最終章 アイ
最終話 愛
ちさはぐっと胸に言葉を溜めてから、瀧也を見上げた。
「瀧也さんが何を考えているのか、本当になにもわからないんです」
ちさのその瞳は、完全に恋する少女のそれだった。
ポリポリと頭を掻く瀧也。なんだかなーといった風だった。しかしふと過去の記憶が開花して、何度も何度も、頭を頷かせてみる。
「わかった。全部わかった」
「……なにがですか?」
「お前の両親のことだ。今まで黙っていたが――二人は最後、手を固く結んで息を引き取っていたんだ」
急な話に、ちさはきょとんとする。
瀧也は続けた。
「そういう事は稀にあったんだよ。だが、その理由まではわからなかった――というか、そこまで深く考えたことはなかった。どうせ気持ちが分かり合えない二人だったんだろうって、勝手に思考停止をして決めつけていた。だが、今ならわかる」
瀧也はちさの両肩に手を置き、茶色い瞳を見つめる。
「愛情だったんだ。ちさの両親たちが手を固く結んでいた意味だ。相手が何を考えているかわからなくても、人はもっと強い感情で繋がることができていたんだ」
ちさは自分の心臓がバクバクと限界を軽く突破してしまったと感じた。普段は無骨で愛想のない――だけど好きな人が、自分の肩を掴んで顔を近づけ愛について語っているのだ。もうこれは次の展開を期待しない方がおかしい。心の準備を急いでみる。つまり、好きな人とキスをして死ねるなら、それはそれでハッピーエンドだとちさは思った。
「おい聞いてるか、ちさ」
「え、あ、はい! 愛情です!」
「そうだ。やっぱりサイコゲームは間違っていたんだよ。このクソゲーは、今までずっと愛情を無視してきた。そもそも人の感情なんて観測不能なんだ、評価できるもんなんかじゃない」
瀧也はキネコの横のタイマーを見た。カウントダウンがはじまっている。
「おれたちはもしかしたらここで死ぬかもしれねぇ。だけどちさ。お前はおれのことを好きでいてくれている。おれもお前のことが好きだ、ちさ」
ボッと顔面がはじけ飛び、心臓が死んだ。
「お前はおれにとって“守らなければならない奴”っていう感じだ。歳が離れすぎてるから愛だ恋だってのはわからねぇが、とにかくおれはお前を守りたいと思ってる」
もうちさにとってはなんでもよかった。生きているうちにその言葉が聞けた――それだけでうれしかった。
「これからの時間、どうしますか?」
――とそんな時、ピピピと通信が入る。白色からだった。
『もしもし?! ちさちゃん!? 大丈夫!?』
「あの、えっと、サイコゲームが」
『はじまっちゃったんだよね! ごめんね! 今、止めるからね! もう少し待ってて!』
「あと、九分……」
ちさはキネコのタイマーを見て、まるでそれが自分たちの余命か何かに見えた。
『え?』
「あと九分以内にはじめないと……。止めるの、間に合いますか?」
『間に合わせてやるさ。カウントダウンを白色ちゃんと同期させてくれ』辻霧の声だ。
ちさはタイマーの表示を通信先と共有可能なシャドーに投げ、それを同期してもらう。
『絶対間に合わせるから。最後の一秒まで待っててね』
「はい!」
心強い白色の言葉に、ちさは元気よく返事をした。
「瀧也さん。みんなからでした。このタイマー、絶対に止めてくれるみたいです!」
「そうか。じゃ、おれらはそれを信じるしかねぇな」
「じゃあ私たちはそれまで、少しでも多くの人を助けていましょう!」
「私たちって……、おれが、だろ」
「それより、次! あっちです!」
はー、恥ずかしかった。自分はなにを考えていなさたんだろうと省み、ちさは元気に駆け出した。
タイマーは残り一分三二秒だった。
それまでの間、瀧也は二つの暴行集団を鎮静化させている。これで日本大通りの暴動はほとんどゼロになっていた。陽が傾きはじめている。太ももや背筋はもうパンパンで、明日は確実に筋肉痛だろう。もっとも、明日があればの話だが――
ちさが抱き着いてきた。
「汗でべとべとだぞ。臭いぞ」
「全然! むしろいい匂いです!」
「こんなでけぇ娘を持った覚えはないんだけどなぁ」
「カノジョでいいじゃないですか」
「まだ言ってんのかお前は」
残りが一分を切る。
「最後くらいだめですか?」
「だめだな。世界どこの法律を見ても、お前と大人の交際は犯罪だ」
「法律で逃げるのってずるいです。気持ちの問題なのに」
「お前らの側からしたらそうかもな。大人ってのは単純じゃねーんだ」
残り四十秒。
「どうする? 最後、キネコ殴ってゲームだけでもはじめるか?」
「うーん。私はもう、ゲームやらなくて大丈夫です。タイムオーバーで死んだ方が、なんとなく」
「お前の両親も、最後はこんな気持ちだったのかもな」
残り三十秒。
「じゃあ私も、最後、手を繋いでください。デートしましょう! 人生最後の三十秒デート!」
瀧也から離れて、手を伸ばすちさ。
ハァとため息を吐いて、瀧也はその手をパシッと掴んだ。
「痛い!」
「三十秒だけだぞ」
しかし残りはもう二十秒強だ。
「今日は、天気がいいですね。風も気持ちいい」
「老人のデートかよ」
「あれ。えへへ」
しかしここまで戦闘ばかりで気付かなかったが、確かに天気はいい。あまりに快晴で、気温も風も心地がよかった。まだまだ青いイチョウの葉がさらさらと風に揺れて、日本大通りの趣ある建造物が立ち並ぶ道を、二人はゆっくりと歩いた。
残り十五秒。
「あいつら、間に合わなかったのかもな」
「そうかもしれないですね。でも、私は良いです。あの。巻き込んじゃってごめんなさい」
はははと瀧也は笑った。「ホントだな。巻き込まれて、まぁ、楽しかったよ」
「ありがとうございました」
「ああ」
数字が一桁になり、瀧也の主観ではその数字がとてもゆっくりと動いて見えた。
九、八、七、六……、五……、四…………、
三――
二――
一
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