第三話 正体
新曲を公開した
枕元に置いていたスマートフォンを手に取り、早速
「……マジかよ」
新曲の再生数は、たったの三回だった。
ため息が長く
「<
数時間前に公開されたばかりの<
俺はスマートフォンの画面をいったん閉じ、急いでパソコンの電源を入れて
「……マジかぁ」
衝撃だった。新しいものに出会えた素直な喜びと、驚きと悔しさで心がざわざわする。約三分と、それほど長くない曲の始めから終わりまで、ただただ圧倒された。
もう一度再生する。へヴィなエレキギターの音から始まり、規則正しいドラムとベースの音が鳴り出し、曲が引き締まっていく。次第に
<
だがこの『
部屋の壁に立て掛けてある電子ピアノと、その横にある、マイクを取り付けたスタンドを見る。どちらも安物で、なんだか自分がひどく惨めに思えた。
そばに置いてあったイヤホンをパソコンに繋げて、耳につける。なんとなく、
俺は
大きな壁にぶち当たったような気がした。よっぽどひどい顔をしていたんだろう。そんな俺を見かねてか、
香水が欲しいと言う
その間もずっとスマートフォンが手放せず、自分のページと<
<
だが、『
それに比べて、俺はどうだ。一番誇らしく思うものを世界に見せているのに、誰からも注目されない。プライドを捨てて、<
「――
「ん? お、おぉ」
「ぼーっとして歩いてると、危ないよ」
「あぁ……」
先を歩いている
すると
「
その言葉でようやく我に返った時、ずっと考えていたことを、思いきって聞いてみることにした。
「なぁ。俺の歌声ってさ、どう思う?」
「どう、って?」
「なんつーか、イメージとか」
「もともと高い声の上から、お酒をガーッと飲んで、フォークでブスブスッと刺したみたいな声?」
「なんだそれ。おっかねぇ」
「だってぇ、うまく言えないんだもん。初めて聞いたフシギな声だし」
気づけば、思いつめていたもう一人の自分は、どこか遠くへ運ばれていったようだ。突然おだてられたからなのか、空腹感が満たされたからなのか、いつの間にか心に余裕が生まれていた。
「パスタ、おいしかったね?」
「はは。悪いな、色々気ぃ使わせちまって」
「んーん、全部ホントのことだもん。ほら、食後の運動だよ。歩いて歩いて」
そういえば、朝から何も食っていなかった。もう少し味わって食えば良かったな。
「今日はもうネット禁止だよ、
風で乱れる長い茶髪を気にしながら、
正直俺は高い金を払って女と飲む価値が見出せないし、キャバ嬢だって、金にがめつくて裏表の激しいイメージしかない。だから
「いや、ねぇか。<
仮にアイドルのような美男子だったとしても、
なんとなく
スマートフォンの時計を確認すると、十九時を回ろうとしていた。
「ねぇ、
「は? 俺この後夜勤だぞ。金もねぇし」
「お金はだいじょぶ、ほら!」
ずっと気を使わせてしまった手前、断って帰るのも少し気が引けた。
「一時間だけでいいから。ね?」
「いや、いいけどお前――」
「やったぁ! なら急ご、やばーいチコクしちゃう」
「遅刻って、お前今日出勤だったのかよ……」
こういうことは、付き合っている間に何度かあった。ノルマが無いと
そんなことを考えていると、
特に
案内されたソファーに座ると、ボーイがひざまづきながらおしぼりを渡してくる。ふと向かいの席を見た瞬間、大物になったような気分が急速に
おしぼりで顔を
「
赤いドレスを着てやって来た
「
「しーっ! ここでは『ヒロ』、『ヒロ』ね」
再びボーイがやって来ると、
今の俺には、
「
「好きにしろよ。その、お前の金だし」
「ありがと! あ、カラオケでもする? 初めて来てくれた時みたいに」
「あのなぁ、夜勤前は体力使いたくねぇんだよ。また今度な」
初めて出会った場所というのは、
どこか作り笑いだった俺に、逆に興味を持ったこと。それに俺は気づいていたこと。キャバ嬢ということもあり、初めてのデートで俺がしつこく予防線を張っていたこと。なんとなく流れで、こういう関係になる予感がしていたこと。
そんな話をしていると、ボーイが延長交渉にやって来た。もう一時間経ったのかと、
夜勤までだらだら過ごそうといったん家に帰り、また懲りずに<
今日はなんだか、あっという間に時間が過ぎていく。
俺はいつものようにバイクを走らせて、バイト先のコンビニへと向かった。
駐輪場にバイクを停めて、店の入口へと向かう。近づくにつれガラス越しに、レジカウンターで棒立ちしている
あんな美男子がコンビニにいたら、確かにびっくりするだろうな。なんとなく客の気持ちになりながら店内に入ると、彼がこちらを見て
バックヤードへ続く扉を開けたが、店長の姿が見えない。バインダーに挟まれたシフト表を確認すると、どうやら今日は下川くんと二人きりのようだ。もうレジカウンターにいるということは、
上着を脱いでユニフォームに袖を通していると、テーブルの上に置いてあるスマートフォンが振動した。おそらく下川くんのものだろうと特に気にも
「ったく、うるせぇな」
静かなバックヤード内に、がたがたと耳障りな振動音が響く。せめて柔らかいユニフォームの上にでも置いてやろうと、彼のスマートフォンを手に取った。
「……え……なん、で」
俺は自分の目を疑った。たまたま明るくなった画面に、『神曲』『ランキングから来ましたが、すごくカッコいい!』『新曲最高すぎ』と、どんどん流れてくるメッセージの通知。
何かを警告するように、心臓の音が強く鼓動する。このスマートフォンの持ち主であろう宛先には、見覚えのある英数字のアカウントが表示されていた。
違う、俺は知っている。
「<
彼のスマートフォンは、ひっきりなしに鳴っていた。
件名:12月3日
本文:夜勤(23~ )
<
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