五本目 『実力』

津稲と剣道部五人の試合が始まり、タイマーは4秒を過ぎた辺りで先鋒戦が終わった。まさしく秒殺といえた。


 先鋒戦が終わると、先ほどまで隣で試合を眺めていた杉原先輩は面をつけに行き、先鋒戦から帰ってきた原田先輩が自分のとなりにきて面を外した。


「さっき杉原先輩がすごい胴だって、言ってましたよ」


 帰ってきた原田先輩にそう告げる。原田先輩はため息交じりに正座した。


「ありえないレベルだと思う」


「次元が違う、って言ってましたけど。こういうことを言うんですかね……」


「違いない」と原田先輩は返し、


「杉原さんはこの剣道部では一番胴技がうまい。あの人が驚くレベルなら、津稲は杉原さん以上の胴技を持ってるんだろうな。それが、津稲の実力ってわけだ」


 と言った。


 この一週間、メモ帳のような小さなノートに先輩方のことを早く覚えるため特徴や強そうだと思った点を書きまくっていた。


 杉原先輩はいま原田先輩が言った通り胴技がこの剣道部では一番にうまいと思った。うまい、という判断は、試合稽古で他の先輩方と比べ胴で取った一本の数が群を抜いて多かったからだ。


 ある技がうまいとその技を頻繁にやったり、ここぞという時で出したりする。が、実際の試合で一本を取るためにはより多くのけいこをしなければならない。そのため、練習台となっている部員たちにはその技が読まれやすい。しかし杉原先輩は部員の読みすら超えてしまうような胴を打つ、という新崎先輩からの情報がある。


 新崎先輩曰く、「この剣道部で二番目に強い」らしい。じゃあ一番は新崎先輩ですか、と聞くと「まあ、そういうことになるな」とかっこつけて話していた。たぶんその通りなんだけど、それ自分で言う事なんだろうか……。


 試合は次鋒戦に移る。二年生の藤永先輩が試合場に足を踏み入れ、津稲と同時に小さく礼をする。


 先ほど数秒で終わった先鋒戦があまりにも早く終わったものだから津稲は休憩はなしでいいと言い、そのまま試合が進んだ。


 主審の合図とともに手元のタイマーを開始させた。


「メェェーッッ!!」


 津稲が開始と同時に面を打ちにいく。それを読んでいたかのように藤永先輩が出小手を放った。


「ゴデエェェーッ!」


 藤永先輩の声、話すときは普通なのに剣道の時になるとめっちゃ高くなるんだよな……。


 藤永先輩の小手は有効にはならなかった。副審の一人が赤旗を上げたが、主審が旗を手元で左右に振り一本にはしなかった。恐らく藤永先輩は、先鋒戦で開始と同時に面を打った津稲を見て再び面がくることを予想したんだろう。


 両者間合いを取った後、藤永先輩が何やらもたついているのに気が付いた。


「あいつ、肩叩かれたのか」


「肩を?」


 原田先輩の独り言に思わず返事をした。


「ん、ああ。あいつ出小手したろ。津稲のことだ、一瞬でそれを察知し手首をねじったに違いない。打ち込まれた竹刀を止めたらむしろ追撃を受けるからな。たぶん、そん時に竹刀が面じゃなく肩に当たったんだと思う」


 手首を少しねじって小手を喰らわないようにした、ということか。それで津稲の竹刀が富永先輩の肩に当たった、ということだろう。


 そんな一瞬で判断できるもんなのかよ、津稲。



(危なかった、もう少し気付くのが遅れてたら今の出小手で一本取られてたに違いない。)


(まさかこれほどとは……さすがに高校生だ。先鋒戦で秒殺できたから舐めてかかってた。なんだよ、先鋒より次鋒のほうが強いって。あの部長、俺の体力を減らすのが目的だったのか。嫌な戦略で来やがる。)


(だがそれしき……!一本さえとれば、この先輩は抑えられる!)


(いや、ダメか? この人、強いぞ、たぶん。一本勝ちなら4分間も動き回らなきゃならん。さっさと勝負をつけて15秒休憩をとれば……。よし、そうしよう。)




 (全国一位だがなんだか知らねえが、これ以上稽古がきつくなるのは嫌なんだよ、津稲。全国なんて目指されたらたまったもんじゃねえ、この一週間のでバテバテだってんのに……。おまけに肩がジンジンしていてえじゃねえかこんちくしょうが!)


 (ここでこいつに勝てば、まずこっちの勝利は格段に近づく。こいつが杉原先輩と新崎先輩に勝てるとは思えねえ。ここで勝たせてもらう……!)


「ソオオオーーッッ!」


「イヤァァッ!!!」


 叫ぶような両者の掛け声が道場に響き渡る。そして、


 (俺の目に狂いがなければこの人は次に面を打つ!)


 (後輩とはいえ、普通に戦って勝てる相手じゃない。なら、ここは……!)


「ドオオォーッッ!」


「ツキィィィーーーー!!!」


「あっ! あれは!!」


「藤永のやつ!」


 原田先輩とほぼ同時に声を上げた。藤永先輩が突きを放った。


「ぐっ!」


 藤永先輩の突きは津稲の顎に直撃した。津稲の胴は突きを受けた影響で不完全なものとなっていた。



 (どうだ津稲! 高校生の”突き”は!! 中学じゃ突きは禁止だから受けた経験なんてほぼないだろ!)


 (まさか突きが来るなんて……。この先輩めっちゃ性格悪いな!)



「突きあり!」


 赤旗が二本上がっていた。津稲が次鋒戦で一本を取られた。


「藤永先輩……すごい」


「すごいもんか! つい数週間前まで中学生だった奴に突きかますとは、あいつもいい度胸してらぁ! あとでぶっ飛ばしてやる!」


 原田先輩はかなり興奮気味だった。藤永先輩に怒っているらしい。周りを見渡すと、確かに他の先輩たちも厳しい表情で試合を見ている。


 何かそういう暗黙のルールみたいのがあるのだろうか。



 (侮っていた……。地区予選敗退とはいえ、もとはといえばスポーツ強豪校って呼ばれてる俺の中学があるくらいだ。高校から始めた先輩がいたとしても、弱いわけがない!)


 (気を取り直せ……。勝つには二本勝ちしかない。全国に行くためには、この先輩も圧倒できるくらいじゃねえとダメなんだ!)


 (こうなったら、この先輩は思いっきりぶっ飛ばさないとな……)



「津稲のやつ……なんか変な表情」


 面越しからでもわかるくらい、悪そうな顔してやがる。なに考えてんだろう……。


「はじめっ!」


 主審の合図で二本目が始まった。

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-剣- 祿凛 @Ryo_Ku

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