第6話 アマデウス

 司は、フルート奏者としては天才的な才能を開花させ、今まで生きてきた。

 しかし、そんな彼も音楽から逃げ出したくなった。それは、幼馴染とのいさかいが原因となったそうだ。

 天音は、その事を知らずに司に問い詰めたことで司を怒らせてしまったことを後悔していた。それは、廉も同じであった。


「 どうしたら昔のような司先輩のフルートの音色が聞けるんだろうか…… 」


「廉って、司先輩と同じ中学校の吹奏楽部だったんだよね? 昔の司先輩のフルートってどんな感じだったの? 」


 廉はパッと笑顔になり、司の事を語り始めた。


「司先輩のフルートは、皆を勇気づける綺麗で繊細な音色だったよ。俺も司先輩のフルートで勇気づけられてここまで来られたんだ。だから、とても感謝してるんだ。あの音色が無かったら今の俺の音色は無かったはずだ。しかしなぁ…… 」


「 どうしたの? 」


「 でも、天音が司先輩に目を輝かせて言い寄っていった時は、ちょっと嫉妬したかも…… 」


「嫉妬? どうして? 」


 天音は、キョトンと首を傾げる。廉が何故嫉妬したのかなんて天音にはよく分かっていなかった。司の事は大事な吹奏楽部の先輩だと思っている。これがどのような思いに当てはまるのかは、当時の天音には分かっていない。

 それを見た廉は大きなため息をついた。


「 は~……。お前には分からないか…… 」


「 何の事? 」


「 アマデウスに嫉妬するサリエリの気持ちが…… 」


「 アマデウス? サリエリ? 」


「 音楽家同士のいさかいのことだ。司先輩が『アマデウス』だとしたら俺が『サリエリ』なんだなぁ……って 」


 廉の言っている事が分からない。

『アマデウス』が誰のことなのかも『サリエリ』が誰のことなのかも理解できない。天音は、頭を抱えて考え込む。

 そんな天音の頭に廉の大きな手が乗せられ、髪をぐしゃぐしゃとしてきた。


「 な……何するのよ!! 髪がぐしゃぐしゃになるでしょ!! 」


「神妙な顔しているから慰めてやっているだけだ 」


「 もっと別の方法があったんじゃないの!! 」


「 んん……。気分かな? 」


 廉は、にっこりと微笑んだ。

 やっぱり幼馴染の温かさは落ち着く。この日常が続けば良いのに……。それを許さないかのように世界からは音楽が失われていく。失われた音・友情は、取り戻せなくなる可能性はある。

 勿論、廉の音色が失われてしまう可能性も低くない。天音と廉は、司の音色を取り戻そうとまずは、戦う事にする。

 しかし、司の音色が失われるのも時間の問題だ。時間は無限ではなく、有限。限りがある。

 司の為に、天音は戦う決意をしたのであった。


 ◆◆◆◆◆◆


 司は、自宅に戻ると部屋に閉じ籠った。部屋には、昨年の全国吹奏楽コンクールで金賞をとった時の集合写真が額縁に入れられ、飾られている。

 しかし、今はあの時のみんなの笑顔はない。コンクールが終わって定期演奏会が終わった辺りかり異変が起き始めた。

 世界から音楽が失われ始めたのだ。この世界の音楽の女神・ポポが行方を眩ましたのだ。

 それを境に色々な音楽系の部活は、活動停止状態に追いやられた。

 司も昔と同じように音楽を楽しむことが出来なくなったが、何とかしがみついていた。


「 あの頃が懐かしいなぁ。僕は、どうしたら皆を取り戻せるのかな……。皆は、僕のこと『アマデウス』とか言うけど……。本当はそうではない。失われていく音楽を僕にはどうすることもできない。これ以上音楽が失われていくのを見ていたくない。僕は、どうしたら良いんだろう…… 」


 司の思いは、誰にも届かない。

 世界は、闇に包まれる。音のない呪われた世界に音は戻るのだろうか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天音は音楽に恋する 鈴鹿歌音 @noririn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ