃあそうだよな。

 突然、こんなデカイ物が止まっちゃったんだからさ。

 おまけに、頭頂部にいる兵士達がいるから、たとえ隣接出来ても、砦には取り付けないしなっ!


「撃て、撃てぇっっっ! 兵器さえ焼いてしまえば敵は砦に取り付けんっ! ありったけの火矢で、兵器を焼くのだっ!」

「……、……」

ローレン将軍が狂ったように号令を繰り返す。


 い、行けるぞっ!

 この混乱ぶりなら、ダーマー公の本営にっ!


 ほら、何とか兵器を砦に近寄せようと、ギュール兵が束になって動かそうとしてるよ。

 だけど、ちっとも動かないし、動かそうとしている兵士目がけて矢が降り注いでる。


 うん……。

 多分、ヘレンが予定していたよりも大きい混乱だよ、これは。

 暗黒オーブっ!

 おまえのお陰だよっ!





「アイラ……。あれを見て……」

「ああ、分かってる」

砦の内外が騒然とする中、ヘレンがアイラに近寄りささやいた。


 な、何だよ、ヘレン?

 やけに冷静な声を出しちゃって……。

 アイラも、さっきまでの威勢はどうしちゃったんだよ?


「夜が明けるわ」

「……、……」

あ……。

 そ、そんなっ……。


 砦の正面に気がいっていた俺は気がつかなかった。

 だけど、ヘレンが指さした東の空には、夜明けを告げる日の光が拡がり始めていた。

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