「Chain reaction」
「っつ……!なんなのこいつ!?削っても削っても再生し続けているなんて!」
焦りと疲労の相が浮かぶカラカルの背中を見て、ミライは悔しさを噛み締めながら指示を出した。
「カラカルさん、これ以上は危険です!ここは見過ごして、雪山に急ぎましょう!」
「そうだよ!カラカル。このままだと倒れちゃうよ!」
カラカルは構えていた手を引き。歯ぎしりをすると、その漆黒の巨体を睨みつけて捨て台詞を吐く。
「今度会ったら……ただじゃおかないわよ!」
単眼は何も答えない。ただ去りゆく3人をじっと見つめ続けていた。
* * *
「テステス、こちら雪山エリアです。相変わらずセルリアンは増殖中です、昨晩も、黒色の巨大なセルリアンがフレンズを捕食し、救出しようとしましたが、失敗に終わりました……あのセルリアンは強い自己修復能力を持ち、その回復スピードを超えるダメージを与えるのは並大抵のことではありません……何か、根本的な対策を考えなければならないでしょう」
雪山を一歩一歩ふみしめながらミライはカコへ定時連絡をしている。
いつもなら凍えそうな寒さの雪山……しかし、今日は何故かそれが和らいていたように感じられる。
これは私達に対する歓迎……いや、嵐の前の静けさだろう。
そう結論づけ、防寒着のジッパーを首まで上げた。
そのとき、カラカルがじっととどまり、真剣な表情を浮かべる。
「……何か来るわ……」
「まさか、またセルリアン!?」
ミライの声を合図に地響きが空気を震わせた。そして……
激しい爆発……いや、放出音!
サーバルはびっくりして飛び跳ねながら、興奮しながら叫んだ。
「ねえ!あそこから水が吹き出してる!ミライさん、アレは何!?」
「あれは……サーバルさん、きっとこの先に……」
* * *
「いや~、セルリアンの調査に来て温泉が見つかるとは~」
ミライはそっと、濁りの浮かぶ水辺に手を付ける。温かい。とても温かい。
そのまま脇の石を椅子代わりにして。雪に濡れたブーツを脱いた。
そして、足先からそっと水面に足先を通した。
思わずため息が漏れる。
「……はぁ~」
しかし、すぐに録音中であったことを思い出し、いつものはきはきとした口調に戻した。
「……あ、じゃなくって!おほん!」
「昨日の事件を見るにセルリアンはサンドスターを奪っている、というか、食べているのではと考えられます……ですので、万一フレンズさんが食べられた場合、サンドスター由来の技や個性が消滅、元動物に戻る、消滅してしまう、などありえるのではと……まだ予測の域ですが……」
しかし、骨の髄まで染み渡るその暖かさは彼女の口調を再び溶かしきってしまった。
「ふぅ~……こんな可愛らしいフレンズさん達を脅かすなんて許せません!なんとしても原因を突き止めないと!」
力強く言うものの、緩さを隠せない。
そんな彼女に、サーバルが元気よく問いかけてきた。
「ミライさーん、見てみてー!これって、海じゃないのー?」
「えー、それは海じゃないですよー!」
……そうか、今のサーバルは、海を知らないんだ。
もちろん温泉も。あの旅の事は忘れてしまっているんだ。
でも、今からそれをまた取り戻せばいい。
全てが解決した後に。
「……ホッカイエリアに加えて、キョウシュウにも温泉が湧くなんて。これはパークが再開した時、良い観光スポットになりますよ~。あ、通信終わり!」
そんな願いを込めて、ミライは通信停止のジェスチャーをした。
ラッキービーストの瞳が2回、流れ星のように点滅した。
* * *
『パークが再開した時、良い観光スポットになりますよ~。あ、つうしッ……』
カコは途中で無造作に停止ボタンを押す。
「全く……あんな状況にもかかわらず……敵わないな」
そしてそのまま、壁一面に押しピンで貼り付けられた無数の図表へと重い顔を上げた。
“地震計RMS振幅”“地熱推移グラフ”“活断層のベニオフ図”“褶曲比率の推移図”“地表の隆起と沈降”“鳥獣の異常行動の報告書”
真っ白な紙に描かれた線は全て右肩上がりだった。
「これで確定……か」
そう自分に言い聞かせ、レポートを一気に書き上げる。
* * *
『パークにおける地質学的変化――特に、“火山活動と密接に関連する変化”は、この数ヶ月、非情に顕著な傾向を見せている。
ここから、今回の事象、“サンドスター・ロゥの火山からの噴出”これを“火山噴火”と同一視して差し支えないだろう。
ところで、火山噴火はどのようなシステムで発生するのか。
まず、火山の地下にはマグマだまりと呼ばれる場所が必ず存在する。マグマとは、地球を構成する物質がプレート周辺部やプレート内部で溶けたものである。液体であるマグマは、固体のマントル(地殻の下に存在する層)よりも比重が小さいので、だんだんと上昇していく。そうして上昇したマグマが大量に溜まった場所が、マグマだまりである。
そして、そのマグマだまりに大量のマグマが集まることで高圧状態が発生し、最終的にはその圧力によってマグマが火山内部を通り、勢いよく噴出する。また、同時に火山灰や火山ガスなどの火山噴出物も放出される。
これが“噴火”のメカニズムである。
これを今回の事象に敷衍させて考察する。
まず、噴出したのは“サンドスター・ロゥ”
これが“マグマ”にあたる物質と考えられる。
つまり、キョウシュウ火山の地下にはマグマだまりならぬ“サンドスター・ロウだまり”が生成されており、それらが集合し、高圧状態になることで今回の噴火を起こしていると考えられる。
現状、サンドスター・ロゥがなぜマグマだまりに発生したのかは不明だが、今回の噴火は非情に爆発的な噴火であるため、サンドスター・ロゥだまりのサンドスター・ロゥが急激に消費されつくされれば、噴火は収束するものと思われる』
* * *
「……しかし……これは楽観的なレポートだな……残り数日で収束するかどうかは、神のみぞ知る。という事か」
収束しなかった場合は……言わずもがなだ。
ジャパリパークは自然現象と人間のエゴに挟まれて潰される。
「……困った時の神頼み、とも言う……」
ならば、それを覆し得るほどの……そう、自然現象に勝る、“超自然的”な存在の力を借りるべきだ。
そこまでは正しかった、正しかったはずだった。
すでに間違っていたということを除けば。
* * *
「……悪いが、これはどうしようも無い事だ」
ゲンブは厳かな声で、レポートを床へと力なく落とし、軽く首を横に振る。それと同時にカコは呆然としながら必死に四神獣を睨んだ。
「どういう事だ……」
「その前に、お前の仮説の誤りを正さねばならぬ」
「誤り……?」
どういう事だ、あの説に間違いがあった?……一体どこに!?
セイリュウは動揺するカコを制するように、ひたすら冷徹に言った。
「『サンドスター・ロウはどこから来たのか』あなたが留保したその問題は、たった一つの要素……セルリアンの要素を加える事で説明がつくわ」
「セルリアン……サンドスター・ロウが無機物に反応して生まれる以外に……何が……」
頭に手を当て必死に考える。しかし、答えは出ない……
ビャッコがその様子を嗤うように、軽い口調で最後のピースを嵌め込んだ。
「マグマが“セルリアン”であったなら、どうなる?」
「マグマが……ああっ!」
彼女の脳内に閃光が走った。
そうか、それで全ての説明が付く!そして……!
「……なるほど……そうか……」
「言ってみろ」
ゲンブに促されて、カコは答える。その恐ろしさを無視するように。ひたすら淡々と。
「セルリアンは、その体が崩壊する時にサンドスターを放出する……そして、マグマだまり……いや、“セルリアンだまり”の内部は高圧になっている。当然、セルリアンの破壊が発生する……そして、一切の輝きを吸収出来なかったセルリアンが放出する“サンドスター”……“生のサンドスター”……それこそが、“サンドスター・ロゥ”……」
「ご名答」
「違う!」
ビャッコの称賛を遮る。
「まだだ……まだ終わっていない!」
「まだ続けるのか?」
ああ、そうだ。
この残酷な運命を言い終えるまでは……この論述は終わらない。
「マグマだまりで発生した“サンドスター・ロウ”は、すぐに周囲のマグマと反応し、それをセルリアン化させる。それがまた破壊され、サンドスター・ロウが発生し、マグマと反応し……最終的にはマグマを全てセルリアン化させ……それを繰り返し続ける……何度も何度も……結果……」
四神獣はもはや何も言わない。
カコは息絶え絶えになりながら、結論を吐き出し、
「……この噴火は……永遠に終わらない……」
そして、そのまま床に崩れ落ちた。
* * *
数分……いや、数十分の時間が流れた。
如何に超自然的な存在であろうと、”永遠”に叶うはずがない。
それ故の”どうしようもない事”
カコは薄笑いを浮かべて四神を見回し、薄笑いを浮かべて問いかけた。
「この状況を予見していたのだろう?」
「当然だ」
ゲンブが即答する。
「最早セルリウムを、サンドスター・ロウを押さえつけることは叶わぬ。故にキョウシュウの火山から噴出させた。こうでもしなければ、ジャパリパーク中の火山からそれらが吹き出しかねんからのぅ」
スザクはこの程度で済んで幸いだと言うように弁明する。
「サンドスターの均衡も崩れかけていた。少なくないアニマルガールが犠牲になるだろうが、本来の状態に戻ったとも言える」
ビャッコも全て事もなしと言うように話す。
「あなたたちヒトは最早ここにはいられない。セルリアンとあなたたちの技術が結びついてしまえば、いたずらに被害を大きくするだけよ。こんな有様になってもまだ、パークを再開させるつもり?」
セイリュウはさも正論のように言葉の槍を突きつける。
しかし、カコはその全てに対し、一切動じなかった。
まるで彼女たちの言葉を全て予測していたかのように。
そしてそれら全てに最大の反撃を食らわせるかのように。
「……5日後、この事態が収束しなければ……ヒトはその総力を結集して、この島に殴り込みに掛かってくる」
「その程度、我々の手に掛かれば一捻りよ」
「ああ、そうだろう……だが……奴らが扱う物は……」
「”乱雑”だ、このパークで使われている何よりも、遥かに”乱雑”だ」
再び沈黙が流れた。しかし空気が違う。風は明らかにカコの側から流れている。
”乱雑”
切り札として取っておいたその言葉。
それは四神獣の反応を見る限り。紛れもなく”正解”であった。
「……そこまで辿り着けているのか。天晴だ」
「我々とて、これ以上の厄介を背負いたくは無いからな」
「仕方ないわね……まぁ、力を貸すと約束はしているわけですしね」
「皆、異論ないようじゃからな……いいじゃろう」
その報酬は……
「我々の”起源”の力を貸そう」
”起源”
「感謝する」
その言葉を聞き、カコは満足げに四神獣たちの元を去った。
けものフレンズ「The way Bag」 イロニアート @Ironyart
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