第六章 オモイヤリ
第23話 歯車の眼の男
「こちらへどうぞ。ジンをからかうのはここまでにしておこう」
「彼らの拘束を解いてやれ。一人は親友、三人は客人だ」
椎名に命じられ一瞬だけ顔を見合わせたスーリ達だが、すぐに指示に従った。
「よし」パンと手を叩く椎名。「じゃあ、今から会話をしよう。ほら座って」
自然と
「しかし久しぶりだな、ジン。いつぶりだ?」
椎名は身体をひねって辻霧に微笑みかける。
「“お前と話すと会話にならない。僕は喋らないぞ”」
「まぁそう言うな。友達だろう?」
「“解雇しておいてよく言うよ。クオリア社には僕の力が必要だったというのに”」
「わが社は君も
「“どこが適切だ”」
「エラーのことか?」
「“お前の仕込みだという事はわかっている。僕たちはそれを止めに来たんだ”」
「そんなことするものか。忘れたのか? 我がクオリア社の理念は、より良い社会の構築だ」
たまらず環凪が突っ込んだ。「なんですかその一人芝居」
「いやぁ」ポンと辻霧の肩に手を乗せる椎名。「ジンと話すのは楽しくてね」
「“話してな――”」
「本題いいですか」由宇が自演中の椎名を遮った。「僕たちはあなたを良く思っていません」
「君は……
「“僕の事を知――”」
「関心ないです。そんな事より、このエラーはわざとですよね? あと、
「へぇ」椎名は手を組んで膝の上に置いた。「さすがレインだね。さすがの僕でもサイコゲームでⅠをもらう自信はないなぁ」
「質問に答えろ、椎名」と辻霧。
「おっと」椎名は人差し指を立てる。「ジンのその言葉は僕が言いたかった。どうも、やっぱりレインがいるとペースが乱されちゃうね」
由宇は、そんな椎名から視線をブラさない。
「街の至る所で迫害を受けている人が起こっています。そんな風景が“より良い社会”なんですか?」
「人々の必死な姿を“そんな風景”などと断じるべきじゃないな」
椎名は余裕ある口調で続ける。
「誰でも懸命な時は無様に見えると思うよ。だけどそういう人達は、自分のなにか大切なものを守ろうとしているんだ。周りの目を気にする余裕なんてないほどにね。それって、素敵なことだとは思わないだろうか? 斜に構えて現実論を語りすべてを見下す今までのモブたちとは大違いだ。みなに感情があり、みなに色がある。今、日本人はそのことを思い出したんだ」
「暴力を受けている人の気持ちは?」
「彼らはレインだろう?」
「人間です!」
「心を開かずサイコゲームを逸脱し多くの人を殺してきた君たちが人間? 僕は、個人的には残虐非道な犯罪者だと思っているよ。裁判所も君たちを前にこんな判決を下すんじゃないかな。“手口は極めて残虐で、国民の処罰感情も
ぐっと由宇は言葉をなくしてしまった。椎名の主張が詭弁である事は間違いない。そう信じたい。しかし事実でもあるのだ。サイコゲームというデスゲームの蓑に隠れ、自分たちは自分を守るために他人を殺してきた。椎名の言葉は一方で正しさもはらんでいる。人々の行動が、感情の爆発が、まさしくそれを証明している。人の感情として生じたものは――その発生ルートに問題があるにせよ、少なくとも真実だ。
「ありえない!」そう顔を上げたのは白色だった。「誰がどう考えているとか知ったこっちゃないの! 私たちは人間! 以上! 終了!」
椎名は子供を相手にするように笑い、足を組みかえた。
「君のボーイフレンドはたぶん気付いただろう。あとで僕の言葉がいかに正しいか聞いてみるといい」
白色の視線が驚きに見開かれて由宇に流れる。
椎名は改めて由宇に向き直った。
「当初はエラー扱いだったけど、今後は正式なシステムとして、人々の被判定・加判定履歴は誰でも参照可能になる予定だ」
由宇はどっとソファの背もたれにもたれかかる。
「ククク」となぜか辻霧が笑う。「こんな調子なんだよ、かじょ男くん。この男は詭弁に真実を混ぜる。感情の正当性を盾にする。僕は馬鹿正直にその相手をして二年を無駄にした。だが冷静になって考えてみると良い。サイコゲームは人類史上最も欠陥の多いクソゲーだ。レインはその社会的ストレスの捌け口さ」
辻霧の隣でシュルルと赤い瞳が動く。ほんの少しだけ癇に障った風だ。
「言ってくれるね。無駄にしたとはこっちのセリフだよ、ジン。サイコゲームはもっと早くから運用すべきだったんだ。日本人が持つ奴隷遺伝子はサイコゲームによって協調性を得ることで克服された」
「ゲームに従順な奴隷という意味では何も変わっていないぞ。尊厳を捨てなかった人から死んでいった」
「人の気持ちが分からない人間の尊厳など、周りからしたら凶器だよ。そのせいで今まで社会は殺伐としていたんだ。多くの心優しい人々が奴隷でいることを強要されていた。だけど――繰り返すけれど、それはサイコゲームによって克服されたんだ。人の気持ちが分からないノイジーマイノリティが死に、相互に相手の行動に寛容となり思いやりを意識することで、今まで抑えつけられていた人々の尊厳がようやく解放されたんだ。これは大変な革命だ」
「葉子の死も同じか?」
「なに?」
「葉子の死は――」
「まぁ……、待ってくれ。ジン」
椎名は立ち上がって若干顎を挙げながら鼻をすすった。ポケットに手を突っ込んでハンカチを取り出し、トントンと目じりに当てる。
「葉子の事は……僕もまだ受け入れ切れていないんだ」
「こいつ!」
辻霧は激高して立ち上がった。すぐにスーツの男たちに取り押さえられ、バランスを崩して床に倒れ込む。再び腕を身体の後ろで拘束され、頭を絨毯に押さえつけられながら――
「お前が殺したくせに!」
「何言ってるんだ! 誰も彼女を殺していない」肩を落として両眉を垂らし、情けない表情になる椎名。「彼女は、サイコゲームのルールによって死んだんだ……」
「それを仕組んだだろうと言ってるんだ!」
「僕は仕組んでいない。管理してるのはAIだ」
椎名はハンカチをポケットへ戻し、床に押さえつけられている辻霧に向き直った。
「ジン。哀しい事だが、共に受け入れていこう。彼女はⅢAになったんだ」
「旦那とのサイコゲームでか?」
「夫婦仲が円満ではない家庭なんていくらでもあるじゃないか」
「葉子の長女が中学生にしてサイコゲームの対象になった理由は?」
「扶養から外れたからだろう? 未成年後見制度を活用すれば回避される」
「ああそうしたらしい。だが申し立てには時間がかかる。その間、彼女には通常の十倍近いマッチングがあったという話だ」
間ができる。
「……真実なのか?」と椎名はポツリと言った。
椎名の思わぬその言葉に、辻霧は一瞬言葉を詰まらせる。
「……その台詞は演技か?」
対して外国人のように両手を広げる椎名。
「なにがだ?」
「なぜお前が知らないふりをする」
椎名はさらに首を振った。「どういう意味だ」
「真実だとしたらどうする?」
「そんな予定は知らされていない」
「知らされていない? 誰から?」
椎名はためらう。
すると――
『僕からにゃん』と、どこかで聞き馴染んだ声が聞こえた。
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