第二話 自尊
昨日の夜更かしのせいか、目覚めたのは昼過ぎだった。
ぼんやりした眠気が
部屋に戻って、パソコンの電源を入れる。横では
「俺も
音楽投稿サイト、
サイトからマイページへログインを済ますと、先日作った曲のファイルをアップロードする。完了という文字が画面に表示されると、達成感で胸がいっぱいになった。今この瞬間、俺の歌が世界に配信されたのだ。たまらない
パソコンのスピーカーから流れてくるのは、つっかえながら
「そう、ここ。ここのサビ、我ながら最高だわ」
苦しいのをこらえているような、喉が泣いているような
「これでギターにベース、ドラムが入れば超最高なんだけどな」
自分の歌声にうっとりしながら、俺は数年前に組んでいたバンドメンバーを、なんとなく思い出した。
メンバーとはネットの掲示板を通じて知り合い、特に何の問題もなくすんなりと組んだ。みんな俺より年上のバンド経験者で、リハーサルスタジオでは演奏についてしょっちゅう揉めたし、移動の車内では何度も険悪になった。俺は小学生の頃にピアノをかじった程度で歌うことしかできなかったので、専門用語の飛び
ひとつ良かったことといえば、みんな動員に積極的だった。そのおかげもあって、無観客の中ライブをするなどといったことはなかった。
ただ、動員のためとはいえ、客と必要以上に仲良くしていたことは気に入らなかった。友達から客になったのか、客から友達になったのか。どちらが先かはわからないが、付き合いやお情けで来てもらっている気がして。だいたい、そういう客にはメンバーとの恋愛目的だったりと、ろくなやつがいない。俺たちはもっともっと、手の届かないような存在であるべきだったと思う。
それなりに時間を費やし打ち込んでいたバンドだったが、本気だったかと聞かれると、正直よくわからない。プロデビューできずに恥をかきたくなかったし、心のどこかで見限っていたのかもしれない。
バンドが解散した後は、それぞれ別のバンドを組んで活動していたようだ。一度ライブを見に行ったが、それっきりで、もう連絡も取っていない。
「ま、取ってたとしても、楽器を頼もうとは思わねぇけど」
バンドは麻薬みたいなものだ。ライブ中の歓声と、客の圧倒的な好意は、俺を無条件に肯定してくれる。
誰にも言わずにこっそり始めた
投稿したばかりの曲がランキングページに載るとは思えないが、淡い期待をせずにはいられなかった俺は、サイトのランキング画面を下へスクロールしていく。
「やっぱり今日も<
不動の一位、<
<
ページを
「こら、まーたそんな怖い顔でネット見てる」
「おわっ」
いつの間にか起きていた
「おはよ。ネットで浮気はダメだぞ、
「バーカ、んなもんしねぇよ。そもそも俺、このサイトに友達なんて一人もいねぇし」
身体をずらして
「でも、そういう投稿サイトって最初はさー! 友達作って、みんなに広めてもらって、っていうのがキホンじゃないのー?」
洗面所の向こうから顔を洗う水音と、
「だってさ! それで貰う評価だぜ。それってちょっと、違うだろ?」
俺もその調子に合わせて、声のボリュームを少し上げて返す。
たしかに、聴いてもらわないことには何も始まらない。だがそれは、過去に組んでいたバンドの動員と同じで、付き合いやお情けみたいなものだ。俺はそういうものを取っ払った純粋な評価が欲しいし、いつかそんな誰かが現れてくれると、根拠のない自信があった。
「この一位の<
タオルで顔を
「わ、ほんとだ。っていうか、コメント数やば!」
「このコメントしてるやつはミュージシャン。こいつも、こいつもだ」
ドラムの手数がどうの、ギターのコードがどうのなど、専門用語を
「こいつらはみんな、<
厳密に言うと、実は少し違うのだが。
俺はここ数ヶ月<
「はー、なるほど。お返しブンカってことね」
「お、
「この絵文字のすごいコメントが、ファンの人たち?」
「だな」
「へー! ほんとにファンの人にもちゃんとコメント返してるんだ。芸能人とかでもあんまりやらないのに、<
「いいや、芸能人が正解だ。ミュージシャンとファンの間には、一定の距離がねぇとだめだ」
「一定のキョリって、ファンの人にコメントもらっても、返事しないってこと?」
「お前なぁ、考えてもみろよ。有名になって大量にコメントもらって、いちいち返してたらキリがねぇだろ」
昔は返事をくれたのに、などと文句を言い出すファンは、常に一定数存在する。ファンへの対応や自分のキャラクター設定は、いずれ有名になることを前提で考えなければいけない。
「だったら、そんなの最初からやらないほうがいいだろ。友達同士じゃないんだ、あくまで客なんだよ」
そう言って俺はパソコンの電源を落とし、手足を投げ出して仰向けに寝転んだ。
「ぷっ、ふふっ」
「……なに笑ってんだよ」
「なぁんか思い出しちゃってさ。
「俺、何か変なこと言ったか?」
「言った言った。『俺は女にはおごらない。なぜなら、一度おごるとおごり続けなければいけないからだ』だったら――」
そこまで聞くと、ようやく思い出して身体を起こした。俺たちは顔を見合わせ、同時に口を開く。
「そんなの最初からやらない方がいい」
ほぼ同時に、指差し合いながら口にした。
これは、俺が女と仲良くなる時の判断基準になる。こう言って最初に予防線を張っておけば、金目当ての女はたいてい去っていくだろう。一度おごって今後の立場を決定付けられるなんて、そんな関係は最初からごめんだ。だいたい女だって、男に金で買われているみたいで嫌だろう。
「ふふっ……あはは! あーおかしい!」
互いにつられるように笑いが込み上げてくると、
屈託なく笑うその顔を見て俺は、なんだかんだでつき合う女はこいつで最後なんだろう、なんて適当なことを思っていた。
深夜三時を過ぎた。今日も俺は懲りずに夜更かしをしている。
昼に公開した新曲の再生数が、どうしても気になっていた。数十分ごとにスマートフォンから
ふと
「こいつら、あの時の……」
バンドを組んでいた頃に一緒にライブをしたことのある、さえない無名のバンドだった。俺たちより動員の少なかったバンドがプロデビューを果たし、いまあの頃とは比べ物にならない、大きな舞台でライブをしているのだ。こういう記事を見る度に、取り残されたような苛立ちと焦りを感じる。
だめだ、こういう時は気分がどんどん落ち込んでしまう。無理矢理にでも寝よう。
件名:12月2日
本文:休み
今日は新曲をあげた。サビが特にガツンとくる。改めて、俺の声ってマジですげぇ。そろそろ人気に火がついてもおかしくない。どっかのレコード会社さんよ、早く俺を見つけてくれないと、他に取られちゃうぜ?
相変わらず<
昔対バンしたことのあるバンドが、
大事なのは中身、曲の
俺は間違ってない。俺は負けない。
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