第3話 誰もいない吹奏楽部

 放課後、天音と廉は待ち合わせをし、音楽室に向かった。その間は、無言だ。音は何も聞こえてこない。聞こえてくるのは、野球部のランニングの掛け声とバレーボール部のボールトスの掛け声位だ。軽音楽部のギターやベース・ドラムの音も紛れて聞こえてくる。

 この桜木学園高校には、昔から音楽の妖精がいると噂されてきた。その妖精の加護のもと発足した部活が、吹奏楽部とオーケストラ部だ。しかし、最近吹奏楽部とオーケストラ部が呪われたかのように音楽を奏でることが出来なくなった。オーケストラ部は、昨年の末ぐらいから活動休止状態になり、吹奏楽部も今年の3月の定期演奏会を最後に活動できなくなってしまった。周りでは、音楽の妖精が呪われた、だの変な噂が立ってしまったのだ。オカルト研究会や新聞部も「 奇妙な事件 」という事で毎回のように捜査をするようになった。学園にもこの噂が広がり、「 奇怪な音楽喪失事件 」と言うようになったという。

 それを天音はクラスメイトである姫乃から聞いたのである。そんな姫乃も吹奏楽部に入りたくてこの学園に入ってきたフルート吹きだ。姫乃は、今日は用事があるらしく足早に教室を出ていったのを覚えている。


「 奇怪な音楽喪失事件? そう言えば、俺の

 クラスメイトも言っていた。いきなり学園

 から音楽が失われた怪奇事件だとオカルト

 研究会や新聞部が騒いでいるらしいな 」


「 姫乃も入部希望なんだけど怖くて楽器吹

 けないって言ってたわ 」


「 姫乃って誰? もしかして、平井 姫乃の事

 か? 」


「 正解だよ!! 何で廉が知ってるの?! 」


 廉は、天音に困惑したかのような表情を見せる。言いたくないのかな? 言いたくなければ良いんだけど…… 。


「 平井 姫乃は、吹奏楽部の中ではとても優

 秀なフルート吹きだったからな。去年

 は、俺と同じクラスだった。」


「 そうなの?! 」


「 そうだよ。 もうすぐ音楽室だ。やけに静

 かだけどそこは気にするな。」


 5階廊下の音楽棟突き当たりに音楽室とスタジオがあった。元気のない軽音部の歌声と意気のないギターの音、リズム感と音感の狂ったベースの音、ベースと音がずれて聞こえるドラムの音、変に音が伸びて聞こえてくるキーボードの音。この学園から音楽が失われつつあるのは事実であった。

 遂に、吹奏楽部の部室に到着した。扉を開けると富士宮 司先輩だけがいた。司先輩は、楽器を吹いていて天音たちが来たことに気がついていないみたいだ。司先輩の音にも異常を感じ取る事が出来る。バラ園で聴いた時と同じだ。司先輩の音色にも闇を感じる事が出来る。まるで、綺麗な蝶がクモの巣に引っ掛かってしまったかのように…… 。


「 『 whole new world 』 だな 」


「 『 whole new world 』って…… ディズニ

 ーの『 アラジン 』主題歌だよね? 」


「 そうだ。それぐらいは分かるんだな 」


 馬鹿にするような事を廉は天音に言った。さすがの天音も怒ったのか対抗しようと廉の胸板をポコポコ叩いて反論した。


「 うわぁぁん!! 馬鹿って言った!! 馬鹿

 って言う方が馬鹿なんだぁ!! 廉の馬鹿

 ぁ!! 」


「 ちょっ……。 天音、静かにしろ!! 富士

 宮先輩が困るだろ!! 」


 この騒ぎを聞いていた司先輩は、演奏をやめて天音と廉の方を見た。ヤバい…… 、これは怒られる、と天音は思った。

 しかし、司先輩の反応は予想していたものとは異なった。


「 ようこそ、桜木学園高校吹奏楽部

 へ!! 僕が会計の富士宮 司です。高校2

 年生です。今日 は、僕だけかな? まあ、

 せっかく来てくれたんだし…… 。楽器体

 験やってるからやってみようか。 名前は

 何て言うのかな? 」


「 乙坂 天音です 」


「 春日井 廉 です」


「 天音さんと春日井くんね。 よろしく

 ね。」


 司先輩は、飛びっきりの笑顔で迎えてくれたが、その笑顔の裏には何かありそうだと天音は不穏な空気を感じ取ったのであった。


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