41 ハミングバード~different~
朝方から午後までのコンビニのバイトは、とりあえず期間満了。初めから短期でと決めていた。店長がバイトしたくなったらまたおいで、と言ってくれた。
広瀬や、中学時代の友達と遊びに行ったり、夏基(なつき)と花火大会に行ったりして、夏休みは過ぎていく。いつもはぎりぎりまで終わらずにあとで苦しむ羽目になる課題も、早々と終わっている。アルバイトでためたお金は当面夏基と遊び歩いても困らないくらいの金額になり、残りの夏休みの予定を、俺は一生懸命考える。
散らかった俺の部屋のベッドで、夏基が昼寝していた。エアコンの風が寒いのか、タオルケットをぐるりと巻き付けるような格好になっていた。俺は設定温度を少し高くして、ベッドに腰掛けた。
顔が見たいなあ、と思って覗き込んでみるけれど、まるでミノムシみたいにタオルケットに包まり、顔まで埋めている夏基は鉄壁だ。ちょこんと飛び出した頭だけが触れることのできる唯一の場所。
仕方なく、俺はその頭を撫でた。サラサラの黒髪は指にするりと気持ちがいい。
お昼、俺の部屋にご飯のそうめんを持ってきた夏基は、小さな折り畳みテーブルの上に食器を並べた。蕎麦猪口に箸、めんつゆ、水の入ったピッチャー、そうめんがたっぷり入ったガラスボウル。薬味はねぎ。2人でずるずるとそれを食べた。
何か物足りないなあと思った俺が、食器を片付けがてら台所で冷蔵庫を漁ってハムをつまみ食いし、焼かないままの食パンにマーガリンを塗ってもぐもぐかじりながら部屋に戻ると、夏基はベッドに横になっていた。休んでいるだけか思ったら、くーくーと寝息を立ている。
そんなわけで、置いてけぼりの俺は、雑誌をめくったりゲームをしたりして時間をつぶしていたが、夏基がなかなか起きる気配がないので、ついに我慢できなくなった。
髪を撫でていたら、その頭が少し揺れた。俺は手を止めて様子を見る。けれど夏基は顔を上げない。
「なっちゃーん?」
声をかけてみたら、また少し、ぴくりと身体が動いた。
「なっちゃん」
俺はベッドに乗り上げ、タオルケットに包まったままの夏基に全身で抱きついた。体重をかけるようにしたら、さすがにじたばたと暴れた。タオルケットから逃れようとするが、俺が包み込むように抱き締めているので、手や顔を出せないでいる。
「陽佳(あきよし)、重い!」
タオルケット越しに、くぐもった声がした。俺は抱きついたまま、ずるりとそれを引きはがした。夏基がぷはっと喘ぐように息をして俺を見た。
「潰れる」
「なっちゃんが俺を放っておくのが悪いんだよー」
「眠かったんだ」
「途中から起きてたくせに」
「撫でられるくらい、いいだろ」
「いいよ。いくらでも撫でるよ」
「ん」
夏基はうなずいて、俺に身を寄せて目を閉じた。俺は夏基を抱き締めたまま片手で再び髪を撫でた。
「なっちゃん、夜ご飯、どうしようね」
「──どっか、食いに行くか?」
「うーん、おうちでのんびりの方がいいなあ」
「じゃあ、どっかで買ってきて──家で……」
また、夏基がうとうとし始めた。相変わらず身体に巻き付けたままのタオルケットで、ミノムシ状態。けれど今度はちゃんと顔を出している。
俺の手の動きに合わせて、夏基がふわふわと揺れる。そして、ゆっくりと眠りに落ちていく。俺はそれを見つめながら、撫でていた手を後頭部に動かし、自分の胸元に引き寄せた。しばらく、俺も眠ろう、と思った。
今日から、2日間、俺たちは二人きりだ。
お互いの両親がお盆に帰省することになった。俺と夏基は予定が詰まっているから、と口裏を合わせて留守番だ。
本当は、予定なんて何もない。
とりあえず、家族の目を気にせず、2人きりで思う存分いちゃいちゃすることだけは、決定事項だけれど。
俺は夏基を抱き締めたまま眠る。夏基のひやりとした身体を温めるように、しっかりとくっついて、離さないように。
目が覚めたら夕方だった。午後いっぱい惰眠をむさぼった俺たちは、夕飯の買い物に出た。コンビニ弁当でもいい、と無気力な夏基を引っ張り出して、近くスーパーまで歩く。19時前でもまだ外は明るく、完全に闇に溶けるにはまだ時間がありそうだ。
スーパーでお惣菜のコーナーで食べたいものを適当にカゴに放り込む。明日の朝のパンと、夏基のためのヨーグルトも買った。あとはお菓子やジュースを次々にカゴに落とす。
卵が特売だったので、それもふたパック買った。
途中で夏基が足を止め、棚を凝視していたので、背後から覗き込んでみる。
「どうしたの、なっちゃん」
「これ」
夏基は棚に並んだパウチパックの鍋スープを指さした。
「食べたい」
夏基の伸ばした人差し指の先には、トマト鍋の文字。真夏に鍋とは贅沢だな、と思いながら俺はそれを持ちあげて、ひっくり返す。作り方の説明書きを読んでみたら、ただ鍋にこの鍋スープと野菜や肉を入れていくだけのものだ。
「じゃあ、今日、これ食べよう」
「ん」
夏基が俺の手からパックを取り、カゴに入れた。お惣菜は食べきれなかったら明日に回すことにして、鍋材料も買っていくことにした。
「なっちゃん、お肉は鶏と豚どっちが好き?」
「鶏」
俺は青果売り場を経由してから精肉売り場に向かい、鶏肉のパックを手に取る。モモ肉とムネ肉って、どう違うんだろう、と首を傾げた。鍋に入れるのにはどちらが向いているのか、さっぱり分からない。うーん、とうなっていたら、俺の横から手が伸びてきて、豚肉のパックを手にした人がいた。目を向けると、俺と変わらないくらい背の高いスーツ姿の男の人だった。手にしたカゴには大量の野菜。
まっすぐに伸びた眉の下、鋭い一重の目が印象的な、精悍な顔をしていた。目が合うと、その人が少し、笑った。きつい目元がふわりと優しくなる。並んだら、俺の方がわずかに目線の位置が高かった。
「あの、トマト鍋に入れるのって、モモとムネ、どっちがいいんですか?」
思わず訊ねてしまった。その人は少し驚いたような顔をしてから、すぐにまた笑顔になり、低く心地のいい声で言った。、
「モモ肉の方が柔らかくてジューシーかな。ムネ肉は脂が少ないから、固くてもさもさした食感になるよ」
鍋に入れるのは、モモ肉に決めた。俺はぺこりと頭を下げる。
「陽佳」
夏基に呼ばれて、俺は振り返る。丸ごとのキャベツを両手で持って胸の前に掲げていた。
「これで間に合うか」
「多いくらいだと思うよ」
「そうか」
夏基はうなずいてそれをカゴに入れた。
「あのね、モモ肉の方が柔らかいんだって」
「ふうん」
さっきのスーツ姿を目で追うと、両手に山ほどお菓子を抱えた私服姿の男の人がとてとてとその人に近付き、背後からどさっとそのお菓子をカゴに落としていた。スーツ姿の男の人は、ぎょっとしたように振り返り、それから呆れたような顔をした。
何か言葉を交わしたあと、私服姿の男の人がスーツの袖をつまんで何か言った。スーツ姿の男の人が、ぽんとその頭に手を置いて、優しく笑った。
「なっちゃん」
「ん?」
夏基はウィンナーソーセージの袋をカゴに入れ、ついでのようにチルドの餃子のパックも続けて手にしていた。
「何か、かっこいいねー、あの人」
俺がつぶやいて、夏基がその姿を探そうとした時には、もう2人はコーナーを曲がっていて、その姿は消えていた。お盆なのにスーツ姿ってことは、休日出勤だったのかなあ、なんて考えながらカゴに目を落とすと、餃子が目に入った。
「──あれ、なっちゃん、餃子は駄目だよ。トマト鍋なのに」
「キムチ鍋には入れるだろ?」
「キムチ鍋はよくても、トマト鍋には入れないでしょ? ……あれ、キムチ鍋に餃子って入れるっけ?」
「知らない」
そう言いながら夏基がとろけるチーズと牛乳をカゴに入れ、カゴをぶら下げた俺の左手がどんどん重くなっていく。餃子はそっと、棚に戻しておいた。
「キャベツ、しめじ、ほうれん草、ジャガイモ、玉ねぎ、鶏肉、ソーセージ、チーズ」
俺はカゴの中身を確認していく。夏基が俺の手元を覗き込んで、
「トマトは?」
「トマト鍋なのに?」
「トマト鍋なんだから、トマト入れるだろ?」
夏基が眉を寄せた。何だか微妙にかみ合っていない会話に苦笑しながら、俺たちは青果売り場に引き返して、トマトをカゴに入れた。さっきからスーパー内を行ったり来たり、とても効率の悪い買い物をしている。
ようやく会計まで済ませ、持ってきたエコバッグに荷物を分けて入れて、俺たちはスーパーを出た。さっきよりは薄暗くなった空に、ひらひらと黒いものが飛んでいた。見上げていたら、夏基が、コウモリだ、とつぶやいた。
ひらひらばたばたひらひらばたばた、平衡感覚を感じられないせわしない飛び方のそれを見ながら、俺たちは帰路につく。
コウモリは、鳥のように羽毛がないのに、どうして飛べるのかなあ、と俺が何気なく言ったことに、夏基が真面目に答えてくれた。難しくてよく分からなかったけれど、要約したら、ひとつの気流に乗って飛ぶ鳥とは違って、コウモリは別の二つの気流を作って飛ぶ、ということらしい。
超音波やクリック音で自分や別の個体の位置を識別する、と言われたところで、俺には理解不能だ。なるほどねー、と冷や汗をかきながら返事をする。夏基は多分、途中から俺がよく分かっていないことに気付いて、わざと小難しく説明しているようにも見えた。
家に帰って、ご飯を炊いた。
台所で2人並んで鍋の準備をすることにした。俺は鶏肉をひと口大に切り、夏基は玉ねぎの皮をむく。
「うわあ、なっちゃん、玉ねぎむきすぎ」
買ってきた一袋分、5個の玉ねぎが皮をむかれてごろごろと作業台に転がっていた。夏基は知らん顔をして今度はキャベツの葉を剥がし始めている。注意しておかないと全部剥がしてしまいそうだったので、ほどほどにね、と釘をさす。
いつも家族で鍋をするときに使う土鍋が見当たらなかったので、大き目の平たい鍋を使うことにした。パックの鍋スープを入れ、鶏肉を加えて火にかける。お肉に火が通ったら今度は野菜。適当に切った玉ねぎとキャベツ、じゃがいも、しめじを入れていく。
「いい匂いがする」
「トマトだね」
「トマト、入れるか?」
夏基は丸ごとのトマトを二つ、手にしていた。文句を言うのはやめて、任せることにした。夏基がまな板の上でトマトを切ろうとして、思いきりつぶした。包丁の切れ味が悪いのか、夏基の切り方が悪いのか、突っ込むのはやめておいた。
潰れた汁ごと鍋に入れ、くつくつと音を立てるそれを、夏基が見つめている。
俺はその隙にほうれん草を切り、ソーセージの袋を開けた。鍋の隙間に押し込むように突っ込み、火が通るのを待つ。
ダイニングテーブルの上に置いたガスコンロに鍋を乗せ、買ってきた惣菜も並べてみた。夏基は炊けたご飯をかき混ぜている。トマト鍋と白いご飯って、合うのかなあ?
器と箸を用意して、いただきますと両手を合わせる頃には、もう21時近かった。
「おいしい」
夏基がつぶやく。もぐもぐと鶏肉をかじり、楽しそうな顔をしていた。
当たり前だが、暑い。エアコンをかけながら食べているのに、次々に汗が出てくる。夏基は相変わらず涼しそうな顔をしているが、少し上気していた。
「真夏にお鍋って、不思議だね」
「ん」
ぐちゃぐちゃに煮えたトマトは、微妙な味がした。
「〆はリゾットだって。ご飯入れて、チーズ乗せるんだって」
「早く食べたい」
「うん、楽しみだねー」
夏基はジャガイモとソーセージが気に入ったらしい。ほくほくに煮えたジャガイモを口に運びながら、このまま煮詰めてどろどろになったのもおいしそうだな、などと言う。確かに、ジャガイモは溶けているのもおいしい。俺も、母親の作る、肉じゃがの、二日目が好きだ。ジャガイモがとろけで、玉ねぎや白滝や肉に絡んだものを、ご飯にのっけて食べる。
鍋の中身をあらかた食べ終えてから、俺は鍋にご飯を入れた。しばらく煮込んで、上からチーズをかけ、ふたをする。チーズが溶けたら完成。おいしくて、残らず全部食べきった。
「何だか楽しいねえ、なっちゃん」
並んで食器を片付けながら言うと、夏基もこくりとうなずいた。普段からあまり表情が変わることのない夏基だが、今日は終始嬉しそうにしているのに俺は気付いていた。
泡だらけのスポンジで俺が汚れた食器を洗い、夏基がゆすいで水切りカゴに乗せる。チーズが焦げ付いた鍋はなかなか落ちなかったので、水を張って置いておくことにした。
夏基がリビングでテレビをザッピングしている間に、俺はお風呂の用意をした。
「なっちゃん、お風呂入るー?」
「ん」
「先に入る? あとに入る? それとも、一緒に入る?」
冗談めかして聞いてみたら、夏基がソファで膝を抱えたまま俺を見上げた。
「一緒、に?」
「あ──うん、えっと、冗談」
俺は慌てて両手を振り回す。夏基がかくんとうつむいて、それから再びそっと顔を上げた。俺の着ているTシャツの裾をつまんで、何か小さくつぶやいた。
「なっちゃん?」
「──冗談、なのか?」
「…………」
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
俺は、母親の実家がある北の方角に向かって心の中でそうつぶやいてみた。それから、夏基の母親の実家がある西の方に向かって、さらにつぶやく。
おじさん、おばさん、ごめんなさい。
こんなかわいいなっちゃんに、手を出さない自信が全くありません。
──夏基と2人で浴槽に入ったら、溜めていたお湯がざあーっと勢いよく滝のように流れた。
俺は夏基を背中から抱き締めてすべすべの背中にぴたりと頬をつける。
「うー、なっちゃん気持ちいいー」
「ちょっと、熱い」
「お水入れるね」
手を伸ばして蛇口から水を出すと、夏基が手のひらで冷たい水を受けて遊んでいる。
「一緒にお風呂なんて、小学生以来だね」
「低学年くらいだな」
「外で遊んで汚れた俺たちを、お母さんがぽいぽいお風呂に投げ捨てるんだよね」
汚れた服をはぎ取るようにして裸にされ、勢いよく浴槽に沈められる。我が母親ながら、雑な人だ、と思う。
「なっちゃん、手、冷たくなっちゃうよ」
俺はカランを戻して水を止めた。つかんだ夏基の手はひんやりとして、俺はぐいとお湯に沈めてやる。
「冷たいの、気持ちいいんだ」
「冷やしちゃ駄目でしょ」
夏基がふくれっ面で沈められた手を見ている。
馬鹿でかい俺が1人で入っても狭いのに、さらに夏基と2人。前後に並んだままほとんど身動きは取れない。まあ、その分くっついていられるからいいかな、と考えていたら、夏基が首をそらすようにして俺を見上げた。
「陽佳、狭い」
「……髪、洗うね」
俺は渋々浴槽を出た。シャンプーを泡立ててがしがし洗っていると、夏基が浴槽のへりに顎を乗せてじっとその様子を見ている。髪を洗い流してかき上げると、夏基が少し笑った。機嫌を損ねたわけではないと分かって、俺はほっとする。
夏基を浴槽から引っ張り出して、今まで俺が座っていたプラスチックの椅子に座らせる。シャワーで髪を流して、今度は夏基の髪を洗ってあげることにした。
「かゆいところありますかー?」
夏基は首を振る。ぎゅっと目を閉じて大人しく洗われている。サラサラの髪が指先に滑らかに絡む。俺のシャンプーは家族と兼用。母親が買ってくるCMでも見かけるメジャーなものだ。フローラルな香りは俺には似合わないけれど、夏基にはよく似合う。丁寧に洗って、気をつけてシャワーを当てる。トリートメントまでしっかりして、洗い流す。
再び2人で湯船につかって、しばらく夏基の肩に顎を乗せていた。
「くっついてると、エッチな気分になるね」
「一緒にお風呂、の時点でなってた」
「な、なっちゃん」
俺は夏基の背中を自分の胸に倒して、その顔を覗き込む。
「今、すごいこと言ったよ?」
「──ん」
夏基はうなずいて──それからおかしそうに笑った。
ああ、何だか手のひらの上で遊ばれてるなあ、と俺は思う。
お風呂からあがって、俺は夏基の髪にドライヤーを当てた。交代で夏基が俺の髪を乾かしてくれる。
俺の部屋には夏基が泊まるために母親が用意した布団が運び込まれていたけれど、結局それを敷くことはしなかった。
俺たちは同じベッドでくっついて眠った。
朝目覚めると、腕の中に夏基がいて、寝息を立てていた。幸せすぎてなんだか泣けてきた。そのまま夏基を抱き締め、俺はなっちゃん大好き、とつぶやく。
たった2日間だけの、2人きりの時間。
一緒にいられるというのは、こんなにも幸せなんだ、と思った。
一緒に食事をして、一緒にお風呂に入って、一緒に眠って、一緒に起きる。ただそれだけのことなのに、こんなにも。
俺たちはほんの数メートルの距離で生活している。何枚かの壁を隔てて、ガラスを隔てて、生まれてからずっと、そうやって生きてきた。
目には見えない夏基の気配を、その数メートルの距離の向こうに感じることがある。それは、もしかしたら俺の気のせいなのかもしれない。夏基と一緒にいたいという思いが、この短い距離を超えればいいと思う、俺の願望なのかもしれない。
2人きりで抱き合って、眠る。目が覚めても夏基は俺の腕の中にいて、穏やかな寝顔を見せている。
今日の夜には、また、数メートルを隔てる。
お互いの両親が帰ってきた家で、いつも通りの生活を送る。
隣接した夏基の家と俺の家の距離。窓を開けて手を伸ばせば触れ合える距離。けれど、それすら遠いと思った。
昨日、スーパーからの帰り道、夏基が話してくれたコウモリのことを思い出す。
超音波やクリック音。それを感知して、自分や仲間の位置を明確にとらえることのできる生き物。
ほんの数メートル。
俺も、夏基の存在を確認するそんな能力が欲しいと思った。
こんな風に、一緒にいる時間を知ってしまったら、離れるのが辛くなる。
夏基。
俺はますます強く、夏基を抱き締める。腕の中で夏基が身じろぎした。ぼんやりと目を開け、俺を見上げる。
「──あきよし」
「おはよう、なっちゃん」
俺がささやくと、夏基がふわりと笑った。
「おはよう、陽佳」
夏基の髪からは、俺と同じシャンプーの香り。一緒にいるっていうのは、身にまとう香りまで同じになるんだ、と今更のように思った。
あと数時間。
2人きりの時間を、誰も邪魔しないで。
あと数時間で、俺たちはまた、数メートルの距離を隔てる。
今は、こんな風にすぐ近くで触れ合うことができるのに。
夏基が俺の腕の中で伸びをした。
俺は夏基の身体を抱き締めたまま、もうちょっと、とつぶやく。
もうちょっとだけ、こうしていたい。もうちょっとだけ、この幸せを感じていたい。
うとうととまどろみながら、抱き合って──
次に目を覚ましたら、俺は卵を焼こう、と思った。
夏基好みの半熟のサニーサイドアップ。トーストと、ブルーベリージャムと、ヨーグルトも忘れずに。夏基のために、そんな朝食を作ろう、と。
卵を焼くくらいなら、俺にだってできるはずだから。
そんなことを考えながら、俺は再び、夏基と一緒にふわふわとまどろみ、夢の世界へと旅立ったのだった。
了
向こうのシリーズではとっくにUPされていた、何気にリンク作品。
気になる方は、こちら。向こうは大量キムチ鍋。鍋仲間。
「俺」と「陽佳」邂逅。
※「kitchen」シリーズ「so hot」(https://kakuyomu.jp/works/1177354054884132567/episodes/1177354054886100817)参照
仲良きことは美しきかな。
楽しそうで良かったです。(書いといて言うな)
しかし夏基はよく寝ている。自分で書いておいてびっくりだ。無気力なのは知っていたが、寝すぎだろう。
陽佳の元気が有り余っているので、少し発散させてあげてください、夏基さん。
次は夏基。
同じ時間と、その後を、夏基の視点で。
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