第126話 奮戦の報
「ヘレンっ! ヘレンはおらんかっ?」
「はい、ここにおります」
少し待機している兵がざわつく中、ローレン将軍の甲高い声が響いた。
呼ばれたヘレンは天幕の中に入って行き、俺もそのあとに続く。
「兵器の部隊はまだ動かんのか?」
「はい……。アイラが見張り台にいるはずですが、まだ何も言って参りません」
「ふむ……。だとすると、これは明け方を待っておるな。まあ、その方が弓隊としては目標が見やすくて助かるが……」
「……、……」
「だが、火矢だけであの兵器が止まるのか? さきほど実際に見てきたが、あれが燃え尽きるまでには相当な時間がかかる。兵もそれを心配しているのだが……?」
「そのことでございますか。火矢だけでは、あの兵器は止まりません」
「な、何とっ? ではどうするのだっ! デニール王子が任せて大丈夫だと仰せだからその方の指揮に従っているのだ。止まりませんでは済まされんぞっ!」
「策がございます」
「策っ? 申してみよ」
「暗黒オーブの使い手が、兵器の頭頂部にいる者達に緊縛呪を撃ちます」
「暗黒オーブだとっ? その方は先日言っていたではないか。暗黒オーブの使い手ではないとっ! まさか、その言葉に偽りがあったと言うことではあるまいな?」
「偽りは申しておりません。私は暗黒オーブの使い手ではありません。その噂は真っ赤な嘘でございます」
「なら、その暗黒オーブの使い手は何処にいるのだ? もうすぐ兵器が突っ込んでくる。備えるためにも、ここに召し出さなければなるまい」
「暗黒オーブの使い手はここに来ております。ローレン将軍の御前に……」
「御前? 誰もおらんではないかっ! 目の前にいるのはその方だけでは……」
「いえ、確かに暗黒オーブの使い手はここにおります」
ヘレンはニッコリ笑ってそう言うと、おもむろに俺を抱き上げた。
そして、首輪の袋を外す。
「ま、まさか……」
「はい……。このコロが暗黒オーブの使い手でございます」
「……、……」
「申し訳ございません。このことはデニス国王陛下から隠すように厳命されておりましたので、今までは申し上げられませんでした」
「……、……」
「ですが、コロは猫ですが私の言葉も理解しますし、指示をしなくても状況を把握して魔術を発動させます。緊縛呪の威力については、二個中隊を数秒で戦闘不能にするほどのものですので、策になんら支障はございません」
ろ、ローレン将軍?
口をポカンと開けてるとアホに見えるよ。
まあ、皆、そう言う反応を見せるから、俺はもう馴れっこだけどね。
だけど、部下に見られたらまずいと思うよ。
「そ、そんな重大なことを……。だ、だが、陛下が口止めしていたのなら仕方がないのか……」
「緊縛呪は狙った者目がけて飛んでいきますし、標的が動いても追尾しますので逃れられません」
「……、……」
「ですので、たとえ兵器を隣接されてもギュール軍は砦に取り付くことは出来ないのでございます」
「すると、敵がまごまごしている間に、火が回ると言うことだな?」
「はい……。兵器撃退の策は、このコロありきで成り立っているのでございます」
ローレン将軍は事態を理解しだしたのか、武人らしい顔に戻り俺を見つめる。
……と言うか、ローレン将軍、声が大きいよ。
それじゃあ、天幕の外にダダ漏れだよ?
まあ、ヘレンはもう公表するつもりみたいだから、問題ないのだろうけどね。
「で、では……。ヘレン、その方の指揮に従っていれば大丈夫なのだな? デニール王子もこのことは御存知なのだな?」
「はい……。万に一つも敗れる恐れはないかと……。緊縛呪で戦闘不能にされた者は、特別な処置をいたしませんと動けるようにはなりませんから」
「……、……」
「それよりは、砦の西側が心配でございます。陽動のためとは言え、ギュール軍は相当な兵数を割いて攻めておりますので」
ヘレンは、穏やかな口調ではあるがキッパリと言い切った。
それを聞いたローレン将軍も少し安心したのか、小刻みにうなずいて見せる。
「西側は大丈夫だ。ドーソン将軍がいるからな」
「……、……」
「あやつのあの笑い方と人格は、正直、感に触る。だが、武人としてのあやつは一流だ」
「……、……」
「この砦でも、何度あやつの奮闘ぶりで助かったか知れん。今、一万五千で攻められているようだが、倍でも三倍でも耐えきれる。心配はいらん」
「ローレン将軍がそこまで仰られるのであれば、大丈夫でございますね」
「ふんっ……。ソリは合わんが、付き合いは長いからな」
「……、……」
「その内、伝令が入るだろうが、きっとドーソン将軍が奮闘して食い止めておる報だ」
「……、……」
そ、そんなに強いのか、ドーソン将軍って?
あの「ダハハハハ」には参るけど、デニール王子が気を遣うだけの人物ではあるんだ。
ローレン将軍もうざったそうなことを言ってはいるけど、相当認めていることは確かなんだろうな。
ほら、その顔……。
ちょっと誇らし気に見えるよ。
同世代のライバルが活躍するのって、何気に嬉しいものなのかな?
俺にはそう言う存在がいないから分からないけどさ。
「伝令っ!」
「うむっ……」
「砦の西側にて、ドーソン将軍と麾下の部隊が敵を圧倒しておりますっ!」
「そうか」
「増兵されたコール将軍の兵も勇敢に働き、大打撃を与えるのは必至でありますっ!」
「分かった……。下がって良い」
「ははっ!
「……、……」
ローレン将軍は出て行く伝令の兵士を目で見送ると、ヘレンにうなずきかけた。
その顔には、
「どうだ、わしの言った通りだっただろう?」
と言いたげな笑みがこぼれている。
「そろそろ兵器が動くかも知れません……。ギュール軍にも西側の戦況が入っているでしょうから」
「そうだな。ドーソン将軍が奮闘すればするほど、ダーマー公も焦るだろう」
「ローレン将軍……。これも内密にしておりましたが、もう直前に迫っておりますのでご報告申し上げます」
「報告……? コール将軍のことか? ダーマー公の本営を強襲するつもりなのであろう」
「コール将軍からお聞きになられましたか?」
「いや……、あやつは何も言ってはおらん。あれは主命を全うするためなら親兄弟にも口を割らん男だ」
「では……、ご推察なさっておられたのですか?」
「うむ……。コール将軍ほどの猛者がわざわざ騎兵で待機しておるのだ。それなりの理由があってしかるべきであろう」
「ご賢察でございます」
おおっ!
ローレン将軍って意外に切れ者だったりする?
俺、単なるむっつりスケベなおっさんかと思っていたよ。
「だが、何故、あれほど少数なのだ? ダーマー公の首を取るのなら、兵が多い方が良かろう?」
「それは、ダーマー公を生け捕りにしたいからでございます」
「生け捕り? つまり、人質をとって交渉しようと言うのか?」
「はい……」
「むう……。だが、それなら夜が明けてしまったらまずいではないか。少数で動くと言うことは、隙を突くのが眼目なのだろうからな」
「……、……」
「ふむ、それでか……。いつになくその方がそわそわしていると思っていたが、早く攻めかけて来てもらいたいのか」
「ご明察でございます」
「だがな……。もし、夜が明けてしまったら、コール将軍の騎兵の後ろから、我が弓隊が突っ込めば良かろう。生け捕りは難しいだろうが、ダーマー公の首を取ることは可能かも知れん」
「いえ……。それはデニール王子から止められておりますっ! 一か八かのような策を仕掛けてはならぬと……」
「ふふっ……。デニール王子はまだまだ修羅場を知らんな。だからこの戦争が終わらんのだ」
「……、……」
「勝てると思ったら、一瀉千里に進むのみだ。ヘレン……、分かるか?」
「……、……」
そう言うと、ローレン将軍はニヤリと笑った。
これが武人……。
幾多の戦場をくぐり抜けてきた者だけが持つ凄味が、俺にそれを感じさせた。
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