第127話 勝利より負けないこと
「ローレン将軍……。私も必ず勝てるのなら、ローレン将軍にダーマー公の首を取って来ていただきます」
「ふむ……。では、必ずダーマー公の首を取ると約束しよう。もし違えたときには、この命をもって償いとする。それで良いな?」
「いえ……。それでもローレン将軍に行っていただいては困ります」
「何故だ? ヘレン……。言っていることが分からんっ!」
ヘレンは、ローレン将軍の目を真っ直ぐに見た。
だが、ローレン将軍もまた燃え立つような視線をヘレンに注いでいる。
「今、申しました通り、必ず勝てるのなら……、でございます。ダーマー公の首をとっても、この戦争は終わりません。そして、勝利もないのでございます」
「何っ! その方、自分の言っていることが分かっているのか?」
「ダーマー公は傀儡……。操られております」
「あ、操られておるだとっ?」
「はい……。ですので、ローレン将軍が命を懸けて首を取りに行く価値がございません」
「……、……」
「ですので、生け捕りにするしかないのでございます」
「……、……」
「ダーマー公の身柄を確保して交渉に持ち込み、真の敵を引きずり出し戦争を終えるのが私の策でございます」
「……、……」
ローレン将軍は、不意を突かれたかのような表情になった。
多分、ヘレンの言っていることの意味を理解してはいないだろう。
それが証拠に、肩を怒らせて、今にもヘレンに掴みかかりそうな素振りを見せる。
だが、何がそれを押しとどめたのかは分からないが、ローレン将軍はその場から動かなかった。
憤怒と困惑がごっちゃになったような良く分からない表情を浮かべ、力みかえった身体を強張らせながら……。
「で、デニール王子は、委細を御存知なのだな?」
「はい……。デニール王子、コール将軍には策の背景から全貌まで、すべて話してございます」
「……、……」
「ローレン将軍に隠していて申し訳ございません。ですが、すべてはロマーリア王国、及び、デニス国王陛下の御為でございます。ご無礼の数々、平にお許し下さいませ」
「分かった……、もう良い」
「……、……」
ローレン将軍はしばしの沈黙ののち、そう言って引き下がった。
いや、引き下がったと言うよりは、不満を丸呑みにした感じだろうか。
白髪の頭から湯気が出そうなほど顔は赤いが、それでも口調が穏やかになり、全身から力を抜いたようだった。
「ローレン将軍……。此度の決戦は、勝つことより負けないことが肝要でございます」
「……、……」
「こちらは極力傷付かず、真の敵に備えて戦争を終わらせるのでございます」
「傷付かず……、か」
「はい……」
「武人には考えつかん発想だな」
「……、……」
「だが、もう何も言うまい。主命に従うまで……」
「……、……」
「兵器を撃ち返したら、すべてを聞かせてもらおう。そうでなくては、我が軍勢の兵士に示しがつかんからな」
「はい、必ずや、すべてを説明いたします」
「兵器を撃ち返すこと……。火矢を射掛けること……。これが我が弓隊の役割でそれを全うすれば良いのだな?」
「はい……。仰せの通りにございます」
「……、……」
ろ、ローレン将軍?
そんなに落ち込んだ顔をするなよ。
別に、戦功を挙げられないわけじゃないんだからさ。
ローレン将軍の役割だって、物凄く重要だと思うよ。
俺が緊縛呪でギュール軍の全部を止められるわけではないんだからさ。
たださ……。
武人の気概みたいなのが見えて、俺、ちょっとローレン将軍のことを尊敬したよ。
本当に命を懸けられるんだな、国とデニス国王のために……。
そのためには自分の命なんか投げ出せるってことなんだろう?
俺はさ、そんな覚悟はないよ。
今も怖くてたまらない。
暗黒オーブがなければ何も出来ない猫だからな。
だけど、ローレン将軍のその気持ちに報いるために精一杯やるからさ。
だから、今だけは信用しておくれよ。
いきなり言われて混乱しているんだろうけど。
「伝令っ!」
「申せ……」
「兵器が一斉に動き出しましたっ!」
「うむ……」
ローレン将軍は伝令を一にらみすると大股で歩き、天幕を出て行く。
そして、
「皆の者っ! 配置に付けっ!」
と、大音声で指示を出した。
兵士達は、何も言わずにサッと動き出す。
その様は、一つの大きな物体が闇の中でうねっているように見えるほど統率がとれており、速やかでもあった。
「ヘレンっ! 一緒に付いてこい。見張り台に参るぞっ!」
「はいっ!」
「その猫も連れてくるのを忘れるな」
「仰せのままに……」
大丈夫だよっ!
言われなくても、ちゃんと付いていくよ。
だけど、やっぱ将軍って地位にまで上り詰めてる奴は違うな。
さっきまで物凄く感情的になっていた感じだったのに、すぐに切り替えたものな。
「コロっ! さあ、おいで……」
「ニャっ!」
「いよいよだけど、緊張してない?」
「……、……」
「見張り台にはアイラもいるから、もし、怖くなったらアイラにしがみつきなさい。アイラなら何があってもあなたを守ってくれるから大丈夫よ」
「……、……」
ヘレン……。
俺のことを心配しているけど、おまえは怖くないのか?
自分のことは大丈夫なのか?
そうだな。
俺はアイラにしがみつくよ。
だって、人が大勢死ぬんだよな?
勝っても負けても……。
多分、兵器の中に取り残されたら、火が回って助からないよな。
俺達がしようとしていることは、閉じこめて焼き殺すってことだよ。
なあ、そう言うことだろう?
ごめん……。
弱気になってるわけじゃないんだ。
兵器を撃退しなきゃ、砦が落ちちゃう……。
それも分かってるんだ。
だけど、お互いに殺し合わなきゃいけないのに、何故、ギュール軍は攻めてくるんだろうな?
港なんていらないんだろう、本当は。
ダーマー公を操って……。
水の魔女を虐げて……。
嫌がる炎帝に、無理矢理パルス自治領を襲わせて……。
ギュールの国民だって、マサみたいに嫌がってる人だっているのに……。
ヘレン……。
戦争を止めれば、今よりは少しマシになるかな?
そのために俺はやるんだよな……?
「そうよ……、コロ」
「ニャっ?」
「戦争さえ止めれば、必ず今より良くなるわ」
「……、……」
お、おまえ……。
俺の気持ちが分かるのか?
「コロ……。私も怖いわ。でもね、戦争を止められるのは、私達だけなの」
「……、……」
「アイラ、エイミア、コロ……、そして私」
「……、……」
「誰一人欠けてもダメなのよ」
「……、……」
「分かる? 言ってることが……」
「ニャっ!」
あれか……。
俺の目にもハッキリ分かる。
塔のようなものが近づいて来るのが……。
うん、後ろに兵がいるみたいだな。
あの黒々としている影みたいなやつ、そうだろう?
あの軍勢が兵器の中を通って乗り込んで来るのか。
だけど、そうはさせないっ!
絶対に阻止してやるっ!
「コロ……。緊縛呪の射程が長いことは分かってるけど、出来る限り引きつけてから撃て」
「……、……」
「引きつけないと、ダーマー公の本営に突っ込み難いからな」
「……、……」
「それに、遠いと火矢も届きにくくなる」
「……、……」
分かったよ、アイラ……。
「大丈夫、撃つタイミングはあたしが指示する。いつも通りやれば良い」
「……、……」
ヘレンもアイラの言葉にうなずく。
そして、俺をアイラに渡す。
「これ、エイミアから……」
「袋……? ああ、コロを入れておけって言うのか」
「必要でしょう?」
「ん……。紐で縛るつもりだったんだけど、この方が良いな」
あ、アイラの言っていた林のところに軍勢が入ったよ。
兵器がその横を通り過ぎていくぞっ!
「もう少しだ……。コロ、心配だったら、もう緊縛呪の球を出して準備しておけ」
「……、……」
「そこまでやっておけば、あとは撃つだけだからな」
「……、……」
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