最終話:サクヤの39

翌日。サクヤが仕事から帰ると、ニナとピーターの姿はどこにもなかった。

代わりに五十代ぐらいの男女が家にいて、自分達が今度の親だと簡単に告げ、自己紹介をした。

二人ともかなりのベテランなのだろう。表面上はにこやかにしているが、この突然の変化にサクヤがどういう態度を取るのか注意深く観察している。特に男性の眼光が鋭い。

本当は人が好いのに、務めを立派に果たそうと、肩肘を張っているような。

__ピーターに似ている。

サクヤは思わず笑みを漏らし、二人に挨拶をする。

「ハイ。僕・・・の事は言わなくても知っているよね。これからよろしく」

予想していなかったサクヤの笑顔に、呆気に取られている二人を残し、

「じゃあ、図書館へ行って来るから」

と、サクヤは家を出た。

 夕闇の迫る中、図書館へと車を走らせる。

 ふいにピーターの問いが脳裏に蘇った。

 誰もが、聞こうとした。

 誰もが、探り出そうとした。

 何故39を読むのかと。

 単調で、いつ終わるのかわからない、下手をすれば死ぬまで読み続ける事になる、果てしない物語を。

 厳格な監視と、窮屈な規則の下で。

 政府の思惑なんて知らない。

 今までに挫折し、消された三十九人の為でもない。

 僕にとって、39は。

 39を読む事の意義は。


 そんなものは何もない。

39は僕の日常で、僕の現実(リアル)で、僕の人生だから。

 だから僕は、39を読むのだ。


 一つだけ、ピーターに嘘をついた。

 これがいつか、来年か、一週間後か、いや例え今日であったとしても、これ以上39を読むなと命令が出れば、僕は素直に従うだろう。

 ここまで来たら完結まで読みたい気もするし、虚しさも少しは残るかもしれない。

 けれど。

 __図書館に着いた。カウンターへまっすぐ進むと、最近僕の担当になったらしい、若い男性スタッフが笑顔で出てくる。

 けれど、39は目的ではない。

 僕は人生に39を所有している。

 __「サーティーナインを読みたいんですが」

 ただ、それだけなんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

39(サーティーナイン) 浅野新 @a_rata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ