第125話 決戦の序章
「伝令っ!」
「うん……」
「砦の西側にて、ギュール軍が動き出しましたっ!」
「うっ……。それで?」
「ドーソン将軍がすでに迎撃準備を調えておりますっ!」
「動き出した敵兵はどのくらい?」
「歩兵、約五千とのことっ!」
「うん、分かった。ドーソン将軍なら大丈夫だと思うけど、油断しないように伝えて」
「はっ!」
「他の部隊も動き出したら、また伝令に来て」
「はっ!」
「下がって良いよ」
「ははっ!」
デニール王子の表情が引き締まる。
「そうだよね……。このタイミングで攻めないわけはないよね」
「……、……」
「だけど、五千ばかりじゃ何もならないのは向こうも分かっているはず。それに、陽動なら、あと一万は動いてくる」
「……、……」
デニール王子は、誰に言うともなく呟く。
……って、俺に言ってるのかな?
「コロ、僕は敵軍がもう少し動き出したら西側に詰めるよ。だから、コロもそろそろヘレンのところに行った方が良いかもしれない」
「……、……」」
「砦の中はごたついているだろうけど、君なら問題なくヘレンのところに行けるだろう?」
「ニャア」
「じゃあ、お行き……。頼むよ、君の力が頼りなんだからね」
「ニャっ!」
了解っ!
じゃあ、ローレン将軍のところで待機するよ。
デニール王子も頑張ってね。
「あ、コロっ! 捜していたのよ」
「……、……」
「これから砦の東側に行くところ?」
「……、……」
「ちょっと待って、私も行くから……」
「ニャっ!」
え、エイミア……。
俺のこと心配してくれていたのかな?
エイミアだって忙しかったんだろう?
それなのに、わざわざ俺を捜してくれていたなんて。
「ほら、来て……。最近、あまり抱いてあげてなかったわよね」
「……、……」
「良い……、決して無理しないでね。皆があなたの力に頼っているのは分かっているけど、私にとってはコロの命も大事なんだから」
「……、……」
ううっ……。
うん、頑張るけど無理はしないよ。
エイミア……。
歩きながらそんなに俺に頬ずりして、大丈夫かい?
「コール将軍のところに、猫がいっぱい来ていたわ。コロと同じ虎毛の猫ばかり……」
「……、……」
「私、その全部にコロと同じように首輪を付けたの」
「……、……」
「首輪には、オーブを入れている袋も付いているのよ」
「……、……」
「少しでもコロだと分からないようにしなきゃ……、って思ったのだけど、どうかしら?」
「ニャア……」
ああ、それ、実は気になってたんだ。
首輪にオーブの袋を付けているのが俺だけだとバレちゃうかな……、って。
だけど、首輪とオーブの袋はエイミアが作ったの?
看護で忙しかっただろうに……。
「それでね、首輪とオーブの袋を作ったついでに、こんなのも用意してみたのだけど……」
「……、……」
「ちょっと、これに入ってみて。そう……、あ、ピッタリね」
「……、……」
うわっ、これって俺を入れて持ち運ぶ用のリュックじゃないか。
ちゃんと俺が顔を出せるように穴が空いているね。
さすがエイミアだな。
うん、こういうのがないと、ダーマー公を生け捕りに行ったときに馬の上から落とされちゃうかもしれないからな。
まあ、落ちても猫なんて誰も狙わないだろうけど、殺気立ってる兵士に踏みつけにされたら嫌だし、有り難いよ。
アイラに任せておいたら紐で括り付けられそうだし、本当に助かる。
「あと、これは内緒で手に入れたんだけど……」
「ニャ?」
「ホロン村から来ている兵士さんがいて、その人、定食屋のおばさんからハムを送ってもらったんだって。だから、無理を言って少し分けてもらったの」
「……、……」
「ほら、これ……。このハム、コロの大好物よね?」
「ニャっ!」
「袋に入れておくから、好きなときに食べてね」
「……、……」
ああっ!
これだよっ!
うん、おばさん特製のハムだ。
忙しかっただろうに、何から何まで……。
エイミア……。
やっぱり俺のことを一番分かってくれているのはエイミアだよ。
俺、エイミアのためにも頑張るよ。
あ、無理はしないけど……。
砦の中は静かだ。
特に、東側に入ったら、物音一つしない。
灯りも極力点けていないようで、いつもより暗いくらいだ。
エイミアは俺を抱いて、暗い通路を進む。
その先を右に折れたら広場に出るね。
確か、そこにローレン将軍は天幕を張って待機しているはず……。
「……、……」
「……、……」
「……、……」
へ、兵がビッシリと座ってるよ。
どのくらいいるんだろう?
パッと見、二個大隊くらいかな?
その誰もが、押し黙り、物音一つ立てていない。
そして、緊張の面持ちで俺とエイミアを見ているよ。
うわっ、皆、弓を持ってるな。
んっ、あの桶に油が入っているのかな?
そう言えば、油臭い匂いが充満しているよ。
「エイミア?」
「へ……、ヘレン」
「コロを連れて来てくれたの?」
「う……、うん。そ……、それと、こ……、これをアイラに渡しておこうかと思って」
「あ、コロを入れて運ぶ袋ね? あら、背負えるようになっているの?」
「そ……、そうなの。こ……、これなら、あ……、アイラが動きやすいかなって?」
「ありがとう。あとでアイラに渡しておくわ」
「……、……」
あ、エイミア、行っちゃうの?
まあ、ここにいてもすることはないだろうけど……。
ごめん。
何か、俺、エイミアがいると甘えたくなっちゃうんだ。
うん、大丈夫。
戻って少し休んでね。
あ、手を振ってるね。
俺も尻尾を振ってるのが分かるかい?
「コロ……、状況は分かってる?」
「……、……」
ヘレンはエイミアが見えなくなるとすかさず屈み、俺にささやいた。
「今、少し前に砦の西側でギュール軍が動き出したわ」
「……、……」
「でも、私の予想より、少し動きが鈍いわ。もっと直截に攻めかかって来ると思ったのだけど……」
「……、……」
そうなんだ。
デニール王子が言うことには、これから動き出すらしいよ。
それじゃダメなの?
「兵器の動きも途中で止まったのよ。あれだけ早く移動していたのに……」
「……、……」
「かなり近くまでは来ているけど、止まったと言うことは、もう仕掛けるまでは動かないつもりね」
「……、……」
「これはもしかすると、夜明けを待っているのかもしれない。いえ、まだ確定的なことは言えないけど……」
「……、……」
へ、ヘレン?
兵士の皆さんが、不思議そうな顔をしているよ。
猫なんかに話しかけて……、って言いたげに。
せめて天幕の中で話したら?
もう、ローレン将軍に俺のことがバレちゃってもかまわないんだろう?
何かさ……。
兵士達が、奇妙な物でも見るような目でこちらを見ているのが、微妙に辛いんだけど。
一応、猫は場違いだしさ。
……って、珍しいよね。
ヘレンが人の視線に気がつかないなんて。
それとも、分かってて俺に喋りかけてるの?
いや、ヘレンもさすがに緊張しているのかな?
それか、ギュール軍の進攻が遅いので不安なのかな?
「伝令っ!」
「何事だっ?」
「砦の西側にて、ギュール軍約一万五千が攻めかかりましてございますっ!」
「うむっ……、ご苦労っ!」
天幕から、ローレン将軍と伝令の声がする。
いよいよ始まったか。
……ってことは、兵器もそろそろ動き出すのかな?
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