第5話 過去の栄光
翌日、天音と廉は音楽室に向かった。
しかし、誰もいなかった。昨日の夕方約束をしていたはずだ。司先輩は、笑顔で天音たちを見送ってくれたはずだ。それなのに……。
司先輩はその日、音楽室には現れなかった。鳴り響くのは、廉の奏でるユーフォニアムだけであった。
帰り際になって風に流されるように聞こえてきたのは甘い音色だった。
「 富士宮先輩の音色だ 」
天音にはどの音色が誰の音かも分かっていなかった。それもそのはずだ。だって、天音は初心者だが、音楽に愛された寵児だと噂される程なのだから。それでも、分からないものは分からないのだ。音で感情は分かる。悲しそうなフルートの音色……。司先輩は、何かに後悔を抱いている。
「 行きましょ、バラ園へ 」
「 そうだな!! 富士宮先輩を助けに行こ
う!! 」
廉は、ユーフォニアムを楽器ケースに片付け、楽器ケースのカバーのファスナーをしめた。背中に背負い、急いで天音は音楽室の鍵を職員室に返しに行った。やっぱりオーケストラ部や軽音楽部は、活動出来ていないみたいだ。吹奏楽部は、司先輩のお陰で何とかもっているのは分かる。
「 失礼しました 」
天音は、職員室を出ると急いで正面玄関に向かい、上靴からローファーに履き替えると廉の待つ正門前に急いで向かった。
……………………………………………………
「 遅い!! 」
天音は廉から一喝をくらう。先生の長話に引っ掛かっていたのだからそれぐらいは許してほしい。
フルートの音色は、依然として悲しい音色を奏でている。司先輩の音が泣いている。こんなに悲しい音色を天音は聞いたことがなかった。
「 急ごう 」
「 うん!! 」
廉に手を引かれ、天音は歩みのスピードを早め、フルートの音色がする方向に向かったのであった。向かっている途中での会話は一切なかった。会話をしている暇はないと思ったのだ。このまま司先輩が音楽から離れていくのは嫌だ、と天音は思っていた。
このように呪いによって次々と部員が音楽から離れていった。天音は、全ての部員を取り戻すことが出来るのか不安になった。
しかし、取り戻せる人は天音しかいない。司先輩にもそう言われたのだから。
……………………………………………………
バラ園は閑散としていた。誰一人いないバラ園に響き渡る悲しみのエチュードが響いていた。どこにいるのかも分からない司先輩を必死に探し始めた。
そして、ようやく司先輩を見つけたのだ。ちょうどフルートを吹くのをやめ、遠く彼方を虚ろな目で見つめているのが分かった。
「 あの……富士宮先輩 」
司先輩がビクッと反応し、天音と廉の方を見た。
「 あっ……ごめん。今日、部活に行けなく
て…… 」
司先輩は、完全に疲れきったかのような笑顔を浮かべて微笑んだ。
それを見た天音は、何かを察したかのように口を開いた。
「 司先輩は、音楽を楽しんでますか? 」
天音の言葉に呆気にとられた司先輩は、苦笑いを浮かべて、
「 さぁ、どうだろうね……。僕は楽しんで
いるつもりだけど周りには分かっちゃうん
だね 」
司先輩は、フルートを片付けながら一つ一つ話し始めた。
「 僕がフルートを始めたのは、移動オーケ
ストラでフルートを吹いたことから始まる
んだ 」
「 移動オーケストラ? 」
天音は小学校の時、移動オーケストラの楽器体験の時、ちょうどインフルエンザにかかっていて出れなかったのでその記憶が曖昧になっていた。廉が楽器を始めるきっかけになったのも移動オーケストラである。
「 移動オーケストラは、小学校の体験型の
イベントなんだよ。そこから才能が開花
し、あらゆるコンクールで賞をとるように
なったんだよ 」
司先輩は、中学校からあらゆるコンクールに出て、金賞を総なめにしていた凄い人だったのだ。
「 す……凄いですね!! 」
「 しかし、それが段々プレッシャーに感じ
始めて……。今年の3月からまともにフ
ルートが吹けなくなった。だから、定期
演奏会のマーチングステージから逃げ出
したんだ……。最悪だよね…… 」
すでに司先輩も音楽を心から楽しめなくなっていたのだ。この話を聞く限りだと司先輩は、 異変に気づいてはいるが気づかぬふりをしていたことになる。
天音は、この時取り返しのつかないような事を口走ったのである。
「 でも、司先輩は凄いですよ!! 」
「 全然凄い人間なんかじゃない!! 僕
は、音楽を楽しむことから逃げ出したん
だ!!乙坂さんや春日井くんに僕の気持ち
なんて分かるはずなんてない!! 」
天音と廉は、司先輩が怒ったことに対して何も言い返せなかった。司先輩も自分が怒っていることに気がついたのか天音と廉に謝ってきた。
「 ごめん。いきなり怒ってしまって……。
でも、僕は音楽が好きだけどどうしたらい
いのか分からないんだ。続きは、明日話す
よ。今日は、もうすぐ暗くなるし、帰ろう
か 」
いつの間にかいつもの司先輩に戻っていた。
この後司先輩と別れ、天音と廉は帰路につく。しかし、今日の司先輩が言っていたことが天音の頭から離れることはなかったのであった。
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