第54話

 納得出来ずに眉を寄せる唯都を見て、津田は唇の端を上げた。難問に苦しむ生徒を見てにやにやと笑う、意地悪な教師のような顔だ。けらけらと笑った後、顔を近付けてきて、目の前で人差し指を左右に振る。


「分かって無いなあ逢坂君。君と仲良くなりたいな~って思っている人は結構いるんだよ。その内の一人である彼の所に、“オネエ”という格好のネタがやってきたの。お近づきになるために、まずそこから話題を持っていくのは自然でしょう」


 彼女は“オネエ”と言った時に、唯都の顔の輪郭をなぞる様に、指をくるくると回した。

 何だか馬鹿にされている気がしたが、さして怒りは湧いてこない。むしろ気が置けない仲のような感覚がしたので、少し嬉しく思った……という事は秘密である。


「彼、仲良くなりたい態度じゃ無かったわよ?」


 内心では津田との会話に感慨深く浸りながら、顔には出さずに問いかける。


「それはあれだよ、小学生の時の芥子川君みたいなものよ。……という事はあの男子、言動が小学生並みって事ね」


 津田は途中でいらない事実に気付いたらしく、「うわあ、可哀想」と付け足した。あらぬ方向へ視線を向けている。

 この場にいない男子生徒の事を思っているのだろう。


 教えてもいない芥子川の過去を、当然のように持ち出された事には、もう驚かない事にする。

 唯都はそろそろ本題を進めようと思った。

 早くしないと、昼の休憩時間が終わってしまう。


「ねえ津田さん。今度うちに遊びにいらっしゃいよ」


「何だい、改まって」


 誘われた津田はきょとんとしている。


「お菊ちゃんとは仲良くしたいのよね? 嫌われているとかは置いといて」


 説明はせずに、続けて脈絡の無さそうな質問を投げかけた。


「そりゃしたいよ。私は一方的に電話しているけど……最近はどうかなあ。失恋しちゃったからか、逢坂君情報でも釣れなくて」


 津田からは積極的に連絡を取ろうとしているらしい。

 失恋という言葉に、若干の気まずさを覚える。彼女にそんなつもりは無いのだろうが、勝手に責められているような気持ちになった。

 津田の声の調子は普通だ。冗談を交えずに答えてくれるのが、今は有り難い。


「……勝手に人の情報を伝えている事に関しては、今は流すわ。それで提案なんだけど、今度またお菊ちゃんがうちに遊びに来るのよ。津田さんもその時にどうかしら」


 唯都が何を考えているか分かったらしい津田は、頬杖をついて物憂げな表情を見せた。


「めろんちゃんは、私がいると楽しめないよ」


 その顔を見て、無性に、力になってやりたくなる。

 自分の問題が幾らか片付いた事で、唯都には他人を気にかける余裕が出来ていた。

 妹が大好きだという点に置いて、津田には親近感を持っている。彼女の家族仲も上手くいくと良い。

 姉妹というものは、仲良くあるべきだ。津田が菊石の事を好きならなおさら、二人には仲直りして欲しいと、唯都は思う。

 口に出すのは照れくさいので、出来れば押し付けがましくない感じで話を進めたい。


「でも仲直りしたいんでしょう?」


「喧嘩じゃないから、仲直り出来るものでは無いよ。……そんな簡単じゃない」


 疲労を思わせる諦めの声から、もう試行錯誤した後なのだと分かった。

 何をやっても無駄だよ、とでも言いたげだ。

 なかなか頑固そうである。


「何よ、人には散々世話焼いておいて」


 つい、文句が出てしまう。

 津田が唯都に絡む時は遠慮が無かった。

 逃げても追いかけて来るのだ。


「唯都君は傍から見ても両思いだったから」


 唯都と結愛の場合は、お互いに気持ちが向いていたが、津田と菊石は違うと言いたいらしい。


「私だってずっと片想いだったわよ」


 結果的に両思いだっただけで、唯都はずっと片想いをしていた。


「実質は違うじゃん。めろんちゃんは絶対私の事嫌っているもの。実際、嫌いだって言われているから」


 話を打ち切るように、津田が席を立つ。唯都から顔を背け、トレーを持って歩き出そうとした彼女に、唯都はもう一押しした。


「……私の事、友達だって言ってくれたじゃないの」


 自分はずかずかと唯都の心に割り込んできて、まんまと友達という部屋に住みついたくせに、津田は扉を閉ざしてしまうのか。

 津田の尻尾は跳ねていない。先行きの暗さを思ってか、彼女らしくも無く肩が下がっていた。


「……気持ちは嬉しいよ」


「せっかくお菊ちゃんもいいよって言ってくれたのに……」


「え!?」


 尻尾が揺れる。

 唯都に向き直る際、彼女は危うくトレーに乗せた食器を落しそうになった。

 唯都は大げさなくらい残念そうにしながら、携帯電話を操作する素振りを見せる。


「あーあ……津田さんがどうしても嫌だって言うから、やっぱりお姉さん来られないわごめんねってメールしなくちゃ」


「……待って待って」


「何?」


「めろんちゃん、私が居ても良いって言ってくれたの?」


 半信半疑な声で、しかしかなり期待した眼差しで、聞いてくる。


「だからそう言っているじゃない」


 菊石に確認は取ってあるが、津田を誘う事に異論は無いようだった。

 一応聞く時に、津田と菊石の姉妹仲が良好では無いと知っている、と告げてある。本当に大丈夫かと再度尋ねたが、返事は、問題無い、というものだった。

 津田と菊石が電話やメール以外で、どれくらい顔を合わせているのかは知らなかったが、あっさりとした返信に、普段から会う機会は多いのかも知れない、と思っていたのだが。


「あの……」


 津田のうろたえぶりを見るに、かなり久しぶりなのではないだろうか。

 ここで引き下がれない、というように必死に言葉を探しているように見える。

 もう落ち込んではいなさそうだ。

 その目は期待に泳ぎ、トレーも机の上に戻して、手をもじもじと組んでいる。

 唯都は初めて津田の優位に立てた気がした。

 すっかりいつもの調子を崩している津田は、菊石に会いたくて堪らないはずなのに、すぐに了承しない。


「どうするの?」


 仕方なく唯都が導いてやると、津田はぎこちない動きで頭を下げた。


「お邪魔させていただきます……」


 唯都の前では全てを見通していそうな彼女も、妹の事となると形無しである。


(本当にお菊ちゃんの事が大好きなのね)


 友達の新しい面を発見出来た事は、唯都にとって喜ばしい事であった。


(いつもの津田さんらしく無いけれど、これも面白いわ)


 人を好きになる気持ちは、他人事でも気分が良いものだ。







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