第4話 指揮者に任命

 廉は、高校でもユーフォニアムを続けることになった。廉の奏でるユーフォニアムは、山びこのように綺麗に鳴り響き、音楽室に音の光の粒を生み出した。


「 『 パントマイム 』だね。さすがは、廉の

 ユーフォニアム。自由自在にどんな音で

 も出せるから僕は羨ましいなぁ…… 」


 司は、廉の演奏に感激しているが、どこか影のありそうな笑みを浮かべていた。

 それに対して天音は、


「 廉の音凄い……。 まるで誰かに求愛して

 いるみたい 」


 司は、それに対して驚きを見せる。司は、天音をどこかで見たことがあった。でも、どこで会ったかなんてそんな昔の記憶は曖昧になっており、深い霧と靄に覆われていたのだ。


「 富士宮先輩? どうかしたのですか? 」


「 何が? 」


「 何か思い出したかのような感じだったん

 ですけど…… 」


 天音は、司を見つめる。しかし、司に視線をそらされてしまう。天音は、この時に気がついた。富士宮 司は、重大な秘密を隠している事に……。


 司は、逃げるように話を変えてきた。


「 そうだ!!乙坂さん、指揮者やってみな

 い? 」


「 えっ? 私が、指揮者ですか?! 無理です

 よ!! 私は、吹奏楽初心者ですよ?! 」


 天音は、全力で指揮者になることを拒否した。しかし、それを打ち破るかのように廉が口を開いたのだ。


「 そうだよ。 天音なら指揮者に向いている

 って。 俺もそれには賛成だ 」


「 何て事言ってくれるのよ!! 私は、フル

 ートがやりたかったの!! 」


「 ごめん、乙坂さん。この吹奏楽部の指揮

 者は産休中で不在なんだ。フルートパート

 も全員が復帰すれば人数も足りているん

 だ。だから乙坂さんには、指揮者をしてほ

 しいんだ。僕からも音楽の知識は教える

 し、分からないことがあれば何でも聞いて

 くれても良いよ。だから、この吹奏楽部の

 マエストロになってよ 」


 天音は、イケメンの男性からのお願いにはとても弱い残念な乙女だ。その結果、断ることも出来なくなってしまい、


「 分かりました!! 私が、指揮者やりま

 す!! 」


 と何も考えずに言った。


 司は笑顔を見せ、天音の事を激励してくれた。とても喜んでくれたのを覚えている。それでも心には大きな影を抱いている事をこの時、天音は気がついていない。

 この世界から音楽が消失し始めている。それは、この桜木学園高校の音楽系の部活全体に及んでいる。このまま音楽を消滅させる訳にはいかない。この先、どれだけ足掻くことになろうとも、涙を流すことがあろうとも、天音は何度も立ち上がり、音楽の消滅を防ぐために天音は、この世界の運命に抗うことを決めたのであった。

 司のフルートの音色は、やはり楽しげに吹いている音色ではないこと……。それが、天音に分かった。廉が気づいていなくても、天音には分かっている。

 分かっているからこそ司を助けたい、と天音は思ったのだ。

 最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り響く。


「 あっ…… もうこんな時間かぁ。今日は、

 来てくれてありがとう、乙坂さん・春日

 井くん。良かったら明日も来てね 」


「 分かりました!! 明日も来ますね !! 」


 天音の元気な声が、音楽室に響き渡った。音のなくなった学内はとても静かでこの世界に取り残されたかのようだ。天音の元気な声のみが残響として跳ね返り、輝きを見せたのである。

 司は、少し微笑みを浮かべ、


「 分かった。また、待ってるね。今日は来

 てくれてありがとう。とても楽しい時間

 を過ごせたよ 」


 と言った。


 その日、天音と廉は音楽の失われ行く世界で吹奏楽部に入部を決め、天音は世界的に名前を知られる指揮者の道に進み始めたのであった。


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